焦点:中東の空は安全か、欧州旅客機パイロットや客室乗務員から不安の声
パイロットはこの決定について異議を唱えることにした。ほんの1週間前には、会社はこのルートを安全でないと認めていた。だが、ウィズエアーの運航管理チームの回答は「現在は安全だと認識しており、飛行を命じる」というもので、それ以上の説明はなかったという。
「はっきり言って不満だった」とこのパイロットは振り返った。その数日後、イラクは10月1日にイランがイスラエルに向けミサイルを発射したことを受けて、自国上空の飛行禁止措置をとった。「安全でないという私の疑念が裏付けられた」
ウィズエアーはロイターの問い合わせに対し、乗員乗客の安全確保は同社の最優先課題であり、「いかなる状況においても」その点で妥協することはないと述べ、どこを飛ぶかは、外部の情報専門家との提携による厳格なリスク評価に基づいて決定していると説明した。
また、「当社の航空機及び乗員は、安全だと見なされる空域のみを飛行し、その点においてリスクを取ることはない」と述べた。
ロイターではパイロット4人、客室乗務員3人、航空セキュリティの専門家3人、航空会社幹部2人に、中東情勢の緊迫化を受けて欧州航空産業内で高まる安全面での懸念について取材した。
中東は、インドや東南アジア、オーストラリアに向かう航空機にとって重要な「空の回廊」であり、ユーロコントロールのデータによれば、昨年は欧州との往復で1日1400便が飛び交っていた。
欧州で中東上空の運航の安全性をめぐる議論が活発になっているのは、世界の他地域と違い、欧州のパイロットが労働組合により守られていることが大きな要因だ。
ルーマニアの航空機乗務員労働組合FPUルーマニアが8月26日付けでEASAと欧州委員会に送った書簡には、「誰であれ、こうした危険な環境下で勤務することを強いられるべきではなく、搭乗者の安全と幸福を上回る商業的利益は存在しない」と書かれている。
別の書簡では、乗員らがルートの決定について透明性を高めるよう航空会社に要請し、危険なルートの飛行を拒否する権利を求めている。
昨年パレスチナ自治区ガザで戦争が勃発して以来、中東情勢の緊迫に関連した民間航空機の死亡事例や事故は発生していない。
エールフランスは、自社の旅客機1機が10月1日、イランによるイスラエルに対するミサイル攻撃の最中にイラク上空を飛行していたことを受けて、内部調査を開始した。この攻撃の際、航空各社は中東の関連地域に向かう数十便を急きょ迂回させていた。
イスラエルとイランの間で緊張が続き、シリア反体制派によりアサド政権が突然崩壊したことで、中東地域でさらに混乱が広がる懸念は高まっている。
この地域でミサイルが使用されたことは、ウクライナ東部で2014年にマレーシア航空17便が、また20年にはテヘランを離陸したウクライナ国際航空752便が撃墜された事件を想起させる。
パイロット3人、航空安全専門家2人はロイターに対し、戦争の混乱の中で偶発的に撃墜されてしまうことが最大の懸念であり、合わせて緊急着陸を強いられるリスクもあると語った。
ルフトハンザやKLMなど欧州航空会社の一部は、乗員が安全でないと感じるルートを回避する選択を許可しているが、ウィズエアーやライアンエア、エアバルチックの乗員にはそうした選択は与えられていない。
エアバルチックのマーティン・ガウス最高経営責任者(CEO)は、同社は国際安全基準を遵守しており、調整する必要はないとしている。
12月2日、ロイターが運航の安全性をめぐるエアバルチックと労組との協議について問い合わせたところ、ガウスCEOは、「特定のルートの飛行を拒否する権利を与えてしまえば歯止めが利かなくなる。次は、対立が生じているからイラクの上空を飛びたくないという人間が現れるのではないか」と述べた。
9月まで断続的にヨルダンやイスラエル行きの便を飛ばしていたライアンエアは、EASAの指導に基づいて安全性を判断していると述べた。
ライアンエアのマイケル・オリーリーCEOは10月、安全性に関する乗務員の不安に関するロイターの問い合わせに対し、「EASAが安全だというなら、労組や一部のパイロットの主張を聞く必要はない」と答えた。
EASAは、中東地域におけるルートの安全性についてここ数カ月パイロットや航空会社と何度も意見交換を行ってきたと述べ、安全性をめぐる懸念を提起したスタッフを処分すれば、従業員が懸念を口にすることを認める「公正な文化」に反することになるとした。
<乏しい安心感>
アブダビで勤務する ウィズエアーのパイロットは、航空産業の安全基準は非常に高いと考えているので、紛争の影響を受けている地域の上空を飛ぶのは気にならない、とロイターに語った。
だが格安航空会社で働く一部のパイロットや乗務員にとって、会社側が与えてくれる安心感は不十分だ。
彼らはロイターに対し、パイロットには危険性が想定される空域を飛ぶことを拒否する選択肢が与えられるべきであり、航空会社のセキュリティ評価についてもっと情報がほしいと話している。
FPUルーマニアのディアムイド・オコンゲイル最高業務責任者(COO)は8月12日付けの書簡の中で、「ウィズエアーは『安全だ』と主張するメールを送ってきたが、民間航空会社の従業員にとっては無意味だ」と述べている。「こうした紛争地域への運航は、たとえそれが救出目的の任務 だったとしても、民間機ではなく、軍の要員・機体で実施すべきだ」
<混雑した空域>
オスプレイ・フライト・ソリューションズが提供する入手可能な最新のデータによれば、先月は中東の紛争地域で165発のミサイルが発射された。前年同月は33発に留まる。
だが、ある空域での運航を強制的に制限するには、国家が自国領空の飛行禁止を選択するしかない。2022年にロシアがウクライナへの全面侵攻を開始した後のウクライナの事例がこれに当たる。
情勢の緊迫化に伴い、複数の航空会社はイスラエルなどの行き先への運航を短期間見あわせることを選択した。4月13日にイランがイスラエルを攻撃したときには、ルフトハンザとブリティッシュ・エアウェイズが運航見合わせを選択した。
だがそうなると、ただでさえ混雑している中東の空では、使える空域が限られてくる。
中東の紛争地域を避けようとして中央アジアやエジプト、サウジアラビアの上空を経由すれば、燃料消費量が増加し、また上空通過料が高い国もあるため、コストがかさんでしまう。
ロイターが8月31日のフライトプラン2件を検証したところ、たとえばシンガポール発、ロンドン・ヒースロー空港行きの民間機がアフガニスタンと中央アジアを経由する場合、航空会社が負担する上空通過料は4760ドル(約73万円)になり、中東経由より約50%高くなる。
プライベートジェットの中には、最も危険な地域を避けている例もある。
かつて航空会社のパイロットとして勤務し、現在はプライベートジェットを操縦するシンガポールのパイロット、アンディ・スペンサー氏は、「現時点で私が飛ぶ気になれないのは、リビア、イスラエル、イランといった『ホットスポット』上空だ。あらゆる形で紛争のさなかにあるからだ」
航空産業の専門家のあいだで中東空域に関する安全規制当局として最も厳しいとされているEASAは、紛争地域上空の安全な飛行方法に関する公報を発表している。
ただしこれは拘束力のあるものではない。航空会社はそれぞれ、政府からの通告や外部のセキュリティアドバイザー、社内のセキュリティチーム、航空会社缶の情報共有などに基づいて運航ルートを決定しており、会社によって異なるルートが取られることになる。
また決定の根拠とする情報は、通常、乗務員に共有されていない。
欧州のパイロット労働組合ユーロピアン・コクピット・アソシエーションの元代表で、KLMパイロットのオトジャン・デブルイジン氏によれば、こうした不透明さが、パイロットや客室乗務員、乗客のあいだに不安と不信の種をまいているという。自分が働く航空会社は、他国の航空会社が入手済みの情報を見逃しているのではないか、と考えてしまうからだ。
前出のスペンサー氏は、「パイロットに提供される情報が多いほど、彼らはしっかりした根拠のある判断を下せるようになる」と語る。同氏は、航空会社に安全指針を提供する運航勧告機関OPSGROUPのオペレーション専門家も務めている。
パイロットやセキュリティ関係者によれば、エティハッド、エミレーツ、フライドバイといったペルシャ湾岸地域の航空会社が突然イランやイラク上空の運航を停止すれば、航空産業内部では信頼できるリスク指標として受け止められるという。こうした航空会社は自国政府からの詳細な情報提供を受けられるからだ。
フライドバイはロイターの取材に対し、中東地域では、ドバイの総合民間航空庁が承認した空域・航路の範囲内で運航している、と返答した。エミレーツは、すべてのルートを継続的に監視し、必要に応じた調整を行っており、安全を確保できなければ運航することはないと述べた。エティハッドは、承認された空域だけを経由して運航しているとしている。
乗客の権利擁護団体は、旅行者にも多くの情報を提供するよう要請している。
「乗客が紛争地域の上空を飛ぶフライトを忌避するようになれば、航空会社もそういうフライトを続ける動機がなくなるだろう」と、米国で活動する乗客権利擁護団体「フライヤーズライツ」のポール・ハドソン代表は指摘。「また、そういうフライトを選ぶ乗客も、リスクを承知した上での選択となる」
(翻訳:エァクレーレン)
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Joanna reports on airlines and travel in Europe, including tourism trends, sustainability and policy. She was previously based in Warsaw, where she covered politics and general news. She wrote stories on everything from Chinese spies to migrants stranded in forests along the Belarusian border. In 2022, she spent six weeks covering the war in Ukraine, with a focus on the evacuation of children, war reparations and evidence that Russian commanders knew of sexual violence by their troops. Joanna graduated from the Columbia Journalism School in 2014. Before joining Reuters, she worked in Hong Kong for TIME and later in Brussels reporting on EU tech policy for POLITICO Europe.