英国の債券急落が「トラス危機」と異なる理由とは-QuickTake
金融市場では英国債下落を受け、2022年のトラス政権当時の市場危機の記憶も相まって同国の予算案に対する疑念が高まっている。
借り入れコスト上昇を受け、労働党政権は投資を促し24年の選挙公約を果たすゆとりが減った結果、増税や歳出削減を迫られる可能性があるとエコノミストらは警告している。
22年の危機は事実上トラス政権の終焉(しゅうえん)を招いた。労働党は、市場の動揺や経済成長見通しの悪化に神経をとがらせることになるだろう。
「トラス危機」はなぜ起きたのか?
トラス氏の予算案を受け、債券とポンドが急落したのが始まりだ。
エネルギー危機を受けた家計の支援に多額の資金を支出している状況で、同氏が450億ポンド(現行レートで約8兆8000億円)に上る財源の裏付けのない減税案を打ち出し、市場に動揺が走った。当時のクワーテング財務相はさらなる減税を公約、火に油を注ぐ結果となった。
英国の年金業界で採用されている年金負債対応投資(LDI)戦略も、債券下落を加速させた要因だ。金利上昇で、LDIを採用する基金は、英国債売却を迫られた。
イングランド銀行(英中央銀行)は、英国債相場下落のおよそ半分がLDI絡みの売却が原因だと指摘。市場沈静化に向け国債購入に踏み切った。
同じことが繰り返されるのか?
当時ほど過度な市場の動きは見られない。クワーテング氏のようなやり方で、政府が火に油を注いでいるわけでもない。
閣僚はおおむね冷静さを保ち、政府の政策にもここ数週間、変更はない。英財務省は慎重な財政政策を行うと繰り返し表明している。今回は、脆弱(ぜいじゃく)性を示す兆しは市場に見られない。
英国債市場は22年当時に比べ耐性が増しているように見受けられる。
流動性リスク再発抑制のため、LDIを採用する年金基金は従来よりもキャッシュを余分に保有することが求められている。英中銀は、銀行を対象とする既存の貸し出しに加え、市場混乱時の年金基金による現金調達を可能にするレポ取引の制度も開発している。
ただ市場の動きは依然として政府を悩ましている。リーブス財務相が10月末に初の予算案で歳出、借り入れを拡大する計画を示して以降、債券利回りは着実に上昇している。
政府に何を意味するのか?
エコノミストによると、債券利回り上昇を受け、リーブス氏が初の予算で残したわずかな財政余力は消失し、政府の歳出計画は宙に浮いた状態だ。
リーブス氏の予算は、予算責任局(OBR)の経済成長見通しに裏付けられている。OBRの成長見通しは、英中銀や民間のエコノミストよりも楽観的だ。
ただOBRの長期成長見通しが少しでも下方修正された場合、同氏はその穴埋めで歳出削減や増税を打ち出す必要がある。労働党が昨年7月に政権を握ってから成長は滞っている。スターマー首相の経済活性化の公約に対する投資家の信頼は、低下している可能性がある。
なぜ投資家は懸念しているのか?
他の主要経済国では今月に入っての長期債利回り上昇でも、英国のような市場の不安は伴っていない。債券利回り上昇は通常なら自国通貨を下支えするが、ポンドは1年強ぶりの安値を付けている。
財政政策を拡大しているのは、英国だけではない。ただ最近の借り入れの状況から、市場関係者が他の先進国よりも英資産を悲観的に見ている可能性はある。
欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)や「トラス危機」といった長年の政治の混乱を受け、投資先としての英国の魅力は損なわれている。同国は低成長や多額の債務、根強いインフレにも苦しんでいる。
英中銀は再び介入するのか?
英中銀は、量的引き締め(QT)の一環で国債保有高を削減しており、国債購入には消極的な可能性がある。これにより英国債の供給量は増え利回りに上昇圧力がかかっているが、英中銀が方針を変更する可能性は低い。
英中銀のバランスシートは年間で1000億ポンド圧縮する予定だが、積極的な売却額はこのうち130億ポンドにとどまる。残りは満期に伴うもので、仮にQTを変更した場合でも、大きな変化が生じるかは不透明だ。
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