毒には毒を。ヒ素と硫化物を体内に取り込み、毒性を抑えた鉱物に変える深海のワーム
極めて過酷な環境を持つ深海の熱水噴出孔付近には、猛毒の物質を黄金色の鉱物に変えて生き延びる、不思議な多毛類、チューブワームが存在する。
周囲に満ちる高濃度の有毒なヒ素と硫化物を、自らの体内に取り込み、反応させることで、毒性の低い「雄黄(ゆうおう)」という鉱物に変えてしまうのだ。
毒と毒を結びつけて、自分にとって安全なレベルにまで毒性を抑えるこのやり方は、まさに「毒には毒を」という一風変わった生存戦略である。
この研究は『PLOS Biology』誌(2025年8月26日付)に掲載された。
この奇妙なチューブワーム(環形動物門多毛類)は、「パラルビネラ・ヘスレリ(Paralvinella hessleri)」と呼ばれ、西太平洋の深海にある熱水噴出孔に生息しており、なかでも特に高温で有毒な領域に適応している数少ない生物のひとつとされている。
熱水噴出孔は、地球の内部から熱くてミネラル豊富な水が噴き出している場所で、そこにはヒ素(As)や硫化水素(H₂S)などの有毒物質が高濃度で含まれている。
パラルビネラ・ヘスレリは、こうした極限的な環境に適応しており、ときには体重の1%以上がヒ素で占められることさえあるという。
ではなぜこのワームは死なずに済んでいるのか?
その謎を明らかにするため、中国科学院海洋研究所のチャオルン・リー(Chaolun Li)氏らが調査に乗り出した。
この画像を大きなサイズで見る沖縄の伊平屋北海丘にある熱水噴出孔にコロニーを形成しているラルビネラ・ヘスレリ。噴出口の周辺には、環境条件の違いに応じてさまざまな生物がすみ分けている。熱水の噴き出し口に近い場所は、パラルビネラ・ヘスレリのコロニーが作る白い粘液状のマットで覆われている。その周囲には、テナガエビの仲間であるシンカイア・クロスニエリ(Shinkaia crosnieri)が生息し、さらに離れた場所にはバチモディオリナエ(Bathymodiolinae)というグループのムール貝が見られる。/ Image credit: Wang H, et al., 2025, PLOS Biology, CC-BY 4.0研究チームは、パラルビネラ・ヘスレリがどのようにしてヒ素と硫化物という猛毒に耐えているのかを解明するため、顕微鏡観察やDNA解析、タンパク質分析、化学分析など、複数の手法を組み合わせて詳しく調査を行った。
その結果、これまで知られていなかった解毒の仕組みが明らかになった。
パラルビネラ・ヘスレリは、皮膚の細胞内にヒ素の粒子を蓄積し、そこに環境中から取り込んだ硫化物を反応させることで、「雄黄(As₂S₃)」という鉱物を体内で形成していたのだ。
雄黄は、ヒ素と硫黄からなる黄色く光る天然鉱物で、古代から知られる毒性物質のひとつである。かつては黄色の顔料や漢方薬にも使われたが、ヒ素を含むため人間にとっては有害であり、取り扱いには注意が必要とされている。
この雄黄が皮膚の細胞内に大量に蓄積されることにより、パラルビネラ・ヘスレリ全体の体色が鮮やかな黄色に見える。
人間にとって雄黄は依然として有毒だが、パラルビネラ・ヘスレリにとっては安全なレベルの毒となり、そのまま細胞内に蓄積することで、毒を管理しながら生活していると考えられる。
この画像を大きなサイズで見るパラルビネラ・ヘスレリの呼吸器官の軸部分を縦に切った組織切片。黄色い粒子が並んでいる。/ Image credit: Wang H, et al., 2025, PLOS Biology, CC-BY 4.0研究に参加したハオ・ワン(Hao Wang)博士は、初めての深海探査でこのワームを見たときの驚きをこう語っている。
遠隔操作探査機(ROV)のモニターに映し出されたのは、黒く沈んだ海底と白いバイオフィルムの中に、鮮やかな黄色に輝く無数のワームたちでした。
生命が生きていけるとは思えないような場所に、これほど鮮やかな色が存在することに圧倒されました(ハオ・ワン博士)
研究チームは当初、この黄色の正体がわからず困惑していた。それは鮮やかで、ほぼ完全な球形の粒子だったため、生物由来の色素とも思われた。
しかし顕微鏡観察に加えて分光分析やラマン分光などを用いた分析により、それが雄黄であることが判明した。
ワン博士は、「毒の中にあって、ひときわ鮮やかに目立つその姿は、まるで禁断の色をまとった生き物のようだった」と語っている。
この画像を大きなサイズで見るパラルビネラ・ヘスレリの呼吸器官のの断面図。細胞内に黄色い粒子が確認される。/ Image credit: Wang H, et al., 2025, PLOS Biology, CC-BY 4.0実は、パラルビネラ・ヘスレリだけでなく、近縁のチューブワームや西太平洋に生息するいくつかの巻貝の仲間でも、高濃度のヒ素が体内に蓄積されている例が報告されている。
これらの生物も、同じように何らかの毒性を抑える生存戦略を使っている可能性がある。
今回の“毒には毒を”という解毒戦略の発見は、海の無脊椎動物がいかにして極限環境を生き延びているかを探るうえで重要な手がかりとなる。
今後研究を進めることで、驚くべき発見があるかもしれない。
References: Journals.plos.org / Eurekalert
本記事は、海外で報じられた情報を基に、日本の読者に理解しやすい形で編集・解説しています。
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