アルツハイマー病は「脳の糖尿病」 脳にも悪影響を及ぼす高血糖の恐ろしさとは
血糖値が高いまま放置すると、体にどのようなことが起きるでしょうか?
血管、とりわけ細い血管に障害が起こって血流が悪くなり、細い血管が集まる臓器に「合併症」が起こります。
目(糖尿病網膜症)と腎臓(糖尿病腎症)、神経(糖尿病神経障害)で起きる障害は糖尿病の「3大合併症」として知られており、聞き手を務める記者は全て発症し、腎臓の移植手術や人工レンズを入れる手術などを経験しました。
それだけではありません。体全体をむしばみ、脳にも悪影響が及ぶのです。
ゆるやかな糖質制限「ロカボ」を提唱する糖尿病専門医、山田悟医師に高血糖と脳の関係を詳しく伺うと高血糖と認知症との“ただならぬ関係”が浮かび上がりました。【聞き手・倉岡一樹】
「脳のゴミ」の処理に悪影響
「健康寿命」という言葉をご存じでしょうか。
健康上の問題で日常生活が「制限されることなく」生活できる期間のことです。厚生労働省によると、2019年の時点で男性は72・68歳、女性は75・38歳です。
その年の平均寿命は、男性が81・41歳、女性は87・45歳ですから、日常生活に制限がでてくるほどの困難が生じている期間が男性は約9年、女性は約12年あることを意味します。寝たきりの状態をイメージしていただくと理解をしやすいかもしれません。健康寿命の延伸は喫緊の課題です。
寝たきり、つまり「要支援」や「要介護」となる原因は、認知症▽脳卒中▽衰弱▽骨折・転倒▽関節疾患――が上位を占めます。
高齢化の進展とともに増加する認知症は「一度正常に発達した認知機能が、何らかの理由により持続的に低下し、生活に障害が生じた状態」と定義されます。その「何らかの理由」として多いのが、脳細胞を死滅させる「アルツハイマー病」や「レビー小体病」、そして脳卒中などです。
実は、これらの病気は、高血糖と大きく関係しています。
脳細胞の死滅を起こす病気の中で、認知症の約7割を占めるとされるアルツハイマー病の発症リスクは、血糖に異常がある人がそうでない人より1・6倍も高いことが明らかになっているのです。
その原因として考えられるのは、食後高血糖とその後の肥満によるインスリンの働きの低下です。
アルツハイマー病では、脳内でつくられるたんぱく質の一種「アミロイドβ」が蓄積し、脳細胞の死滅を招くと考えられています。通常は脳内の「ゴミ」として短期間で分解・排出されますが、分解される際に無害で排出されやすいものと、毒性が強く排出されにくいものとに分かれます。
不要なアミロイドβの除去には、インスリンの処理で使われる「インスリン分解酵素」が必要です。
インスリンの働きが正常であるなら問題は全くないのですが、働きが弱くなって高血糖が常態化すると、過剰なインスリンを分泌しなければならなくなります。「高インスリン血症」といい、インスリン分解酵素がインスリンの処理にかかりきりとなってしまうのです。
その結果、アミロイドβの分解ができなくなり、アルツハイマー病の発症リスクが高まります。この考え方は20年ほど前に広まりました(注1)。
動物実験レベルでは、短時間の高血糖にさらされただけでも、アミロイドβが合成されるとの論文もあります(注2)。しかし、人間を対象とした研究では、ずっとCGM(Continuous Glucose Monitoring、血糖持続測定)をしている人などこれまではほとんどいなかったため、食後に血糖値が上がり、その反動で急激に下がる「血糖値スパイク」と、安定した高血糖のどちらが認知症の直接的な原因となっているのかは、今も区別がついていません。
脳にも「インスリン受容体」
そして、最近では、高インスリン血症やインスリン分解酵素の問題だけではなく、インスリンというホルモンの働きが弱くなる「糖尿病の本質そのもの」もアルツハイマー病の発症に関わっているという説が提唱されるようになりました。
私たちは学生時代、「インスリンが働く臓器(インスリン感受性臓器)は肝臓と筋肉、脂肪細胞と主に三つあるとされている」ことを学びました。
まずは肝臓です。肝臓でインスリンが働くと糖の放出にブレーキがかかります。残りの筋肉と脂肪細胞でインスリンが働くと糖を取り込んでくれます。
空腹時は、インスリンが「基礎分泌」(必要最小限の量が分泌されること)されており、肝臓の糖の放出を安定化させています。一方、食後にはインスリンが追加で大量に分泌され、筋肉や脂肪細胞にも糖を放り込んで血糖値が上がらないようにします。
それゆえ「何も食べていなくても血糖値が上がる」現象(特に糖尿病の患者さんに見られます)は、血糖測定器の異常ではなく、その患者さんの肝臓におけるインスリンの働きの弱さによるものなのです。
さらに、10年ほど前、脳にもインスリンを受け止める「インスリン受容体」が発現していて、とりわけ記憶に深…