疲れ果てた教師がコストコに転職。そこで待っていたのは...【米教師のセカンドキャリア】
アメリカに住むマギー・パーキンスさんはかつて、自らを犠牲にする「教師の殉職者」だった。他人の子どもたちの世話をしながら、自分の家賃を払うのもやっとの給料しかもらっていなかったという。
これが、「あまり語られない教職の暗い側面」なのだとパーキンスさんは話す。
教職とは「金銭的な報酬ではなく、感情的な報酬で補われる」仕事だという。社会にとって必要不可欠な役割を担っていると称賛されながらも、彼女自身の家庭の生活費を賄うのにさえ苦労していた。
パーキンスさんはある時期、4つの異なる授業を教えていたこともあった。「つまり、4種類の授業の準備をしなければいけませんでした。ただでさえ足りない準備時間中に呼び出され、他の教師の代講を頼まれることもありました」と振り返る。
日中に終わらなかった仕事を片づけるため、午後7時まで学校に残ることも日常茶飯事だった。
「そんな自分が嫌でした。私には2人の小さな子どもがいて、『ママはまた学校にいて、私たち家族とは一緒にいない』と思われることにも疲れました」
パーキンスさんは教育理論と実践の修士号を取得し、公立や私立、大規模校や小規模校で教え、担当科目を変えたりもした。フロリダ州では労働組合のある学校、ジョージア州では組合のない学校で勤務した。中学生や高校生に歴史や言語技術を教えたこともある。
それでも、教師として過ごした8年間、パーキンスさんは深い不満を抱えていた。
30歳が近づくころ、何かを変えなければと感じた。教職を始めた当初は年収3万1000ドル(約465万円 )。数年後でも4万7000ドル(約705万円)にしかならなかった。「その状況でも給料が高いならいいし、より良い労働環境なら給料が低くてもいい。でもどっちもの状況を一生続けるのは無理でした」と語る。
(※為替は1ドル=150円で換算。ちなみに、2025年のアメリカの年収平均は、約6万2000ドル(約930万円)と推測されている。物価も高く、マクドナルドのチーズバーガーは、店の場所にもよるが、約450円〜600円で販売されている)
そんな中、2022年、住んでいたジョージア州の街に新しいコストコ(大型会員制倉庫型店)が開店することを知り、会員サービス担当の仕事に応募したところ、採用された。
「当初は『とりあえず一時的な仕事』くらいに思っていましたが、会社のことを知るにつれ、ここで一生働けると思うようになったんです」とパーキンスさんは当時を振り返る。
最初は収入が増えたわけではなかった。コストコでの初任給は時給18.50ドル(約2775円)。1000時間働くごとに1ドル昇給する仕組みだった。副業として家庭教師会社でフリーランスとしても働いた。
しかし、勤務時間を重ねるうちにすぐに収入が追いついた。「時給19.50ドル(約2925円)になり、スーパーバイザー研修プログラムに参加したときは時給29ドル(約4350円)になった。日曜勤務は1.5倍の割増賃金になるので、毎週働きました」
この管理職研修を通じて、「週40時間勤務で年収6万2000ドル(約930万円)を軽く超えていた」と語る。これは、週60〜70時間働いても4万7000ドル(約705万円)しか稼げなかった教員時代とは大きな違いだった。
「コストコで1年も経たないうちに、教師時代より多く稼げていたんです」
レジ係やベーカリー勤務を経て、2023年にワシントン州へ移り、現在はコストコ本社の研修担当者兼コンテンツ開発担当として年収8万4000ドル(約1260万円)を得ている。
「コーヒーを買う前に口座残高を気にしなくて良くなりました。それは心理的に安心を得たことの証です」と彼女は話す。
パーキンスさんは今でも教職を夢見たり、子どもが学ぶ姿が恋しくなることもあるという。「子どもたちに教えることは大好きだったので、辞めるのはつらかった」と話す一方で、「バス当番や、教えた経験もない校長のもとで働くことは恋しくありません」と語る。
転職して前に進めたのは、教職を離れて重荷が降り自由を感じたことだった。コストコでは昼休みをまるまる取ることができ、仕事は家に持ち帰らずにすむ。
「以前は睡眠がひどく、うつや不安の薬を飲んでいました。食生活も乱れ、運動もしていませんでした」とパーキンスさんは語る。
「今はエネルギーがあって、夜通し眠れる。とにかく幸せです。トイレに行きたい時に行くことを学び直しました。教師の時はずっと我慢していたので」
パーキンスさんが唯一後悔しているのは、もっと早く転職していれば良かったということだ。もし最初から教育業界に入っていなければ、感情的にも経済的にもどれほど良かっただろうかと考えることがある。
パーキンスさんが教職を離れた理由の1つに、ITが教室での授業を置き換えてしまっているという教育現場の構造的な問題がある。「パソコンで暗記チェックをする方が、クラス討論をするよりも簡単だから」と彼女は説明する。
「高度な学位や深い知識を持つ教師が、もはや授業の中心的な資源として使われていない。その結果として、親は教師を信頼しなくなり、管理職は教師を『ただカリキュラムを展開する人』として見るようになっている」と続ける。
パーキンスさんは、自身の転職での経験についてTikTokで発信しており、人気を集めている。
「現役教師のときは、辛い現実を認めるだけで『文句を言っている』と受け止められたりするので、本当のことを話すことすらできなかった。だから今は正直に話すようにしています」と言う。
コメントを寄せる人の多くは、教師本人やその子どもだ。
「『家族を優先できるようになって良かったね。子どもの頃、教師だった母はいつも、学校のスポーツの試合や劇に行って、家に帰っても疲れた顔で採点していた』と語る人もいた」とパーキンスさんは話す。
「『教職が私のベストを奪い、家族には残りの私しか与えられなかった』というコメントもあり、それを読んで胸が痛みました」
教師として転職を迷っている人に向けて、パーキンスさんは「教師としてのスキルは企業でも通用する」と語る。
「いつ、どんな状況でも人前で話せるし、プレゼンも得意。さまざまな性格の人ともうまくやれる。少々のストレスでは動じない。12歳の子どもたちに理不尽に扱われた経験があれば、他の大人に『ファイルが送られてきてない』などと言われても動じません」と笑う。
パーキンスさんは教師として得た経験で、他にもさまざまな第2のキャリアを選べただろうと感じているが、今の職場に満足しているという。
「必ずしもコストコである必要はなく、ホームセンターでもよかったし、サービス業でも、自営業でもよかった。でも、コストコでよかったです。すべてがパーフェクトなタイミングでした」
「でも、教師には多くのスキルがあるので、多様な業界や分野に転身できると思います」とパーキンスさんは続け、かつての自分のように悩む教師たちへ次のように呼びかける。
「どうか自分を優先してほしい。辞めてみなければ、どれほど自分が楽になるか分かりません。教職を離れることは、生徒や同僚を裏切ることではありません。自分の人生と健康を取り戻すことなのだから」