【コラム】孫正義氏とDeepSeekから、スターゲートに教訓-トーベック
数千億ドルもの巨額予算を注ぎ込んで最新鋭の人工知能(AI)能力を築くのは、驚嘆すべきプロジェクトだ。しかしそれ以上に驚嘆すべきなのは、ほんのわずかな予算でそれと張り合えるツールを開発することだろう。
この1週間に世界を席巻したAIニュースを読み解く上で、これは単純な解釈に過ぎない。明らかなのは米国のハイテク巨人らがそろってパニックモードに入り、世界的なハイテク株が売られたことだ。中国AIスタートアップ(新興企業)の躍進に主流派メディアが反応したことが背景にある。同社の最新モデルはシリコンバレーからダボスに至るまで、参加者の話題をさらい、そのAIアシスタントのダウンロード数はアップルの米アプリストアでオープンAIの「ChatGPT(チャットGPT)」を抜き去った。私はしばらく前からディープシークに注目し、昨年6月に同社の能力を指摘。AI競争で中国を抑えつけようとするワシントンの取り組みは裏目に出る恐れがあると示唆していた。そして現在、世界は画期的な進歩を目の当たりにし、オープンAIの創業メンバーが「冗談のような予算」と呼ぶ事態になった。
ディープシークが猛スピードで普及する一方で、トランプ米大統領はサム・アルトマン氏、孫正義氏、ラリー・エリソン氏らハイテク巨人と「スターゲート」プロジェクトを発表。詳細を欠いたこの計画は、新興テクノロジーにおける米国の支配を維持することが狙いだ。トランプ氏はAIインフラ構築に「少なくとも」5000億ドル(約77兆2400億円)を費やし、10万人の雇用が「すぐさま」米国で創出されると述べた。
スターゲートには不明な点が多く、詳しく見ていくとAIセクターの問題すべてが浮き彫りになるようだ。AIは必ずしもその幅広い有用性が証明されているとは言えず、これほど大規模な投資はその期待をさらに言いはやすものだ。政府資金の関与が明らかにされていないプロジェクトが、なぜ政府から発表されたかも明らかではない。ただし米ハイテク産業と政治の新たな関係があらわになったのは確かだ。5000億ドルはおろか、1000億ドルの調達さえ疑われており、トランプ氏の右腕であるテスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)からさえ、異例の批判的コメントが飛び出す事態だ。
しかしそれらの問題はさておき、このプロジェクトのリーダーであるソフトバンクグループの創業者、孫正義氏は称賛に値する。「マサ」の愛称で呼ばれる孫氏は、ゲームに参加しなければ勝てないことを知っている。そして取引好きで知られる新政権への対応方法も、同氏ならではのものだ。日本の石破茂首相はまだトランプ氏と会っていないが、孫氏は11月の選挙以来、何度もトランプ氏の隣に立っている。
詳細を詰めていないことや、手元に現金がないことは問題ではない。孫氏は新大統領にあからさまなお世辞を言いながら、自らをその場に置くことで政治的資本を築いてきた。スターゲートを発表した記者会見で、トランプ氏は孫氏を「友人マサ」と呼んだ。孫氏は大胆な賭けでグローバルなテクノロジー帝国を築き上げたが、すべてが成功したわけではない。しかしこの飽くなき野心こそ、貧しい生い立ちの同氏が米国で最も大胆なハイテクベンチャーのリーダーにのし上がった原動力だ。
しかしこのプロジェクトを米国のテクノロジー業界にとって永続的な勝利に変えるには、特にディープシークによって中国が急速かつ安価に追いついてきていることを踏まえると、孫氏は同氏らしくない自制を見せる必要がある。第1次トランプ政権当時に孫氏が約束した500億ドルの投資は、破綻したウィーワークからピザ調理ロボットに至る多種多様なスタートアップに振り向けられた。投資額については、ビジョンファンドを主な資金源として約束を果たせたようだが、同時に約束した5万人の雇用については果たせたかどうかあまり明確ではない。今回の約束で重点を置くべきなのはこの点であり、マスク氏がこだわる孫氏の資金不足ではない。
トランプ大統領と孫氏が米国民の生活について公にした約束の責任を、政治家によって問われることは重要だ。格差が拡大している昨今においてはなおさら大事だ。オープンAIはスターゲートによって数十万人もの雇用が創出されると言っており、その規模はトランプ氏が述べた10万人をはるかに上回る。同社は世界の「経済的利益が膨大な規模に膨らむ」とも言っている。(ちなみに英紙フィナンシャル・タイムズは、このインフラ投資の利益はオープンAIだけが享受すると報じている)
スターゲート、そして広義のAIは米経済に遠大な集団的利益をもたらすと約束した。しかしこれだけの規模の予算があれば、米国の住民にどんな支援ができるか想像してほしい。山火事で住まいを失ったロサンゼルス近郊の住民や、ハリケーンの被害からまだ復旧できていないノースカロライナ州のコミュニティーに何ができるだろうか。
ディープシークがタイムリーに与えた教訓を、スターゲート首脳部は軽視してはならない。欠乏がイノベーションの原動力になり得るということを中国は教えてくれた。過剰が無駄につながらないよう、米国は注意するべきだ。
この大規模なAI構築プロジェクトは、5000億ドルの調達や支出を伴わないからといって失敗になるわけではない。孫氏をはじめスターゲートのリーダーたちが雇用の約束に責任を持ちつつ、その利益がシリコンバレーの富裕なエリート以外にも広がることを証明できれば、プロジェクトは成功だ。データセンターはこれまで、大規模な雇用を生む機会ではないことが示されている。しかしAIが将来の労働市場を揺さぶると警告するハイテクリーダーたちは、このような手法でベンチャーの成否を判断することで、人間へのインパクトを常に念頭に置くだろう。
集計を始めよう。このプロジェクトに関連する最初のデータセンター建設では、当初57人のフルタイム雇用が創出される見込みだ。つまりトランプ氏の公約達成まであと9万9943人、オープンAIの声明に基づく数十万人まで実に長い道のりだ。カウントダウンは始まった。
(キャサリン・トーベック氏はアジアのテクノロジー分野を担当するブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。CNNとABCニュースの記者としてもテクノロジー担当しました。このコラムの内容は、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:What DeepSeek, Masa Son Can Teach Stargate: Catherine Thorbecke(抜粋)