タイヤがサケ大量死の毒をばらまいている、ヒトの体内にも存在
米国オレゴン州のトンプソンクリークで産卵床を守るギンザケのメス。ギンザケは太平洋に生息する7種のサケのうちの1種だ。(Photograph by Photographer Michael Durham, Minden Pictures)
米国ワシントン州シアトルには、毎年秋にギンザケ(Oncorhynchus kisutch)が産卵のために遡上する河川がいくつかある。長年、遡上するサケを観察してきたシアトルの市民科学グループは、1990年代以降、大雨が降った後、腹に卵を抱えたギンザケの死骸が不自然なほど多く見つかることに気づいた。
シアトルの川には、多くの雨水が排水路から流れ込んでいる。研究者たちは、路面から川に合流した雨水に含まれる化学物質が、大雨後のギンザケ大量死の原因ではないかと疑っていた。
路面を流れる排水に含まれる数千種類の化学物質の中から犯人を絞り込んでいった科学者チームは、2020年に、それが6PPDキノン(6PPDQ)という物質であることを突き止めた。彼らが2021年1月8日付けで学術誌「サイエンス」に発表した論文は大きな反響を呼んだ。(参考記事:「イルカに化学物質が蓄積、プラスチック添加剤」)
カナダのオンタリオ州ブランプトンで積み上げられている、リサイクル前のゴムタイヤ。(Photograph by Brent Lewin, Redux)
6PPDキノンの親物質である6PPDは自動車のタイヤの劣化防止剤で、世界中のほぼすべてのタイヤに含まれている。
州間技術規制協議会によると、タイヤメーカーは1970年代半ばから、タイヤの劣化やひび割れを防ぐために6PPDを添加してきた。メーカー各社は、6PPDはタイヤの寿命を延ばすために不可欠であり、車の所有者の負担を減らし、タイヤのバーストによる事故を減らせるとしている。米環境保護庁によれば、米国では毎年2万3000〜4万5000トンの6PPDが生産されている。
自動車が道路を走行するとき、タイヤと路面の摩擦によりタイヤの粉じんが発生する。カリフォルニア州環境保護局によると、現在、米国では毎年1人あたり2.5kg以上のタイヤの粉じんを排出している(編注:国連環境計画(2018)による日本のタイヤ摩耗粉じんの環境中流出量は年間2万8200トン)。
タイヤの粉じんが道路に排出されると、そこに含まれる6PPDが地面付近の汚染された空気に触れて6PPDキノンに変化し、雨や風に流されて環境中に撒き散らされる。科学者たちは、6PPDキノンはあらゆるところで見つかると言う。そして、北米の太平洋岸北西部における食物連鎖の要であり、この地域の先住民の文化的支柱でもあるギンザケにとって、6PPDキノンの影響は悲惨だ。
大雨が降って新たなタイヤの粉じんが河川に流入し、6PPDキノンの濃度が急激に高まると、ギンザケは苦しそうに口をあけ、錯乱したようにぐるぐると円を描いて泳ぎはじめ、数時間で死んでしまうのだ。
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