自分の赤ちゃんを殺害して懲役6年…31歳の母親が「おむつを使い切ったらお終い」と思い至った悲しい理由 保険証もお金もなく、出産5日目で電気が止まった
3人の赤ちゃんの遺体を自宅アパートに遺棄し、うち1人を殺害したとして、36歳の母親が懲役6年の判決を言い渡された。高松地裁での裁判員裁判で問われたのは、なぜわが子に愛情を持ちながら殺害や死体遺棄に至ったのか、だった。ノンフィクションライターの三宅玲子さんが取材した――。(後編/全2回)
写真=iStock.com/Polina Strelkova
※写真はイメージです
「どうして生命維持の動きをしなかったの? 殺すより、その辺のコンビニに置いてくる方がましだったんじゃない? 違いますか?」 「本能的な愛着はあったんでしょう。死体に添い寝までして、それから遺棄しているんだから。そういうことをするくらいだから、わが子だったらなんとかして生かしてあげたいと思ったでしょう?」
裁判長が矢継ぎ早に問いかけた。女性は尋問席で身を固くしている。
高松地裁1号法廷、裁判長が見下ろす先に座る女性(36歳)の罪状は、殺人罪と死体遺棄罪。2024年2月、3人の赤ちゃんの死体を隠し持っていたことと、うち1人の赤ちゃんの殺害により逮捕された。2月17日から始まった裁判員裁判の2日め午後、深野栄一裁判長が待ち構えたように口を開いた。
「どうして」を連発して裁判長は被告女性を追い込む。頭髪を掻きむしるような仕草からは、裁判長自身が「心底わからない」という思いをぶつけていることが見てとれた。
筆者はこれまで7件の孤立出産殺害遺棄事件の裁判を傍聴したが、裁判長がこのように感情を剥き出しに女性に問いかける場面を初めて見た。だが、裁判長の型破りな問いかけには理由がある。なぜなら、雛壇に並ぶ8人の裁判員にとっても、また、45席の傍聴席を埋めた傍聴人にとっても、被告女性の犯行動機はあまりに解せないものだった。
住民票も保険証もなく、極度の困窮状態
〈ほえーっと泣いて、うんちが出るとすんっとした表情。にっと笑った顔がかわいかった。表情豊かな子でした〉
前日、検察官が読み上げた供述調書の、赤ちゃんが生きていた頃の様子を語るくだりだ。
独特の言葉を選んだ表現、そして、3年経っても赤ちゃんの姿を生き生きと浮かび上がらせた記憶の確かさは、彼女が関心を持って赤ちゃんを見つめていたことを伝えている。それは「愛情」だったと思わずにはいられない。
供述調書によると、客との性行為による妊娠がわかったとき、女性は極度の困窮状態にあった。住民票を持たず保険証がなく、中絶費用を捻出できなかった。病院に行かず1人で産んだら、身体が落ち着いてから熊本にある赤ちゃんポストに連れて行こうと思った。だが、コロナ禍の不運が重なり、出産直前には5日連続で客がつかず、往復の旅費4万円の目処が立ったのは、出産前日だった。
ところが予定外の事態が起きる。アパートで出産してから5日め、電気が止まる。電気代を滞納していたのだ。
Page 2
妊娠を打ち明けられたとき、1人は聞き流し、もう1人は「俺の子じゃないし」と無視した。後者は赤ちゃんの遺体が押し入れにあることを知りながら、彼女の部屋に棲みつき、風俗店での売上を報告させて管理し、スマホをチェックして行動を見張り、自由を奪い、たかり続けた。そればかりか、女性ともめると「押し入れのこと(遺体を隠していること)を言っていいんやな」と脅した。
生きて生まれた赤ちゃんを殺さなくてはならなかった理由には、その2年前に死産した赤ちゃんの遺体がバレるのを恐れたこともあった。加えて女性には、隣県の地元で出産した2児がいた。生き別れているが、自身のしたことの影響が、子どもたちの身の上に降りかかることを避けたい気持ちがあったという。
編集部作成
孤立出産殺害遺棄事件は年間20件〜30件ほど発生しているが、そのほとんどが出産直後に女性が自ら殺害している。「パニックだった」と説明するケースが多い。しかし、女性はそうではなかった。弁護側は、殺人と死体遺棄の両方について争わず、情状酌量による減刑を求めた。
なぜ「衝動的ではない殺人」に至ったのか
裁判所は弁護側が慈恵病院(熊本市)の蓮田健理事長と、精神科医・興野康也氏(熊本県人吉市 人吉こころのホスピタル)を証人として招聘することを認めた。
慈恵病院は赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかご」を運営している。女性が赤ちゃんを連れていこうとしていた場所だ。興野氏は蓮田氏と連携して孤立出産殺害遺棄事件の裁判支援をしている。
前編で紹介した通り、神経発達症を専門とする興野氏は過去7件の孤立出産殺害遺棄事件で被告女性の精神鑑定を行い、その結果、全員が境界知能(平均知能指数を100とした場合、51~70未満が軽度知的障害、70~84が境界知能)で、うち4人はADHD(注意欠如・多動症)であることがわかった。
パニックになって咄嗟に殺害した彼女たちの衝動的行動はADHDの特性によるものだったと興野氏は分析した。だが、本件では被告女性は10日間、赤ちゃんと生活しており、殺害に衝動性は見られない。
興野氏は勾留中の女性を拘置所に訪ね、精神鑑定を行い、両親と本人の供述調書から、ADHDの特性がうかがわれるエピソードを抜き出し、分析。その結果、女性のIQは87で、境界知能をわずかに外れ、正常域の下限だった。他方、精神発達症についてはADHDと診断された。衝動的な殺人とは異なるこの事件で「ADHDと犯行」の因果関係にどのように迫ることができるか。
Page 3
女性は携帯電話を解約させられていた。電気が止まれば外部とつながる唯一の手段であるWi-Fiが作動しなくなる。また、赤ちゃんの沐浴もできない。女性は旅費を取り崩して電気代を支払った。
この日を境に女性は熊本へ連れていくことを諦める方向へと心が傾いていく。そして、手元にあった64枚の紙おむつを使い切ったそのときが、赤ちゃんとの生活のお終いの日だと思い定める。女性は1日でも長く一緒にいられるよう、紙おむつが汚れないように工夫した。ついに10日め、紙おむつを使い切った。
その日、女性は溢れる母乳でびしょびしょに濡れたガーゼタオルを赤ちゃんの顔に被せると、急いでアパートを出た。赤ちゃんが苦しむ姿を見たくなかったという。
女性はこの方法で殺害した理由を尋ねた検察官に、「落としたり刺したりして赤ちゃんの体を傷つけたくなかった、せめて、母親の匂いに包まれて旅立ってほしいと思った」と答えた。
近所を歩き回りながら、この子をはじめこれまでに産んだ4人の子どもたちのかわいらしい仕草が思い出されていたという。30分ほどで家に戻り、息をしていないことを確認すると、彼女は遺体を沐浴させ、新しいおむつとベビー服を着せ、被告のベッドに横たえ、遺体に添い寝をして10日間を過ごした。
そして腐敗がはっきりわかったとき、2枚重ねにした半透明のビニール袋に遺体を入れ、もう1人の赤ちゃんの遺体の置いてある押し入れに重ねて入れた。
ホスト「男に依存しなければ頑張れない子」
愛情はあったが、一緒に生きられないと思って殺した。そこまでなら、子を殺すほどには追い込まれた経験のない私たちでも、想像できる範囲の行為かもしれない。だが、遺体に添い寝をした10日間という時間は、歪んだ愛が引き起こした狂気とさえ思わせる。
なぜ、愛情をほとばしらせた対象を、女性は殺さなくてはならなかったのか。しかも、ほかにも二度の孤立出産と死体遺棄を繰り返している。
検察はホストへの依存関係を明らかにした。調書に登場する2人のホストは「色恋営業だった」、つまり、金を吸い上げるために恋人を装っていたと述べている。
うち1人は、隣県から1人で高松に出てきてヘルス店(性行為を伴わないサービス)に勤めていた女性をソープランド(性行為を伴うサービス)に転職させ、スカウトバックを得ていた。もう1人は、暴力により女性を支配し、勤務するホストクラブで金を使わせた。より多くの金を巻き上げるために女性の携帯電話を解約させたのはこのホストである。
「彼女はメンヘラ。ホスト狂いは風俗嬢に特有。風俗で疲れ切ったメンタルをホストクラブにきてよしよししてもらってメンタルを回復する。男に依存しなければ頑張れない子」
自分が食い物にした対象について、ホストはこう供述した。
Page 4
検察官が読み上げた女性の両親の供述内容をかいつまむと、こうなる。
兄と妹、祖父母、曽祖母との大家族で父は農業、母はパート従事。小さいときは活発で駆け回って遊ぶ子どもだった。テストは8割ぐらいとれていた。だが、ものを片づけられず、両親は厳しく叱責している。
寮生活となった高校で異性問題を起こす。携帯電話代が2万~3万円となる。親に迎えにくるよう頼んでも時間を守ることができなかった。介護分野の専門学校の卒業前には約80万円の学費を使い込んだ。介護の仕事につくと家に帰ってこなくなる。この頃、性風俗のダブルワークを始める。のちに、予期せぬ妊娠をしていることを周辺から知った父親が説得し、出産のために実家に連れ戻す。
第1子を出産後、3カ月で介護職に復帰。子育てを両親に任せっぱなしになり、叱責されて家出。第2子の妊娠を機に結婚して夫とこどもとともに実家で暮らしたが、夫と1年で別れ、前後して100万円の借金が発覚。第2子は元夫が引き取り、第1子に対して育児放棄。溜まりかねた父が子育てをしないなら家を出ていけと言うと、本当に出て行った。
高松にある風俗街・八重垣新地のヘルス店の寮に住み込み、ヘルスの仕事を始めたのはこの後である。
筆者撮影
女性が働いていた高松市内の風俗街・八重垣新地
親にとっては「だらしのない娘」だが…
親の証言から浮かび上がる娘の姿は、お金の管理ができず、生活を整えられない、そして異性問題を頻繁に起こし、わが子を育てる意思のない、だらしのない無責任な人物像だ。
ところが、興野氏は「片付けが苦手」「金銭管理が苦手」「衝動的に買い物をする」「性的衝動が強い」「叱られると黙り込む」「(買い物、特定の人間関係、セックスなどの)依存」「(妊娠時に)相談ができない」といった行動にこそ、ADHDの特性が現れていると説明した。
【興野】性格と神経発達症の違いは極めてわかりにくいものです。そもそも、ADHDだからといって悪いことばかりがあるわけではありません。興味のあるものにはものすごい集中力を発揮して困難を突破して新しいものを世の中に打ち出していく能力があるのも、こういう人たちです。
【検察官】では、ADHDと性格を分けるものは何ですか。
【興野】本人に生きづらさがあるかどうかです。ADHDの所見が見られてもその方が日常生活に困らないのであれば、私たち精神科医が口出しをすることではありません。でも、この方は、小さい頃から日常生活で困っていました。
Page 5
興野氏の分析を基に、改めて彼女が殺害を決意した背景とADHDに基づく要因を整理すると、次の3つに集約される。
まず、電気が止められて赤ちゃんポストまで連れていく旅費を取り崩さなくてはならなくなるという緊急事態で、赤ちゃんを生かすためにはどうしたらいいかを「丁寧に思考する能力」の不足があった。2点めは、孤立出産直後の心身の疲弊した状態が影響した。3点めは、ホストとの「依存関係」や「金銭管理ができない」ことにより経済困窮に陥り、生きる気力を失っていたことだ。
遺棄を繰り返した点については、失敗経験を学習するのが苦手な特性によるものであると、興野氏は分析した。
「懲役6年」の判決は軽すぎる?
公判最終日の2月21日、検察の懲役7年の求刑に対し、懲役6年の実刑判決が言い渡された。判決ではADHDの影響について「生活に困窮するに至った点や、他に救済を求める手段を検討しなかった点にADHDの影響があった可能性は否定できないが、10日前後養育した後に殺害を決意しており、衝動性はうかがわれない。与えた影響は大きいとはいえない」と結論付けた。
筆者撮影
高松地裁
殺人の最低刑は5年と刑法で定められており、この事件ではさらに3人についての死体遺棄罪が加わったとみられる。判決を伝えるネットニュースのコメント欄には「刑が軽すぎる」という意見がたくさん書き込まれた。
懲役3年程度が妥当と主張していた主任弁護人の田中拓氏は、懲役6年という結果に失望しつつも、判決文を評価した。
「今回、社会福祉士に6回の面会を経て更生支援計画を立ててもらい、内容を社会福祉士が証人として証言しました。大きくは、福祉の専門家による継続的な支援を受けながら、定期的な精神科の受診と服薬、金銭管理、就労など、今後の人生を立て直す道筋です。判決文にはその方針と本人の生き直したいという意思を一定程度酌んだ内容が記されていました。
僕らが裁判で望んだのは、被告人となった女性に、なぜ、いま、自身がこういう場所に行き着いたのかを考える場にしてほしいということでした。精神鑑定の結果の説明を受けて、彼女は、大変腑に落ちた様子でもありました。ぜひ、新しい人生のきっかけにしてほしいと願います」
Page 6
興野氏は、ADHDが引き起こした本人の苦しさは家族との関係によって生じていたと指摘した。日常生活で意図せず問題を起こしてしまうことについて、わざとではないのに、親は原因がADHDにあると認識していないため、厳しく叱責する。
なお、本人が供述した「小学2年から中3までいじめを受けたこと」や「祖母や母に、いらない子、産まなければよかった子と言われた」辛い記憶は、両親の供述には記されていない。
こうして叱られる経験が積み重なった結果、本人が自分を肯定できなくなってしまう思考を植えつけられてしまった。むしろ、問題はここなのだと、検察官の質問に興野氏は答えた。
ADHDと孤立出産に関する検察官と興野氏の質疑のうち、特に重要だと思われた部分を抜粋して紹介する。
【検察官】孤立出産する人は愚痴を言ったりできない人?
【興野】成長過程で何らかの傷つきを得ている人ということができる。
【検察官】被告は生命の重さの価値観が歪んでいたのか?
【興野】本人なりに大事にする気持ちはあったと思う。ただ、優先順位が間違っていた。ADHDだから命を軽く感じるということではない。優先順位の付け方を、極めて困難な状況下で間違えてしまったということ。被告は自己肯定感が低い人。殺害を決意する前の段階にはADHDが関係しているが、決意したのは衝動によるものではなかった。丁寧に考えれば解決できるのに、そうできず、緻密に物事を進められなかった。これもADHDの特性だ。
【検察官】ADHDは犯行に間接的に関与があった?
【興野】殺害行為に至る直前まで深く関与したと考えるのが適切だ。
被告の行動を読み解く上で必要な視点
裁判で精神疾患と犯行の因果関係が認められるのは、統合失調症やうつ病などに限られてきた。ADHDをはじめとする神経発達症については、犯罪行為への影響は認められていない。それでも証人として出廷した意味を裁判長から問われた興野氏は
「ADHDでも前向きに能力を発揮する人とマイナス方向に人生が展開していく人がいる。その分岐点は自己肯定感と、モデルとなる大人がいるかどうかだ」
と答え、出廷した目的をこう述べた。
「ADHDの観点から被告を分析したほうが、より真理に近づくことができます。被告がなぜあのような行動をとったのか、分析するうえで必要な視点だと考えます」
公判3日めに証人として法廷に立った蓮田健氏は、弁護人尋問と検察尋問で、赤ちゃんポストに預け入れた女性の一部との接触や、孤立出産を避けるために始めた内密出産の事例に基づいて、孤立出産を選択する女性たちの特性について説明しようとした。しかし、裁判長の「核心司法」の方針のもと、多くを語ることを認められなかった。
予期せず望まない妊娠をした女性が、出産という恐怖のその日まで自らの身体を放置する。この異常性に潜むメカニズムを、孤立出産した女性の分析知見を最も多く持つ産婦人科医が説明しようとしての出廷だった。ところが、それは「一般論」として退けられた。
だが、法廷は、私たちは、「一般論」と呼ぶほどに「孤立出産とは何か」を知っているだろうか。
Page 7
産む性である女性が境界知能や神経発達症の特性を周囲に理解されないまま育つ。すると、生い立ちの過程で否定される経験を繰り返し、「依存」「衝動性」「丁寧な思考ができない」といった特性がマイナスの場面で強く出て、予期せぬ妊娠やその後の孤立出産と殺害遺棄に結びついてしまう。
だが、孤立出産殺害遺棄事件の裁判では、「なぜ孤立出産したのか」「なぜ相談しなかったのか」「なぜ母親なのに殺したのか」、飽くことなくゼロからの尋問が繰り返される。今回も病理性のメカニズムが理解された法廷だっただろうか。
裁判を振り返って、蓮田氏はこう語った。
「私たち医療従事者は目の前に起きた事象をエビデンスに基づいて分析します。産婦人科医として孤立出産の症例を数多く見た医師の立場からすると、女性が孤立出産し、殺害遺棄するという事態には、医学的根拠がある。
赤ちゃんポストに訪れた女性たちや内密出産の女性たちは、孤立出産殺害遺棄の人たちと紙一重の状況下で生きている人たちです。彼女たちを分析した結果、私たちが行き着いた結論は境界知能や神経発達症といった脳の問題、そして家族関係です。
3年間、裁判に関わってきましたが、裁判官はこの異常事態をありのままに見ようとしていません。『母親なら赤ちゃんを育てるはず』『母親なのになぜ殺したのか』という問いは、母親はそんなことをするはずがない、という思い込みによる、合理性に欠けた質問です。
彼女たちがたった1人で危険な出産をして殺害し、さらに遺体と寝起きするような非常識な状況には、医学的に明らかにできる事実があると私は確信していますし、それを今後も引き続き証明していくつもりです」