SNSのユーザー名一文字違いで、18カ月も刑務所に入れられた男の話
可哀想だけど、どうして誰も気づかなかった!?
先週、カナダのノバスコシア州控訴裁判所が、児童性的虐待に関わる3つの罪で2024年に有罪となった男性の判決を取り消しました。
その男性、ブランドン・クレイムさんは刑務所に18カ月服役していたのですが、その間ずっと無実を訴え続けていました。そして実際に、無実だったことが判明したのです。その決め手になったのは、SNSのユーザー名におけるアンダースコア(_)の数でした。
どんな事件だった?
この事件の発端は、2018年末にSnapchatに似たアプリ「Kik」でやりとりされた、性的な125通のメッセージでした。
やりとりをしていたのは、当時12歳だったウィスコンシン州の少女と、「Jay」と名乗る男。メッセージを見つけたのは少女の母親で、驚いた母親は地元の警察に連絡します。警察はJayのユーザー名が「fus__ro_dah」であることを突き止め、その名前のユーザーの情報を出すようKikを運営するアプリ会社に召喚状を出しました。
ところが、ここで大きな間違いが起こってしまったのです。警察が出した召喚状に書かれていたユーザー名は「fus_ro_dah」で、fusとroの間のアンダースコアが、2つではなく1つになっていたのです。そのユーザー名に紐づいていたのは、ブランドン・クレイムさんのメールアドレス。両親と暮らす28歳のクレイムさんの人生は、ここから大きく狂っていきます。
証拠は何も見つからないのに有罪
ユーザー名とメールアドレスのつながりを根拠に、カナダの警察はクレイムさんがインターネットに接続する際に使っていたIPアドレスの情報を手に入れ、両親の家を捜索して複数の端末を押収。端末からは何も出てきませんでしたが、警察はそれでもクレイムさんを起訴しました。罪状は、子どもを誘い出す行為、子どもに性的にあからさまな内容を見せる行為、児童ポルノの所持の3つでした。
裁判は2023年の終わりごろに始まり、2024年1月5日、クレイムさんはなぜかすべての罪で有罪となり、懲役18カ月を言い渡されます。
クレイムさんはこのユーザー名と全く関係がない人なのに、裁判でなんでそれが証明されなかったの?って思いますよね。証拠が何もないのに、どうやって有罪にできたのでしょうか。
判決文から紐解く
その答えを探るために、クレイムさんの裁判の判決文と、有罪を取り消した控訴審の判決文を探ってみましょう。(注意:最初の裁判の判決文は、児童への性的虐待についてあからさまな記述が含まれます)
最初の判決文には、「この裁判の中心的な争点は、ブランドン・クレイム氏が実際に『Jay』であったと、検察が合理的な疑いを超えて立証したかどうかであった」と書かれています。
では、その争点はどう決着したのでしょうか。なんとそこがはっきりしていないのです。判決文にあるのは、「当裁判所は、採用した直接証拠および状況証拠の全体に基づき、ブランドン・クレイム氏が当該時点において『Jay』と名乗っていた人物であることを、検察が合理的な疑いを超えて立証したと結論した」という一文だけなんです。
その「直接証拠および状況証拠」が具体的に何だったのかは、まったく説明されていません。判決文には「fus_ro_dah」というユーザー名への言及もなければ、検察が出したほかの資料への言及もありません。判決文が「検察が提出した証拠について3日間の審理を行なった」と書いている以上、何かは出されていたはずなんですけど...。
ただし、証拠に含まれていなかったとはっきり分かるものが一つあります。クレイムさんの端末から出てきたものです。「警察が両親の家の寝室から押収されたブランドン・クレイム氏が使用していたと考えられるいずれの端末からも、画像やチャットは発見されなかった」と判決文にはあります。えええー?じゃあなんで?ですよね。
画像とチャットは、12歳の少女が使っていたiPhoneから復元されたものでした。中身はかなりキツイものです。そして、画像とチャットが存在するという事実と、「fus_ro_dah」というユーザー名がクレイムさんのメールアドレスにつながっていたことだけで、有罪にするのに十分だと判断されたようです。
証拠を探すクレイムさん
ちなみに可哀想すぎるクレイムさんについて、裁判所は「礼儀正しく、敬意があり、協力的な様子だったが、責任を認めることはなく、無実だと主張し続け、『メールアカウントがハッキングされた』と繰り返し述べた」と記しています。
クレイムさんにとってはまさに悪夢のような状況ですが、裁判所からすればこれまで被告人から何百万回も聞いてきた言い訳だったということも、この勘違いを加速させたのかもしれないですね。
クレイムさんは無実ながら18カ月の刑期を終えて釈放されると、すぐに自分の名誉を取り戻すために動き出しました。調べ物をするなかで、ついにあの致命的な「アンダースコア」に気づきます。控訴のなかで、クレイムさんはこう説明しています。
控訴の主張を準備する終盤になって、召喚状に私の人生を変えてしまった小さな誤りが含まれていたことがわかりました。この食い違いについて、裁判ではまったく気づかれませんでした。裁判官の目に触れることも一度もありませんでした。
アンダースコアで有罪取り消し
ノバスコシア州控訴裁判所も、これを認めました。7月23日に出された判決はクレイムさんの有罪判決を取り消し、「クレイム氏は事実として無実である。起訴ですらされるべきではなく、まして有罪とされるべきではなかった」と結論づけています。
当たり前ですけど、そうなんですよ! 控訴審の判決で書かれているように、犯行のあった期間にクレイムさんがKikのアカウントを使っていたという証拠は、何も見つかっていないんですから。さらに、クレイム氏のGoogleアカウントが少女とのやりとりに使われたという証拠もどこにもなかったこともわかっています。
取り消し、で終わり?
最終的にクレイムさんの有罪記録が消されたわけですが、それだけでは、不公平というか、ちょっとひどすぎると思いませんか。もちろん、記録が消えるのはいいことです。性犯罪者、特に幼児や未成年に対する性犯罪というレッテルは、この先の人生にずっと影響する重大なものです。
とはいえ、クレイムさんが刑務所で「受刑者」として過ごした18カ月は戻ってきません。それなのに、起訴すると決めた人も、中身のないものを証拠として並べた警察も、その非証拠を根拠になぜか有罪判決を出した裁判官も、責任が問われることはないようです。
そして何より大きいのは、本当の加害者、つまり「Jay」と名乗っていた人物、実際には「『Jay』という名前で、IPアドレスはカリフォルニア州にあると見られる人物」が、クレイム氏が刑務所にいるあいだずっと野放しだったこと。
その間に何をしていたのかはわからないですし、さらに犯罪を重ねていた可能性だってあります。一文字の見落とし、これってどこかで気づけたはずなんじゃないか、そして気づけていたらクレイムさんは無罪で刑務所に行くこともなかったでしょうし、本当の犯罪者は捕まっていてもいいはずですよね。