遺体確認につながるか?ダ・ヴィンチの6人の子孫に共通のY染色体を発見

この画像を大きなサイズで見る

 ルネサンス期の芸術家であり科学者でもあり発明家でもある「万能の天才」レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 そのDNAを解読しようとする国際共同研究「レオナルドDNAプロジェクト」が、研究成果をまとめた書籍を出版した。

 研究者らは、レオナルド・ダ・ヴィンチの父系から辿った「子孫」6人のY染色体が、一致していることを確認したのである。

 これは彼の遺伝的血統を科学的に裏づける初の証拠であり、巨匠本人のDNA特定に向けた基盤となるだろう。

  2025年5月に発行された『Genìa Da Vinci. Genealogy and Genetics for Leonardo’s DNA』(レオナルドのDNAの系図と遺伝学、アレッサンドロ・ヴェッツォージ、アニェーゼ・サバート共著)には、レオナルド・ダ・ヴィンチの家系図に始まり、DNA検査の結果までが掲載されている。

この画像を大きなサイズで見る“Genìa Da Vinci,” by Alessandro Vezzosi and Agnese Sabato. Credit: Angelo Pontecorboli Editors

 研究チームは、ダ・ヴィンチ家の創始者とされるミケーレ・ダ・ヴィンチが、初めて公的な記録に登場する1331年までさかのぼり、21世代にわたる膨大な家系図を再構築した。

 さらに、400人以上の一族を網羅し、父セル・ピエロ・フルオーロ・ディ・アントーニオ・ダ・ヴィンチと、レオナルドの異母兄弟の系統をたどって、父系直系の男性15人を特定。

 そのうち6人のDNA検査を行った結果、Y染色体の断片がこれらの男性で共通していることが確認された。

 これはつまり、ダ・ヴィンチ家の遺伝的な父系の連続性が、少なくとも15世代にわたり保たれていることを示している。

 レオナルド自身は直系の子孫を残さなかったが、父系の遺伝的連続性は、レオナルドの身体的特徴や健康状態、そして才能の遺伝的背景を探る上でも欠かせない基盤になるだろう。

この画像を大きなサイズで見る

 子孫のDNA調査と並行して、ダ・ヴィンチ家の墓が存在するサンタ・クローチェ教会でも発掘調査が進行中だ。

 この墓地には、レオナルドの祖父であるアントニオ、叔父(父セル・ピエロの弟)のフランチェスコ、そして異母兄弟のアントニオ、パンドルフォ、ジョヴァンニが埋葬されている可能性がある。

 その結果、複数の骨片が発見され、そのうちひとつは男性のものと見られ、放射性炭素年代測定によって、レオナルドの推定親族と年代が一致することが判明。

 研究者らは、骨片のDNAを現存する子孫のDNAと比較することで、家系図の正確性を検証しようとしている。

 これらのDNA調査は、法医学人類学者エレナ・ピッリ博士と、フィレンツェ大学生物学部長で、プロジェクトの人類学・分子部門を統括するデヴィッド・カラメリ博士によって主導されている。

抽出されたDNAが十分に保存されているかどうかを判断するためには、さらに詳細な分析が必要です。

その結果に基づいて、現在の子孫と比較するための、Y染色体断片の分析を進めることができるでしょう

 現地での骨片の解析は、考古学と分子生物学の融合的手法で進められているそうだ。

 DNA検査の結果は、最終的にフランス・アンボワーズ城にある「レオナルドの墓」に埋葬されている遺骸が、レオナルド本人のものであるかを判断するための重要な要素になる。

 さらに調査チームは、当時の土地登記簿を分析した結果、ヴィンチの村と城にあったダ・ヴィンチ家の家屋7軒の特定にも成功。

 その中には、レオナルド自身が叔父フランチェスコから相続して所有し、異母兄弟らと長きにわたり争ってきた2軒の土地も含まれているという。

この画像を大きなサイズで見るレオナルドが育った家とされる「カーサ・レオナルド」 User:Lucarelli, Public domain, via Wikimedia Commons

 また、このプロジェクトでは墓や子孫だけでなく、レオナルドの作品そのものにも注目しているという。

 プロジェクトの公式説明によれば、彼が手がけた素描や絵画、ノート類の表面には、触れた際に残された皮膚の細胞や毛髪、唾液由来の微量物質が付着している可能性がある。

 現在はそれらの作品から採取された微生物叢やDNA断片を調べ、墓や子孫から得られたデータと照合する試みが進められている。

 これが実現すれば、芸術作品自体が「DNAの保管庫」として機能しうることになり、歴史的人物研究に新たな方法論をもたらすかもしれないのだ。

 すでにいくつかの作品からは、微生物ヒトDNAの痕跡が検出されており、比較分析の準備も進められているそうだ。

 また、今回の書籍の中では、レオナルドの母カタリーナに関する新しい史料も紹介されている。

 これまでカタリーナは農民の娘とされていたが、最新の研究では東欧か中東の出身で、奴隷としてフィレンツェに連れて来られたかもしれないことがわかった。

 彼女は銀行家ヴァンニ・ディ・ニッコロ・ディ・セル・ヴァンニの奴隷であり、その遺言執行者であったセル・ピエロと15歳の時に関係を持ち、私生児としてレオナルドを産んだ可能性が出てきたのだ。

 こうした再評価は、彼の生い立ちや幼少期の環境に新しい光を当てるものであり、人格形成や創造性の根源を理解する上で重要と位置づけられている。

 さらに調査の過程で、地元の古い建物の暖炉から、幻想的な神話的生物を描いた大きな木炭画が見つかった。

 この絵の画風や細部は、レオナルドの初期作品である可能性を示唆しており、「ユニコーンドラゴン」と名付けられて、自然や飛行への探求心と芸術的才能を結びつける証拠のひとつとして注目されている。

この画像を大きなサイズで見る

 今回の研究では、レオナルド自身、食事や血、親の行動が子孫に影響を与えると考えていたことも紹介されている。

 もしかするとこの天才は、「エピジェネティクス(DNA配列の変化ではなく、生活習慣や環境が遺伝子発現に影響する仕組み)」を直感していた可能性があるのだ。

 書籍の共著者で、レオナルド・ダ・ヴィンチ遺産協会会長のアニェーゼ・サバート氏は、次のように述べている。

レオナルドは人間の生命の起源を単に生物学的に捉えたのではなく、自然・感情・運命が交わる複雑な営みと考えていました。これは現在の遺伝学とエピジェネティクスの議論に先駆けるものです

 下は現代に生きる、レオナルド・ダ・ヴィンチの子孫たち。左から1976年生まれのミルコ・ヴィンチさん。

 中央が1958年生まれのジョバンニ・ヴィンチさん。右端が1946年生まれのマウロ・ヴィンチさん。

 現在、ダ・ヴィンチ家の子孫たちは、「ダ」のつかない「ヴィンチ」という姓を名乗っているそうだ。

この画像を大きなサイズで見る

 この「レオナルドDNAプロジェクト」は、2016年にロックフェラー大学の調整で始まり、J. Craig Venter Institute(JCVI)、フィレンツェ大学などが参加する国際共同研究である。

 JCVIによると、最終的にはアンボワーズ城にある遺骸と子孫のDNAの比較により、遺骸が本人のものであるかどうかの同定を目指す計画だ。

 また、ヴィンチ地方自治体の支援も受けており、地域社会と国際学術界が協力して、レオナルドの生涯と遺産を明らかにしようとしているとのこと。

 さらに作品からの生体痕跡調査も含め、適切な試料が得られれば、レオナルドの全ゲノム解析にも進む可能性がある。

 彼の祖先や子孫について、あるいは肌や髪、目の色、視力や利き手(左利きだったと言われている)などの身体的特徴から特定の健康リスク、死因など、DNAからわかることはいろいろあるはずだ。

 DNAからレオナルドの天才性まで解析するのは難しいだろう。だが、彼の人生や作品に、貴重な生物学的知見を加えることができるかもしれないのだ。

Surprising secrets and living descendants revealed in Leonardo da Vinci DNA breakthrough

References: Leonardo da Vinci's DNA: Researchers confirm Y chromosome shared by six living family descendants

本記事は、海外の記事を参考に、日本の読者向けに重要な情報を翻訳・再構成しています。

この記事が気に入ったらいいね!しよう

Facebookが開きます。

📌 広告の下にスタッフ厳選「あわせて読みたい」を掲載中

関連記事: