壁から正体不明のノックの音――廃虚と化した精神病院が米国で人気の心霊スポットに、その歴史をたどる
ペンシルベニア州にある有名な心霊スポット「ペンハースト・アサイラム(精神病院)」/AmityPhotos/Alamy Stock Photo
(CNN) 米国内の各地で最近、かつて精神病院だった建物が心霊スポットとして改めて整備され、観光客らの人気を集めている。19世紀の建設当初は理想的な治療環境と注目された、立派な建物が多い。
メリーランド州に住むIT技術者のスティーブ・ロバーツさんは今年5月、隣のペンシルベニア州にある有名な心霊スポット「ペンハースト・アサイラム(精神病院)」で開催されたオカルト愛好家らのイベントに、娘を連れて参加した。ここは1986年に閉鎖された病院で、ずっと幽霊が出るとうわさされてきた。
ロバーツさんは幽霊の存在を確信しているわけではないが、ここで幽霊以外に説明のつかない体験をしたと話す。
建物の中の壁はしみだらけで漆喰(しっくい)がはがれ、天井には穴が開いていた。部屋の中にはぼろぼろになったベッドフレームや手術台。ロバーツさんたちは、椅子がひとつだけ置かれた地下の部屋で、一緒に参加していた2人組の女性に遭遇した。女性たちは録音装置を使って、見えない相手と話をしていた。
「その女性は『あなたはだれ?』『名前は?』と質問していた」と、ロバーツさんは振り返る。女性はさらに「この部屋にいるだれかの名前を言ってみて」と語りかけていた。ロバーツさんは次に進もうと、娘と出入り口へ戻り始めたところだった。
その時、女性が室内の暗がりに向かってこう問い直すのが聞こえた。「スティーブ?」
その相手とやらが答える前に、ロバーツさん父娘は恐怖のあまり建物から飛び出した。
ペンハーストは1908年、「東ペンシルベニア州知的障害者およびてんかん患者収容施設」として開設された。やがて心身障害者への非人道的な扱いが知られるようになり、68年にはネグレクトの実態を暴くテレビ番組が放送された。
病院はペンシルベニア州の最大都市フィラデルフィアの中心街から約50キロのスプリングシティにあり、最後の患者がいなくなって数十年が過ぎた今はホラーの観光スポットになっている。「心霊探査」のアトラクションは午前2時まで続く。
これは、世界各地の旅行者が悲劇の跡を訪れる「ダークツーリズム」の一例だ。精神科などの病院が心霊スポットとして人気を集めるようになった例は、ほかにも多数ある。
ウィスコンシン州シボイガンフォールズの旧シボイガン郡精神病院は、「シボイガン・ホーンテッド・アサイラム」という施設になった。季節限定の幽霊屋敷に、衣装を着けた俳優たちが登場する。いかにも幽霊が出そうな建物内部のツアーを案内するのは、地元のオカルト愛好家団体だ。
ミシガン州ウェストランドのエロイーズ精神病院は81年に閉鎖され、精神病棟をテーマにした幽霊屋敷と脱出ゲームの施設「エロイーズ・アサイラム」に生まれ変わった。電線が露出し、奇怪な落書きが描かれた部屋の中では、心霊探査の機材を使って幽霊探しに挑戦できる。
ウェストバージニア州ウェストンの旧精神病院「トランス・アレゲニー・ルナティック・アサイラム」で心霊ツアーのガイドを務めるアリッサ・ヒルさんは、ほかのガイドたちと同様、説明のつかない恐怖を何度も体験してきた。
風のない夜にドアがバタンと閉まったり、壁から正体不明のノックの音が聞こえたりした。少し前には、幽霊探知機のレーザーを照射した壁に、人間の形をした影が行き来するのを目撃した。建物の中に自分やゲスト以外の何かがいると確信したことは、何度もあるという。
アサイラム観光の意外な歴史
旧精神病院のスリルを求める観光客にとっては意外な事実かもしれないが、こうした病院を訪れるツアーが恐怖でなく、希望につながる体験だった時代もある。
19世紀末に出版されたニューヨークのガイドブックには、博物館やホテルとともに、1821年開設の「ブルーミングデール精神病院」が載っていた。
ガイドブックによると、病院は「非常に美しく、見晴らしのいい場所」にあり、市内随一の眺望を誇るという本館には自由に立ち寄ることができた。入院患者への治療は「どこよりも先進的、人道的で合理的」と紹介されていた。
80年に発行された英国人向けの北米ガイドブックもニューヨークの精神病院を取り上げ、観光客にとっても慈善家にとっても訪れる価値があると勧めていた。
こうした位置づけは歴史的事実を反映している。19世紀の米国では、精神病に対する考え方の変化にともない、精神病院の建設ラッシュが起きていた。
「1800年代までに、精神病は疾患として認識されるようになった。そして、あらゆる疾患は治療可能だと信じられていた」と語るのは、アクロン大学カミングス心理学史センター・国立心理学博物館のジェニファー・バザー副館長だ。
この時期に建てられた精神病院の多くは、医師のトーマス・ストーリー・カークブライド氏が提唱する「カークブライドプラン」という建築思想に基づいていた。従来の施設とは異なり、新鮮な空気と栄養のある食事、健康的な環境が治療の助けになるという「道徳療法」の理念が掲げられた。
病院建築には著名な専門家らがかかわった。ニューヨークのバファロー州立精神病院を設計したのは、セントラルパークを手掛けた造園家のフレデリック・ロー・オルムステッド氏だ。この病院は現在、豪華な「リチャードソン・ホテル」となり、そこにも幽霊が出るといわれている。
新しい精神病院は人々の関心を集めた。「公費で建設されていく立派な建物や手入れの行き届いた庭園は好奇心の的になった」と、バザー氏は語る。「同時に、市民の間で精神病の治療はどうあるべきか、治療はどんなものかということが話題になり始めていた」
バザー氏によれば、そこには「真の希望」があった。精神医療への見方が変化するなかで、訪問ツアーは病院の取り組みへの理解を深めるチャンスととらえられた。