「もどかしさ感じた」バス事故の捜査 現場と対峙した警察官の10年 [長野県]:朝日新聞

事故を起こしたバスを調べる長野県警の捜査員ら=2016年1月19日、長野県上田市、杉本康弘撮影

 「碓氷(うすい)バイパスで事故です。起きてください」

 午前2時ごろ、長野県警軽井沢署の交通課長だった塩入一清さん(現・佐久署副署長)は、残業を終えて署で仮眠を取っているところを、当直責任者にたたき起こされた。塩入さんは、当直に署員の呼び出しの準備を依頼し現場に急いだ。

 およそ30分後、県警本部の交通指導課管理官だった松島敏史さん(現・交通部長)にも本部から事故発生の連絡が入った。

 「現場からまた死亡の連絡が入った」

 長野市から軽井沢町の現場に着くまでの約2時間、松島さんの携帯には、軽井沢署長から逐次、状況が伝えられた。署員が総出の状態だったため、署長が連絡役を担っていた。

 「相当難しい捜査になる」。そんな思いが松島さんの頭をよぎっていた。

 2人が向かったのは、2016年1月15日未明に軽井沢町で起きたスキーツアーバス事故の現場だ。国道18号(碓氷バイパス)で、大型バスがガードレールを突き破って山林へ転落し、乗客の大学生13人と乗員2人の15人が死亡、26人が重軽傷を負った。

道路から転落し、大破したバス=2016年1月15日午前、長野県軽井沢町

 現着した松島さんが目にしたのは、想像を超える光景だった。「状況を見て、一緒に行った部下は足が止まってしまうくらいでした」

 約5メートルの崖下に横転した大型バス。救助に当たる消防隊員や警察の捜査員からは玉のような汗が噴き出し、蒸発した汗は投光器に照らされ、もうもうと湯気が立っていた。

道路脇の崖に転落したバスは、天井部分が立ち木にぶつかって変形。救助活動はスペースが限られる中で進められた=2016年1月15日午前5時33分、長野県軽井沢町、佐久広域連合消防本部提供

 駆けつけた捜査員は、捜査より救助を優先し、消防と連携して、車内から運び出された被害者を、崖をはうように、繰り返し繰り返し国道に運び上げた。

 同日昼過ぎ、捜査本部ができた。軽井沢署や県警交通部、警務部の被害者支援室のほか、県内の各署交通課、県警刑事部からも人員を投入し、捜査班150人、被害者支援班70人の態勢を組んだ。長時間にわたる現場の交通規制は、群馬県警の安中署が協力を買って出た。

連日深夜まで及んだ捜査

 ある県警幹部は捜査員にこう伝えた。「自分の子どもや家族だと思って捜査に当たれ」

 松島さんは、署に泊まり込み、業務が終わるのは連日深夜。「交通部門が長いが、非常に難しかった」。過熱する報道に悩まされることもあった。「事故原因に関する専門家の意見などが報道されると、そのための捜査もせざるを得ないときがあった」

 塩入さんは「運転手が亡くなって、なぜあのような事故が起きたのか、運転中に何が起きたのかという話が聴けず、もどかしくいらだちを感じていた」と振り返る。

事故から10年が経つのを前に記者会見した長野県警の松島敏史交通部長(左)と佐久署の塩入一清副署長。当時、事故の捜査にあたった=2025年12月25日、長野県庁、志村亮撮影

 バス会社社長ら2人を業務上過失致死傷容疑で書類送検したのは事故から1年半経った17年6月だった。長野地検が21年1月に2人を同罪で在宅起訴した。無罪を主張した2人に対し、一審・長野地裁は23年6月、実刑判決を言い渡した。2人は控訴し、東京高裁でいまも審理が続いている。

進んだ制度改正

 捜査の一方で、被害者支援の活動も続いた。乗客はみな県外の人たちだったが、きめ細かく連絡を取り合い、被害者の声に丹念に耳を傾けた。

 仕事の都合上、支援の担当者を交代しようとすると、被害者から「この人じゃないとだめです」と言われることもあった。退院時に涙ながらにお礼も言われた。

 「ただ」と、自戒を込めて松島さんはこう話す。「被害者やご遺族の話を聴く中で、これまでの支援は表面的で、やったつもりになっていただけだったんじゃないかと感じることが何度もあった」

 この10年で、貸し切りバスの事業許可を5年ごとの更新制としたり、安全確保に関する違反があった場合にバス会社に科す罰金額を引き上げたりするなど、法律や規則の改正は進んだ。

 塩入さんは「できることなら、いまの状態のまま事故前に戻ってほしい。貸し切りバスの安全性が格段に向上したいまのような状態だったら、今回の事故は発生していなかったと思うんです」。松島さんも「交通事故は誰もが当事者になり得る。加害者、被害者関係なく、当事者や周りの人たちみんながつらく悲しい思いをする。安全はすべてに優先する」と訴えた。

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連載軽井沢スキーツアーバス事故10年(全5回)

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