『アオアシ』最後のゴールを決める選手はずっと前から決まっていた。編集者とのバトルで生まれた“予定外の展開”【小林有吾×担当編集 今野真吾インタビュー 前編】

『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載されていた漫画『アオアシ』(小林有吾/小学館)。10年の連載を経て2025年6月23日に最終話を迎えた。本作は主人公のポジションがディフェンダーのサイドバックであること(多くのサッカー漫画の主人公はフォワードやミッドフィルダー)、舞台がJリーグの育成組織である「ユース」であることなど、これまでのサッカー漫画とは一線を画し、たくさんの話題を集めてきた。

 作者の小林有吾さんは過去のインタビューで「作品の8割ぐらいは編集者と会話をして作っている」と語っていた。その編集者の名は、小学館の今野真吾さん。今野さんは連載開始から完結までの10年間、小林さんと共に作品に向き合ってきた。

 作家と編集者の関係に迫るダ・ヴィンチWebの連載「編集者と私」第2回。今回は小林有吾さんと今野真吾さんにご登場いただき、前後編でお届けする。前半は、お二人の「会話」の内容や、それによって生まれた展開。そして最高のクライマックスとなったバルセロナ戦ユース戦の裏側を聞いた。

編集者との会話で広がるものが作品のすべて

ーー本日はよろしくお願いいたします。まずなにより『アオアシ』完結おめでとうございます!

小林有吾(以下、小林):ありがとうございます!

ーー描き上げてから少し時間が経ったとは思いますが、完結を迎えてどんなお気持ちですか?

小林:とにかく「ホっとした」の一言です。自分の中では何年も前から『アオアシ』のラストは決まっていました。そこに向かって週刊ペースで少しずつ紡いでいって、「まだたどり着かないのか!」と何度も思いながらついにその日を迎えて。無事に頭の中にあるものを描き切れて本当によかったと思います。

ーー小林先生は過去のインタビューで「作品の8割ぐらいは編集者と会話をして作っている」と話されていました。その形は最後まで変わらずでしたか?

小林:変わりませんでした。僕の場合は、担当編集者との会話の中で広がるものが作品のすべてなんです。だから今野さんとは作品のためにたくさんお話しさせていただきました。10年間担当さんが代わることなく、一時期は家族より長い時間話していたので(笑)。実は、次回作の担当編集は今野さんではないことが決まっていて、もうこれでお別れだと思うとさみしかったですね。

ーー今野さんは完結を迎えていかがでしたか?

今野真吾(以下、今野):僕もさみしいという気持ちが一番大きかったです。1年間のうち80%ぐらいが小林さんと会話する時間だったので。それがなくなるというのは、生活というか人生が大きく変わってしまうという感覚でした。もちろん最後まで走り抜けたことへの安心や喜びもあるのですが、さみしさ、感慨深さのほうが勝っていたと思います。

阿久津の過去、プロ練習編は描く予定がなかった

ーーお2人が会話するなかで、小林先生の頭にもともとあった構想から変わった展開などもあるのでしょうか?

小林:ありますね。ほとんどは自分の思い描いたとおりでいくのですが、今野さんは要所要所でハッキリと「これでは伝わらない」といったことを単刀直入に言うんです。僕はそうは思わないのに…というところで何度もバトルがありまして(笑)。

ーーバトルが!

小林:彼は決して引くことがなく、その違和感を解消させないことには先に進めないんです。深夜に3〜4時間話しても決着がつかないとか、もう大変でしたよ(笑)。でも、そのバトルが『アオアシ』の精度をより高めてくれたんですよね。

ーー今野さんは、編集者として、作品のために譲れないラインがあったということでしょうか?

今野:まあそうです。って言えたら、かっこいいのでしょうね(笑)。本当はもっと曖昧で、「なんだかイヤ」と感じたときに我慢せず言うようにしていた感じです。

ーーでも、その「なんだかイヤ」を解消しないと絶対先に進めなかった?

今野:そうですね。1回でも「まあOKです」と言ってしまったら、ずっとそうなる気がしたので。そうしたら自分が編集者としてダメになってしまうというか。まあ、そもそも「なんだか」じゃなくて、ちゃんと理屈で説明しろよって話なんですけどね。それができなかったから、ただ粘ることしかできなかったんです。

小林:でも、そうしたバトルを乗り越えたあとで残るものは、作品の根幹に関わるすごく大事なものになるんですよね。

ーーバトルの末に構想から変わった展開、具体的にお聞かせいただけますか?

小林:例えば、阿久津の過去エピソードです。直接サッカーに関わることではないので僕は描く予定がなかったのですが、今野さんが「描かないといけない」と。過去を描かないと阿久津という人間をわかってもらえない、ということだったと思います。そこまで言うのなら…ということで、すごく暗い話でしたけど描きました。

ーーそうだったんですね。阿久津の過去を描いたことで、バルセロナ戦の阿久津の覚醒によりカタルシスが生まれたと思います。

小林:そうなんですよね。もうひとつはプロ練習参加編です。1回でもプロに練習参加してしまうと、もうユースの試合をやる意味がなくなると思っていたのですが、今野さんが「見たい」ということで、彼のアイデアを汲んで描きましたけど…まあ、やってよかったですね(笑)。


Page 2

ーー今野さんは『アオアシ』の担当になるまでサッカーのことはあまり詳しくなかったとお聞きしました。本作はそれこそサッカーに詳しくない読者にも広く読まれていますが、ご自身の素人的な目線が活きたと思うことはありましたか?

今野:サッカー玄人しか楽しめない漫画にはしないほうがいい、という目線はもちろん持っていました。ただ、『アオアシ』を担当するにあたってサッカーのことがよくわからないというのは、致命的なハンデじゃないですか。そもそも打ち合わせにもならないので、そこはがんばって勉強した記憶があります。

ーー小林先生も「サッカー漫画である前に、まず漫画として面白くなければいけない」と過去のインタビューでお話しされていましたよね。

小林:僕自身、サッカーはものすごく好きなんですが、あまりサッカーに詳しくない人が試合を見て楽しめるのと同じような感覚を持っていると思っていて。つまり、ゴールが入った瞬間、勝った瞬間、負けた瞬間。そこに人間の全身全霊の感情が出ると思っているんです。一方で、サッカーの戦術にはほとんど興味がない。今でもそんなにわかってないです(笑)。

ーーええ、そうなんですか?戦術がめちゃくちゃ好きなのかと思っていました。

小林:もちろん『アオアシ』をやるうえでたくさん勉強したので、それなりに興味はあります。でもサッカーの醍醐味って、個人的には「ボールをゴールにどうやって入れるか」だと思うんです。それにまつわる選手の動き。それによって訪れる人間の感情の揺れ幅。これがもう世界一すごいスポーツだと僕は思っています。

ーー『アオアシ』は戦術や選手の思考を描きつつ、ゴールの気持ちよさみたいなものを一番大切にされていた。

小林:そうですね。僕がもう少しサッカーに詳しくて戦術にものすごく興味があったら、『アオアシ』はもっと堅苦しい漫画になっていたような気がします。

ーー今野さんは「プレー中の感情の動き」を描いたシーンでなにか印象的なものはありますか?

今野:ゴールじゃなくてパスなんですけども…『アオアシ』が作品として最初にギアが大きく入ったのは、成京高校戦のトライアングルでパスがつながったシーンだと思っていて。葦人のパスがつながったとき、本人はゾクッとして、同じタイミングで読者もゾクッとするんです。「パスがつながって気持ちいい」って、それだけのことをこんなに面白く、かっこよく描いていただけるなんて…!と思った記憶があります。

小林:確かに、あのシーンは描いていて気持ちよかったです。それまで長い間、葦人はしんどい思いをしてきて、ようやく実を結んだので。現実でサッカーの試合を見ていても、芸術的なパスのカタルシスってすごいんですよ。それを漫画でも表現したくて描いたシーンでした。

40巻410話。一度もダレることなく終わった

ーー昨年12月、「11巻の時点で戦う相手は全て決まっていた」というコメントを出されました。先ほど今野さんとのバトルの末に追加されたエピソードもあったとお話しされていましたが、想定から大きく変わったことはありましたか?

小林:思ったより長くかかったことですかね。予定では30巻ぐらいでたどり着けるのではないかなと思ったのですが、実際はそれより10巻長くなりました。ひとりひとり愛されるキャラクターが増える中で、より丁寧に描くことを読者から求められてた気がしたんです。それで話が進めば進むほど、各キャラクターのバックボーンをすごく丁寧に描きました。

ーー例えば船橋学園のトリポネ、青森星蘭の選手たちは、バックボーンや置かれた過酷な環境を描かないと、その魅力はあまり伝わらないのかなと思いました。

小林:そのとおりだと思います。もしバックボーンを描かず「こいつらは強いのだ」という風に登場してきたとしても、伝わらなかったでしょうね。トリポネが差別を受けて、仲間たちがそれを助けてくれたという背景がなければ、彼らに勝ったときのカタルシスはなかったはずです。

ーー全40巻となったことについて、今野さんはいかがですか?編集として「ヒット作は長く続いてほしい」という思いなどはあったのでしょうか?

今野:僕個人で言うと「青森星蘭の蓮をもう少し見たいな」なんて思うことは度々ありました。でも、それって一番いい状態な気がするんですよね。余白があって読者もいろいろ想像もできますし。そう思うとベストバランスで、40巻410話、一度もダレることなく終わった希有な作品なのではないかと、編集の立場としては思っています。


Page 3

ーーエピソードが追加される以外に、試合展開やゴールを決める選手が構想から変わることはあったのでしょうか?

小林:バルセロナユース戦で言えば、葦人が最後にゴールを決めて勝つというのは決めていました。スコアは、確かバルサ戦を描き始めてから決めた気がします。「点取り合戦になるな」とは思っていていましたけどね。

ーーじゃあ、基本的には構想通りに試合が進むことが多かった?

小林:そうですね。試合展開自体はほぼイメージ通りでした。

ーーここからは、そのバルセロナユース戦のことをお聞かせください。他作品のたとえで恐縮ですが、『SLAM DUNK』の山王戦のような、今までの集大成というような凄まじさがあり、特に後半は読んでいて気持ちよかったです。

小林:これが『アオアシ』で描く最後の試合だというのはわかっていたので、気持ちはすごく乗っていたと思います。後半の葦人が覚醒してからはもう気持ちよく描けていたんですが、そこまでのバルサに全く通用しない状態が何巻も続くのは読者の方々がしんどいだろうなと思っていて。「しんどいけど、それでも読んでもらえる」というギリギリのところを保つのがすごく大変でした。

ーー「最後にはきっと葦人たちが勝つはずだ」と信じて待っていてくれる読者がいるだろうと。

小林:そう思いたかったのですが…読者の感想を見ると「この試合は負ける」と思っていた人が多かったようです。特にバルサ戦で完結することを発表していない頃は「世界の壁を知って、また日本に帰って鍛えなおすんだろう」なんて予想がありました。勝つと思っていた人のほうが少なかった気がしますね。

最後のゴールは主人公が決めるべき

ーーその後半、しんどい展開を経て、阿久津と葦人の覚醒による逆襲が始まってからは本当にカタルシスがありました。特に阿久津が本当にかっこよかったです…。

小林:阿久津は本当に思い入れが強いキャラクターです。今後も描けないだろうなというぐらい、かなり特別な思いがありました。彼が言っていることはよく聞くと筋が通っていて、「勝たないと何の意味もない」というのは本当にそのとおりだなと。「それに比べると、葦人は甘いよな」と思いながら描いていました。

ーー阿久津の生い立ちはバルセロナのデミアンと同様、サッカーでチャンスをつかまないと人生が終わる、という過酷なものでした。

小林:どんなにプロフェッショナルな人でも、成長する意欲がなくなった途端にダメになってしまう。そういったパターンを僕も実際に見てきたので。そうならないためには、阿久津のように生きるのが最も正しいんじゃないかと思っています。

ーー今野さんは、試合終盤の阿久津と葦人の覚醒をどのように見られていましたか?

今野:阿久津がリベロ、葦人がフリーマンとなってバルサを崩していくことは、かなり初期から決まっていました。読者も喜んでくれるはずだと信じていたし、小林先生が描いてくださったらすごくかっこよくなるだろうと。だから、ずっとワクワクして待っていたという感じですね。

ーー先ほど「葦人が最後にゴールを決めるというのは決めていた」とおっしゃっていたのですが、それこそ阿久津など他の選手が決める展開もあり得たのかなと思います。葦人に決めさせたというのはどういう思いがあったのでしょうか?

小林:それはもう主人公が決めるべきです!(笑)。現実のサッカーでサイドバックが点を取るというのは変だなというのはわかるんです。でも、そこは漫画の決着としてとして誰が点を取るかといったら、それは主人公しかいないだろうと。

ーーバルサ戦に限らず、葦人はサイドバックに転向してからも要所要所でゴールを決めてきましたよね。

小林:そうですね。連載初期のセレクションのときも葦人が点を取りましたけど、当初は違う展開を考えていたんです。点を取れずに終わるか、せいぜいアシストか。それが今野さんの案でギリギリ方向転換して、葦人がゴールを決めて。その回の評判がよくて結果として『アオアシ』の連載を続けることができたと思っているので。あのとき今野さんの案を聞いてよかったなとずっと思ってるんです。

ーー今野さんは、どんな意図でその提案をしたか覚えていますか?

今野:なんとなく「主人公が活躍したほうがいいのかな」というのはもちろんあったと思うんですが。そういった理屈よりももっと感覚的なところで「ここで葦人がゴール決めない漫画はなんだか変だな」という。それが一番強かったです。

小林:なるほどね(笑)。

取材・文=金沢俊吾

<第4回に続く>

関連記事: