「2019年だったかな…」鹿島アントラーズ、小川諒也には苦い記憶がある。だからこそ「周りのことは気にせず」【コラム】

シリーズ:コラム text by 元川悦子 photo by Getty Images

 明治安田J1リーグ第36節が11月8日に行われ、鹿島アントラーズは横浜FCとホームで対戦し、2-1で勝利した。9年ぶりのJ1制覇に向け、是が非でも首位をキープしたかった鹿島。会心の勝ち点「3」の立役者のひとりが、4試合ぶりに先発へ復帰した小川諒也。右CKから繰り出された2点目のアシストは、今回の勝利のために極めて重要だった。(取材・文:元川悦子) ——————————

小川諒也「悔しさはもちろんありました」

【写真:Getty Images】
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 2025年のJ1タイトル争いもいよいよ最終盤。

 35節終了時点でトップに立っていたのは、ご存じの通り、勝ち点67の鹿島アントラーズだ。1-1で辛くも引き分けた10月25日の京都サンガF.C.戦の後、彼らは2週間の準備期間を最大限活用してもう一段階ギアを上げ、ラスト3戦に照準を合わせてきた。

 その一発目となったのが、11月8日の横浜FC戦。J2降格決定寸前の相手が強い危機感を前面に押し出してくるのは間違いなかった。鬼木達監督も難しい戦いになることを想定し、京都戦からスタメン4人を変更する。

 田川亨介をレオ・セアラと2トップに並べ、鈴木優磨を左MF、松村優太を右MFに配置。ゴールへの推進力を出せる陣容で大一番に向かった。

 9月27日の名古屋グランパス戦でフル出場した後、10月の3試合はベンチスタートが続いていた小川諒也も4試合ぶりに先発に復帰。本職の左サイドバック(SB)に陣取った。

「(出れない間は)自分的に悔しさはもちろんありました。10月は上位陣が相手だったし、アウェイが続いて、ピッチコンディションが悪かったりと難しい状況ではあった。(小池龍太を使った)監督の考えも理解できます。

 その間、鹿島の戦い方の中で自分の特徴をどう生かせるかというのをずっと考えていました。引き分けが続く中、ここからの3試合は絶対に勝ち切らなきゃいけない。そういう意識を持って試合に入りました」

 背番号7はそう語り、メラメラと闘志を燃やしてピッチに立った。

「自分が入ることによって…」

 開始早々の3分、いきなり小川の見せ場が訪れる。得意の左足FKをファーにいた植田直通に合わせ、その折り返しをレオ・セアラが詰め、いち早く先制点が生まれたかと思われたのだ。

 けれども、残念ながら判定はオフサイド。ノーゴールで試合は振り出しに戻ったが、小川の存在が鹿島のリスタート精度の向上につながるという事実だけは改めて明確になったのだ。

「ここ数試合、なかなか複数得点を取れていなかったのもあるし、自分が入ることによって得点を奪う、勝ち切ることを期待されたと思います」と本人も話したが、彼の精度の高いキックがこの一戦のキーポイントになりそうな雰囲気は序盤から大いに漂った。

 その後、横浜FCの割り切ったロングボール攻撃に苦しんだ時間帯もあり、前半はスコアレスで終了。鹿島のシュートは3本で、やはり少なかった。

 キャプテンマークを巻いた植田直通も「前半は負けない戦い方を選んでいた。チャレンジというより、あまり失点しないような消極的な試合運びになっていた」と反省の弁。チーム全体としてアグレッシブさを出そうと後半に気合を入れた。

 その姿勢が結実したのが、62分の1点目だ。松村が右中央をドリブルで持ち上がってスルーパスを出し、これを受けた田川が寄せてきたンドカ・ボニフェイスを剥がしてラストパス。飛び込んできたレオ・セアラがゴールを奪い、ついに均衡を破ったのだ。

「なかなかコンディションが上がらない」

 そして鹿島は畳みかけるように2点目を奪う。それが3分後の65分。右CKを蹴ったのは名手・小川だ。

 彼の質の高いボールに反応した知念慶が打点の高いヘッドをお見舞いし、2-0とリードを広げたのである。

 この2分後に相手ロングスローから事故的に1失点したことを考えると、リスタートから奪った2点目は非常に大きかった。それを演出した小川の働きは特筆すべきものがあったと言っていい。

「2点目の時、植田君と一瞬、『ニアで行こう』と話しました。植田君と知念君がニアに入ってきて、自分のボールをしっかり合わせる形でした。鹿島は中に入ってくる選手が強いので、いいボールを上げればかなりチャンスになると考えていました」

 そう語る本人も、してやったりの表情を浮かべた。

 最終的に鹿島は2-1で勝利し、9年ぶりの国内主要タイトル奪還に王手をかけた。小川の中では「今年6月の鹿島加入後、ようやくチームの力になれた」という安堵感も少なくなかったのではないか。

 2015年からFC東京で8シーズンを過ごし、2022年夏からはヴィトーリアSCとシント=トロイデンVVで3シーズンの海外経験を積み重ねた男が鹿島入りしたのは、左SBの絶対的主軸・安西幸輝が長期離脱を強いられた直後だった。

「日本代表経験のある小川が来たのだから、安西の穴はすぐに埋められる」という期待感も大きかった。

 しかしながら、日本の真夏の暑さと欧州とは異なるリズムに適応するのは容易でなく、小川自身も「なかなかコンディションが上がらない」と夏場に苦渋の表情を浮かべていた。

「自分たちが一番やらなきゃいけないのは…」

 その後、鬼木監督とも「体力面だけでなくメンタル的にもちょっと疲れているのかな」と指摘され、9月以降は出番が減少。本人も不完全燃焼感を覚えたようだ。

「鹿島のSBはFC東京の時よりもシンプルじゃないというか、中に入って仕事をしたりすることも求められるんで、周囲との連係も含めて難しいところがありました。

 ちょっとずつすり合わせて、だんだんうまくいくようになってきましたけど、自分の特徴をどう出すべきかのバランスは今も考えているところです」

 小川はそう述べ、鹿島特有の動きにも苦労していた様子だ。

 こうした苦境を何とか乗り越え、ここへきて彼らしいダイナミックさとキックの精度を出せるようになってきたのは朗報。チームにとっても力強い材料と言っていい。

 あとは11月30日の東京ヴェルディ戦、そして最終節の12月6日の横浜F・マリノス戦で本領を発揮して、鹿島の9年ぶりのJ1制覇に貢献すればいい。本人もそこだけにフォーカスしていく覚悟だ。

「FC東京の時も2019年だったかな、本当に最後の3試合くらい前までは1位だったのに、ずっと勝ち切れなくて、最後に(マリノスに)逆転されている。だからこそ、今はとにかく自分たちにフォーカスして、勝ち切って、優勝を決めたいと思います。

 確かに柏(レイソル)の結果が気になったりというのはありますけど、自分たちが一番やらなきゃいけないのは、目の前の試合に勝ち切ることだけ。自分たちのことだけを気にしていい状況にいるのは鹿島だけなんで、周りのことは気にせずに2勝したいです」

 そんな小川が6年前の苦い経験を生かすべき時は今しかない。未知なる頂点に立つことで、彼は新たな領域に到達できるはずだ。

 2026年になれば安西も復帰し、鹿島の左SB競争はより一層激化する。そこに弾みをつけるためにも、背番号7にはラスト2戦で“圧倒的な違い”を見せつけてほしい。

 小川にはそれだけのポテンシャルがあるのだから。

(取材・文:元川悦子)

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【了】

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