コラム:相互関税一時停止、トランプ氏の利己主義による痛みは消えず
[ロンドン 9日 ロイター Breakingviews] - 米国市民はこれまで250年近く、専制君主の支配を受けない自由を謳歌(おうか)してきた。しかしトランプ大統領による「解放の日」によってこの連綿と受け継がれてきた歴史は途絶えてしまうだろう。
トランプ氏が鳴り物入りで発表した独立宣言の経済版は7日足らずで突如幕を下ろし、9日に「相互関税」の上乗せ分のほとんどは一時的に撤回されたため、株式と債券、ドルはそろって値上がりした。だが多くの市民が抱く恐怖心が消えることはない。
とはいえトランプ氏の「後退」は部分的かつ一時的だ。相互関税のうち貿易赤字などに基づく上乗せ分の発動は90日間停止されたものの、各国一律に課す10%の税率は残る。
昨年の対米輸出額が約4400億ドルだった中国の場合、米国製品に対する追加関税を84%に引き上げる報復措置を打ち出したことで、米国が適用する関税率は124%に跳ね上がった。トランプ政権は自動車と鉄鋼・アルミニウムへの関税は維持しているし、今後医薬品と半導体への発動もちらつかせている。結局米国の実効輸入関税率は、昨年末時点の2.5%をはるかに上回るだろう。
総合的に考えれば、トランプ氏が自慢する交渉力は、その有効性の怪しさが際立っている。この1週間でさまざまな国から取引の要請があったと主張しているが、ペンギンしか住んでいないオーストラリアの小島を含めて、どこからも目に見える譲歩を引き出せていない。
90日という相互関税発動停止の期限が迫るにつれて、交渉相手国は譲るつもりはないとの意を強めるだろう。トランプ政権の閣僚たちと言えば、失笑を買うような計算式に基づく弁護の余地がない政策を無理矢理正当化しようとして、評判を失墜させている。トランプ氏が相互関税の一時停止をソーシャルメディアに投稿する数時間前にはベッセント財務長官が、政権はウォール街より実体経済を優先すると豪語し、ラトニック商務長官は関税発動の延期はないと繰り返していた。
A bar chart showing US trade deficits and surpluses関税発動停止については、これらの閣僚よりも債券市場が重要な役割を果たしたかもしれない。4日時点で4.4%弱だった30年国債利回りは9日、4.8%超の水準まで上昇した。ヘッジファンドがポジションを巻き戻し、海外投資家は日本やスイス、ドイツの資産に資金を逃避させたことが背景にある。
このまま売りが長引けば、米経済全体の資金調達コストが増大し、壊滅的な金融危機を招く恐れが出てきただろう。それでも足元の国債利回りはなお高止まりとみなされる水準にある。その理由の1つは、既にトランプ氏の政策によって生じた痛手が簡単に回復しないからだ。消費者や企業は今後、購入品がさらに割高化するのを実感し、不安を抱えながら一段と予測不能になる政策決定に備えることになる。
またトランプ氏は、大統領令乱発による政策構想の意義をほとんど示せていない。同氏や側近らはさまざまな機会に、関税は政府の収入を押し上げ、米国への製造業回帰を促し、根強い貿易赤字を解消する武器になるとともに、経済安全保障改善の手段でもあると宣伝してきた。そうした本来疑わしい理屈は今、不条理さがさらに高まったようだ。
米国の経済的自決権を確立するというトランプ氏の夢によって残されるのは、利己主義に起因する孤立がもたらす永続的な痛みでしかない。
●背景となるニュース
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab
筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
Peter is Global Editor of Reuters Breakingviews, based in London. He was previously EMEA editor, and before that spent four years in Hong Kong as Asia Editor, where he oversaw the launch of Breakingviews’ Asian edition. Prior to joining Reuters in 2009, Peter spent 10 years at the Financial Times, including five years as the paper’s banking editor, leading its award-winning coverage of the credit crunch. Between 2000 and 2004 Peter reported for the FT from New York, where he covered a range of stories including the 9/11 attacks and their aftermath. A Dutch national, Peter has degrees from Bristol University and the London School of Economics.