勝つのはいつもひとりだけ 双子姉妹の家族の宿命と岩井明愛の人柄と

◇米国女子◇ザ・スタンダード ポートランドクラシック 最終日(17日)◇コロンビア・エッジウォーターCC (オレゴン州)◇6497yd(パー72)

米ツアーのルーキーになって間もない頃だっただろうか。母・恵美子さんがポツリとつぶやいた。「ふたりが一緒に勝つことはないんです」。ともにプロゴルファーで、実力も実績も拮抗する双子という、あまりに稀な姉妹を持つ両親は、多くの家庭にはない悩みとずっと寄り添ってきたのかもしれない。

小学生時代にゴルフを始めた岩井明愛千怜は、ジュニア時代から互いに競うようにキャリアを積み重ねてきた。千怜が2017年に「全国中学選手権」を制すと、翌18年に明愛が「全国高校選手権」を制覇。21年にそろってプロ転向してからも、レギュラーツアーで姉が通算6勝、妹はことし3月に8勝目を飾った。

どちらかが勝てば、どちらかが負ける。ツインズの宿命は新天地の米ツアーでも同じ。5月に千怜がメキシコでの「リビエラマヤオープン」で先に初勝利を挙げてから、明愛は焦燥感にかられた。だからこそ、3カ月遅れで訪れた姉の歓喜に母は号泣した。「言葉がないくらいうれしかったです。久しぶりに大泣きしました。千怜が勝ってから、明愛を見ていて彼女が辛いのも分かっていたので、それを思い出して」

逃げ切りに成功した最終日の中盤、パーが並んだ明愛に迫ってきたひとりが千怜だった。スタート時に7打あった差が、5番(パー5)からのイーグル・バーディ・イーグル、9番からの4連続バーディで1打まで縮まった。そんなときでさえ、母は「(千怜にも)『頑張れ』としか言いようがないですよね」と苦笑するしかない。「日本でも同じでした。片方が勝つと悩むところもあります。でも、(各々が)一生懸命やるだけとは本人たちも分かっている」。環境を移しても岩井家の日常は変わらない。

勢いづくと、ともに手が付けられない爆発力が魅力のふたり。父の雄士さんは姉妹の性格の違いについて「簡単に言うと、千怜が几帳面、明愛は大雑把」と話す。「けれど、ふたを開けてみると明愛の方が繊細で、千怜の方が気持ちが強くもある」

明愛はラウンドのあいだ、誰と一緒にプレーしていようと、自分の世界に没入しきっているようなプレースタイルが印象的だ。その半面、クラブを離すと心遣いのある人柄が顔を覗かせる。今大会の前もそうだった。なだらかな坂道で取材が始まろうとしたとき、「ちょっと移動してもいいですか」と周りを誘導。記者たちを見下ろす格好だったのを「“上から”な感じがしちゃう」と嫌い、平らな“ライ”を選んだ。

西海岸のポートランドはスポーツメーカー、ナイキの本社があることでも知られる。近隣には関係者用の大型店があり(出場選手には招待券が贈られるのが恒例)、現地入りするなり、10足近いシューズを買い込んだ。山積みになった箱は家族の分、その週に誕生日を迎えたスタッフらの分も含まれていたという。

米女子ツアーの会場で雄士さんはいつもせわしない。姉妹とプレーした選手の家族やキャディを探してはラウンド前後に声をかけ、お礼を言う。ジュニア時代から娘たちに徹底させてきた同伴競技者へのあいさつを、自らが実践し続けている。

ことし4月、明愛は「JMイーグルLA選手権」で1打差2位に終わり、シーズン2回目の惜敗を喫した。72ホール目でボギーを叩いて敗れ、ホールアウト後に悔し涙を流した。長いインタビューを終えて自ら向かったのは、別の組でプレーして優勝したイングリッド・リンドブラッド(スウェーデン)のところ。表彰式後に「コングラチュレーション」と伝えにいった娘に、勝負の世界とは別の面での成長が見て取れたことが父はうれしかった。

姉と妹がこれで初勝利をともに手にした。「(18番で)カップインするまで胸が苦しかったです。いつもですよ。とりあえず予選ラウンドを通るまで苦しくて、最終日にホールアウトするまで苦しくて」と父は大きく息をつく。「でも。こんなにドキドキさせてくれる娘はいないですからね。幸せです」

もしも2人が団体スポーツで、同じチームでプレーしていたら抱えなかったかもしれないジレンマめいたものがツインズの周りにはいつもある。それでも、「私たちは互いを高め合える存在」と姉妹は胸を張る。勝つのはいつもひとりだけ。ゴルフが孤独なスポーツだからこそ、2人は強くなれる。(オレゴン州ポートランド/桂川洋一)

桂川洋一(かつらがわよういち) プロフィール

1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。ツイッター: @yktrgw

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