「貴様らは最下等だ!!」鬼教官のしごき消えるか 米陸軍部隊新ルール、汚い言葉で除隊も
米中西部ミズーリ州に拠点を置く米陸軍の部隊が4月、珍しい通達を発出した。汚い言葉遣いを禁じ、何度も違反した兵士には除隊を命じるという。通達では入隊ホヤホヤの新兵を含む全ての関係者を「敬意と礼節をもって扱う」と強調している。軍隊に入ったばかりの新兵を鬼教官が罵倒してしごき上げる-。映画「フルメタル・ジャケット」で広がったイメージは現実の世界から消えるかもしれない。
4回目の違反で除隊
ミズーリ州のレオナルド・ウッド基地は、陸軍の新兵に対する基礎訓練を行う部隊を抱える。この基地で入隊手続きなど部隊管理を担当する第43総務大隊が4月17日に通達を発した。
「冒涜的な言葉、下品な言葉、無礼なジェスチャーや発言は固く禁じられる」
複数の専門メディアによると、基地内で冒涜的な言葉遣いに対する苦情が寄せられたことを受けて通達がまとめられた。言葉や身振りだけではなく、服や所持品に不適切な言葉が印字されたり刺繍されたりしていることもアウトになる。
違反者には「4ストライク制」が適用される。1回目は口頭注意、2回目は文書による注意が行われ、3回目は昇進や表彰が取り消される。4回目の違反者には陸軍からの除隊を命じられる仕組みだ。
米軍準機関紙スターズ・アンド・ストライプス(電子版)は5月20日、通達について「珍しい禁止措置」と報じた。軍事専門インターネットメディアのタスク&パーパスは「陸軍やその他の軍は長年の間、新兵訓練といえば乱暴な言葉遣いという固定観念を払拭しようと務めてきた」と解説する。
バンス副大統領も「餌食」に
ハリウッド映画に登場する陸軍や海兵隊の新兵訓練では、教官が排泄物や性にまつわる言葉を交えて新兵を罵倒する場面が定番となってきた。
ベトナム戦争が舞台のスタンリー・キューブリック監督の映画「フルメタル・ジャケット」(1987年)に描かれた場面は有名だ。「貴様らは地球上で最下等の生命体だ! 人間ですらない。両生類のクソをかき集めた値打ちしかない!」
顔を近づけて怒鳴りまくり、歯向かった新兵の下半身を蹴り上げる鬼教官のイメージは、軍隊を目指す若者が二の足を踏む理由となりかねない。
第43総務大隊のウェブサイトでは「映画に登場するようなハラスメントやしごきはありません」と負のイメージ払拭に躍起となっている。映画の世界と現実は異なるというわけだ。
ただ、映画ほどではないにしても、新兵に対するしごきは架空の世界の話とも言い切れない。
その「証言者」の一人がバンス米副大統領だ。ベストセラーとなった自叙伝『ヒルビリー・エレジー』で、高校卒業後に海兵隊に入隊した直後の体験を明かしている。ケーキを食べようとしたところ、教官から「そのケーキ、くいたくてたまらないんだろう、このデブ野郎」と言われ、手に持ったケーキを払い落されたという。
コメント欄には批判も
バンス氏をしごいた教官は、第43総務大隊の新ルールに照らし合わせれば処罰対象となり得るが、バンス氏自身には異なる印象を与えたようだ。「ラストベルト(さびた工業地帯)」の貧困家庭で育った自身の境遇を好転させたのが海兵隊だったと位置づけ、こう振り返っている。
「海兵隊が境地を開いてくれた。故郷で学んだのが無力感だとすると、海兵隊が教えてくれたのは強い意志を持って行動することだ」
バンス氏に限らず、軍隊におけるしごきを肯定的に捉える向きは少なくない。第43総務大隊の通達を報じた専門ニュースサイトのコメント欄では、汚い罵り言葉で新ルールを批判する書き込みが目立つ。戦場では極度のストレスがかかる中でも兵士は能力を発揮しなければならない。新兵訓練でのしごきに耐えられなくて使い物になるのかという疑問も付きまとう。
トランプ大統領は、バイデン前政権で進められた軍における「多様性・公平性・包括性(DEI)」推進の取り組みを廃止する大統領令に署名した。DEIと第43総務大隊の通達は直接関係ないかもしれないが、新ルールが何につけても「政治的正しさ」を重視するリベラル派の影響と受け止められれば、政権が介入する可能性も否定できない。(杉本康士)