台湾侵攻を控えるにもかかわらず軍幹部を粛清...世界を困惑させる習近平の「胸の内」(ニューズウィーク日本版)
中国国内も、世界各地の観測筋も揺さぶる政治的激震だった。中国国防省は1月24日、軍最高指導機関である中央軍事委員会の制服組トップ、張又侠(チャン・ヨウシア)副主席が重大な規律違反や法律違反の疑いで調査の対象になっていると発表した。同じく中央軍委メンバーで、同様の嫌疑がかかる劉振立(リウ・チェンリー)軍統合参謀部参謀長と共に、同委員会を離れるという。 【動画】元CIA高官が語る、習近平による人民解放軍最高幹部粛清の「真相」 この大事件は、強力なライバルを追い落とすため、習近平(シー・チンピン)国家主席が仕組んだ政治的クーデターなのか。それとも、2013年の習体制発足当初から掲げる反腐敗闘争の新章で、台湾侵攻に備えた人民解放軍強化の取り組みなのか──。 中央軍委メンバーは汚職による解任が続き、今や残っているのは2人。習本人と汚職摘発担当の張昇民(チャン・ションミン)副主席だけだ。あの毛沢東時代でさえ5人いた中央軍委の人数がこれほど減っているのは、習への権力集中が膨れ上がる現状を示唆している。 人民解放軍は、国家ではなく中国共産党の軍だ。だが従来、ある程度の自己裁量権があり、中央軍委は党と軍の接点になっている。 同時に、中央軍委は党が政治的な支配権限を行使する場でもある。主席は習で、今回失脚した張は事実上のナンバー2だった。中国の軍最高指導機関で起きた突然の「人事異動」の真の意味を探るべく、アナリストらは事態を注視している。 中国国防省の簡潔な発表の直後、人民解放軍機関紙の解放軍報はより長い論説記事で、張と劉の「重大な」汚職を非難した。習の承認を受けたとみられる同記事は両者の怠慢にも矛先を向けており、極めて政治的な背景があることをうかがわせる。
張と劉は、習が強力な権限を持つ「中央軍委の主席責任制を著しく踏みにじり」「全軍の将兵の団結と進化の政治的・イデオロギー的基盤を攻撃した」と、記事は主張している。2人に対する調査によって「政治基盤の是正が進み、イデオロギー的な毒素や悪が一掃される」という。 中国では、李尚福(リー・シャンフー)元国防相(23年に解任)など、軍上層部や安全保障体制に関わる政治家の粛清が進んでいる。そんななか、何年も前から渦巻いているのが、習がさらされている圧力をめぐる臆測だ。 「中国の体制は極度に四角四面だ」。イタリアのシンクタンク、アッピア研究所所長で、中国学者のフランチェスコ・シッシはそう指摘する。まるで文法規則のように決まり切っているので、変事は容易に察知できるという。「軍高官が大量に降格されたり、調査の対象になっている。これほど広範囲の処分が行われているなら、非常に重大な出来事に違いない。クーデターの企てがあったのではないかと推測している」 それが事実なら、習は対抗措置に出たことになる。ただし、こうした見方は解釈の1つにすぎない。 ウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、張はアメリカに中国の核兵器の技術データを漏洩したとの説明を、中国の軍当局者らは受けている。だがこの説には、複数の専門家が首をかしげる。中国の縦割りそのものの官僚機構で、張がそれほど詳細な資料にアクセスできたのか、動機は何かという疑問のせいだ。むしろ、張の失脚は習が権力強化を図った結果ではないかという。 「かつて習は(ドナルド・)トランプ(米大統領)に『米中関係を改善する1000の理由がある』と言った。張の国家機密漏洩疑惑についても、張を陥れる1000の理由がある」と、シンガポール経営大学のヘンリー・ガオ教授(法学)はX(旧ツイッター)への投稿で述べた。 「その理由はどれも国家機密漏洩とは無関係だ」と、ガオは付け加える。「最も信憑性が高いのは、ハイレベルの情報戦を仕掛けたという解釈だ。張の仲間、特に党指導部や軍内の同調者に圧力をかける目的で、外国メディアに偽情報を流している」 シッシも同意見だ。「張の主な過ちは、事実かどうかはともかくとして、スパイ行為でもアメリカに機密情報を伝えたことでもない。派閥を形成したことだ」。中国の国営メディアなどが、体系的な政治的ダメージをもたらしたと張を非難しているのがいい証拠だという。「少なくとも習はクーデター計画があったと見なした」 米ワシントンのシンクタンク、ジェームズタウン財団のピーター・マティス会長が指摘するように、はっきりしているのは、張と習の政治的関係の重要性だ。