警察が「見舞金」支払い和解へ ファンに刺される前の相談対応めぐり
音楽活動をしていた女性がファンの男にナイフで刺され、事件前に相談した警察の対応に不備があったとして東京都(警視庁)などを訴えた訴訟は、警視庁側などとの和解が東京地裁で28日に成立する見通しとなった。複数の関係者への取材でわかった。
事件は2016年5月に東京都小金井市で発生。当時20歳だった原告の冨田真由さんは、出演予定だったライブ会場近くで、ファンの男にナイフで多数回刺され重傷を負った。
2019年に提訴「警察が対応怠った」
冨田さんと母親は19年、約7600万円の損害賠償を求め提訴。男のつきまといについて、事件が起きる前に武蔵野署に相談したのに同署が対応を怠ったなどと主張した。
これに対し、被告の警視庁側は、命の危険性を認識させる相談ではなく対応に問題はなかったとした。
関係者によると、和解案は、警視庁側が「武蔵野署が相談を受けていたところ、被害に遭ってしまったことを重く受け止める」などとして、冨田さん側に「見舞金」を支払うとしている。
裁判での本人尋問を控え、取材に応じた際の冨田真由さん=2024年10月下旬、東京都内、小松隆次郎撮影警視庁側は和解案で、相談を受けた後の対応に「違法性はない」としたが、冨田さん側の代理人弁護士は取材に「見舞金は相場を超える金額で、警察が当時の対応の不十分さを事実上認めたと受け止めている」と説明した。見舞金の額は明らかにしていない。
和解案は、双方ともおおむね合意しており、28日に和解するとみられる。東京地裁が和解を勧告し、今年に入って本格的に協議していた。
冨田さん側は訴訟で、事件が起きた約7カ月後に武蔵野署長から謝罪された点を踏まえ、「警察に対応ミスがあり署長がそれを認めた」とも指摘。昨年10月には、法廷で冨田さんが「(警察に相談したのに)何もしてくれていなかったことを事件後に知って裏切られた気持ちでした」と語った。
冨田さんを刺した男(殺人未遂罪などで懲役14年6カ月が確定)についても、冨田さんは損害賠償を求めており、28日に判決が言い渡される。
提訴前に取材に応じた際、現在よりも右手の甲の傷痕が目立っていた=2019年6月、小松隆次郎撮影冨田さんは朝日新聞の取材に応じ、約6年に及んだ今回の訴訟が和解になる見通しを受け、「警察には、同じ被害が起きない対策を考えてほしい」と語った。
事件が起きる前、男につきまとわれ命の危険がある旨を武蔵野署に繰り返し訴えていた。
それなのに、武蔵野署は事件のあと「相談内容から、冨田さんの生命や身体に危害を加える危険性があるとの認識はなかった」と説明。訴訟でも同じ主張を続けた。
23年12月に証人として法廷に立った警察官は「(冨田さんから)殺されるかもしれない、とは聞いていなかった」と証言した。
冨田さんは「私からすれば、うそだと思うやりとりばかりが続いた。そんな裁判なら負けてもいいから早く終わってほしい、と思うほど疲れてしまった」と明かした。
昨年10月の本人尋問では、「刺されてから(意識を回復し)目を開けたとき、警察官の方が助けてくれたからよかったと思いました。でも、(警察が)何もしてくれなかったことを知って裏切られた気持ちでした」と語った。
ストーカー被害を警察に相談しながら事件が起きたニュースを見ると、「自分のことを思い出し、相談する担当者が違っていたら助かっていたのかもしれないと悲しい気持ちになる」。
事件発生後、現場には大勢の報道陣が詰めかけた=2016年5月21日、東京都小金井市事件で負った後遺障害の治療は、いまも続く。事件前の生活には戻れないままだ。
それでも、訴訟を起こしたのは無駄ではないと信じている。和解で見舞金を警察が支払うのは、「警察が適切に対応しなかった」ことを認めたからだと受け止めている。
「警察は、私と同じような事件が起きない対策を考えてほしい。いろんな人が救われる未来になってほしい」
この記事を書いた人
- 小松隆次郎
- 東京社会部次長|司法分野(検察、裁判など)
- 専門・関心分野
- 司法、アイドル