マスク氏の影響力、世界中で強まるばかり-中国との関係巡り疑念も

イーロン・マスク氏は北米での成功を目指し、17歳で南アフリカ共和国を離れた。それから30年余りを経て世界一の富豪となったマスク氏に対し、南アのラマポーザ大統領は母国に投資するよう呼びかけている。

  マスク氏が最高経営責任者(CEO)として率いる宇宙開発企業スペースXが運営する衛星通信事業「スターリンク」を巡り、2人は南アで事業展開できるよう政府がルール変更する方法について連絡を取り合っている。両者のやり取りに詳しい関係者が明らかにした。

  トランプ次期米大統領の主要アドバイザーとして政治にも深く関与しているマスク氏も、ラマポーザ氏に求めていることがある。現地のスターリンク事業について、黒人による企業保有比率を一定以上にするという要件を緩和することだ。

  マスク氏は電気自動車(EV)メーカー、テスラのCEOでもあるが、関係者によれば、同社向けのバッテリー生産といった分野で、マスク氏が関係する複数の企業が南アに投資することを要件緩和の見返りとして同氏は申し出る用意があるという。非公開での話し合いだとして、関係者が匿名を条件に語った。

  マスク氏がトランプ氏の側近として一段と重要な役割を担うようになったため、このディール(取引)を成立させる取り組みが現在、強化されているもようだ。

  同氏が2億5000万ドル(約395億円)以上を投じてトランプ氏の選挙活動を支援する前から、人工衛星を介して高速インターネットサービスを提供するスターリンクは世界中の国々で次々と使われてきた。

  「地球上のほとんどどこでも利用できる」とのうたい文句通りに、強権的な政権に支配された地域を含め、スペースXと取り決めを結んでいない国にも広がっている。

  各国政府が運用するデリケートな情報を扱う通信経路をマスク氏が無意味にするのではないかとの懸念が浮上していたが、今や当局側が同氏の企業群から経済的な恩恵を得ようと狙っている。 

ナイロビのスーパーマーケットで売られているスターリンクのキット(24年11月28日)

  南アでの交渉は、マスク氏の衛星事業に対する世界的な抵抗が崩れつつあることを示す一例に過ぎない。

  ラマポーザ氏の報道官はブルームバーグに対し、同氏とマスク氏は衛星ビジネスに関するテクノロジー政策見直しの一環としてスターリンクについて話し合ったと説明。南アへの投資呼び込みとしてマスク氏の事業誘致にラマポーザ氏は強い関心を抱いているとも語った。

政治的な影響力

  マスク氏のトランプ次期政権での新たな役割により、スターリンクを拒むことは一部の政府にとって難しくなっている。

  このサービスに警戒感を示す台湾などとの緊張が高まる可能性もある。トランプ氏は行政改革を進めるため新設する「政府効率化省(DOGE)」の共同トップの1人にマスク氏を起用した。

  マスク氏はすでにトランプ氏の外国首脳らとの電話会談に同席するなど、政治的な存在感を示しており、各国当局はスターリンクにどこまで門戸を開くべきか思案している。

  「マスク氏は今、世界で最も権力のある役職、つまり次期米大統領の耳目を引いている」とシンガポール国立大学(NUS)ビジネススクールのアレックス・カプリ上級講師は指摘。南アを含む国々にとって、「その背後にある取引上の価値、つまりどのような見返り」もより魅力的に映るという。

  スペースXはコメント要請に応じなかった。

スターリンクはアマゾン地域に住む先住民にインターネットサービスを提供

  多くの国が最近まで明確な禁止措置などを講じ、スターリンクが自国市場で正式に事業を行うことを妨げていた。南アのケースでは、スペースXが現地パートナーと株式を持ち合うことを義務付ける規則が障害となっている。

  今では、スターリンクの台頭に反発していた多くの規制当局や政治家がそうした障害を取り除こうとしている。このため、スターリンクの優位性と共にマスク氏の世界的な影響力が一段と強まりつつある。

  スペースXは2024年だけでもガーナやアルゼンチンといった20カ国余りでスターリンクの運用を開始。現在では100を超える国・地域で400万人以上にサービスを提供している。

  地球全体をブロードバンドサービスで覆い尽くし、従来の通信事業者を追い詰め、アマゾン・ドット・コムや中国政府系の競合企業からの新たな挑戦にも打ち勝っている。

  テクノロジーの飛躍的な発展と巧みな事業戦略を組み合わせグローバル市場を牛耳りつつあるスペースXに、政治的な影響力という強力な武器が加わった。

  1991年までアパルトヘイト(人種隔離)政策が続いた南アでは、黒人の企業所有権を30%以上にしなければならないという規定があるが、スペースXはこれに従うつもりはない。

  南アの通信・デジタル技術省は現在、スターリンクのような外国事業から投資や雇用について一定の譲歩を得る代わりに市場参入を認める代替策を監督当局と検討しているが、合意に至るかどうかは引き続き不透明だ。

  同省は「ブロードバンド接続を農村部やサービスが行き届いていない地域にもたらすため、可能な限りの解決策を見つけ出す必要がある」とブルームバーグ・ニュースへの電子メールでコメント。

  「規制上の障害が取り除かれることは、スターリンクだけでなく、多くのICT(情報通信技術)セクター投資家にも歓迎されると見込んでいる」と表明した。

中国とのつながり

  ただ、スペースXとマスク氏に対しては依然として疑念を抱く国や地域も多い。その一つが台湾だ。

  マスク氏は2022年、英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)の取材に対し、台湾は香港のような中国の「特別行政区」になるべきだと述べた。中国は台湾を領土の一部だと主張している。

  マスク氏は保有するテスラ株の値上がりで個人資産を大きく膨らませているが、23年の同社売上高は2割を中国が占めた。 

    中国と台湾の間で紛争が発生した場合、台湾を守ると繰り返し表明してきたバイデン大統領とは距離を置き、トランプ氏は米国が台湾を支援すべきかどうか疑問を呈している。 

  台湾は現在、衛星通信事業者としてワンウェブを選択。だが、顧立雄国防部長(国防相)は24年10月、現在の衛星インターネット環境は軍事用としては不十分だとし、「戦闘の必要性に目を向けると、現状ではワンウェブに頼ることはできない」と議員らに語った。

  台湾政府は12月17日、スターリンクには言及せずに、アマゾンの「カイパー」などの事業者と協議中だと発表した。

  フィリピンは通信事業者の現地所有ルールを撤廃し、東南アジアでスターリンクを採用した最初の国となった。しかし、南シナ海の領有権を巡り中国との対立が激化する中で反対意見もある。

  マニラ・タイムズ紙は24年10月の社説で、マスク氏の中国とのつながりを理由に同氏を国家安全保障上の脅威と位置付け、「フィリピン軍の鍵を握る部分や極めて重要な政府・金融機関が、ユーザーデータを収集することで知られるネットワークに接続され、中国政府の公然たる支援者によって管理されるリスク」があると警告した。

原題:Musk’s Growing Influence Erodes Global Resistance to Starlink (2)(抜粋)

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