５３歳で急逝したプロレスラー西村修さん、欠場大会で藤波辰爾が恩しゅうを超えた「参戦」真実…「１・３１の奇跡」を木原文人アナとＬＥＯＮＡが明かす【中編】
プロレスラーで文京区議の西村修さんが２月２８日に５３歳で急逝した。
西村さんは１９９０年４月に新日本プロレス入門。９５年１０月には藤波辰爾の自主興行「無我」旗揚げ戦に出場した。以来、２人は師弟関係となり、２００１年９月のなみはやドーム大会で藤波＆西村はＩＷＧＰタッグ王座を奪取。西村さんは０６年１月に新日本プロレスを退団し同年６月に藤波も新日本を去り、秋に２人は「無我ワールド・プロレスリング」を設立した。しかし、西村さんが０７年１０月に退団。当時、マスコミを通じて藤波を批判した。以来、２人は絶縁状態となりリング上はもちろん、リング外でも会うことはなかった。
西村さんは２４年４月にステージ４の食道がんが判明。すい臓、肝臓などへ転移する過酷な闘病生活を続けながらリングに上がり続けた。しかし、今年１月３１日に出場を予定していた後楽園ホールで行われた「ジャイアント馬場没２５年追善興行」を体調悪化で欠場を余儀なくされた。試合前日の３０日に代わりの選手が発表となった。
レスラーの名は「藤波辰爾」だった。
２人の確執は、プロレス関係者、ファンも周知しており、誰もが藤波の参戦に驚き、心を揺さぶられた。恩しゅうを超えた「師弟」の絆をつなげだのは、大会をプロデュースしたリングアナウンサーの木原文人氏だった。西村さんが亡くなった今、故人の思いを残したいという思いで木原氏がスポーツ報知の取材に応じ「１・３１で起きた奇跡」の真実を明かした。（福留 崇広）【前編から続く】
大会まで残り１１日となった１月２０日。木原氏は、西村さんからＬＩＮＥで出場は「無理です」と告げられ、代わりの選手を「藤波さんしかいない」と決断した。確執のある藤波への要請は禁断の扉を開ける行為だったが木原氏を突き動かす現実があった。
「ちょうど、その１月２０日に実家の（三重県の）伊勢に住む私の父ちゃんが肺炎で倒れて、病院の先生から『面会に来ていい』と言われたんです。今は、コロナやインフルエンザで病院は、入院患者になかなか面会はさせてくれないのに『来ていい』と言われた時、父ちゃんの命が危ないと悟りました。次の日に伊勢に帰って、病院で１０分間だけ面会しました。声が出ないのに『仕事があるんだろ。東京へ帰れ』としぐさで私に言ってくれました」
面会を終え病院を出た時、木原氏は『あぁ…もう…父ちゃんとしゃべれないのかな』と胸がしめつけられた。同時にこみ上げてきた思いは「後悔したくない」という感慨だった。
「生死の境をさまよっている父に会った時、私の中で『もっと、父ちゃんと時間を共にして、話したかった。おいしいものを食べたかった』…そんな後悔しかなかったんです。この世に生んでくれて、子供の頃はたくさん遊んでくれました。そんないい思い出も『もっと、一緒にどこかに行きたかった…』という後悔だけなんです。いい思い出も全て後悔になるんだって、あのときに悟りやじゃないけど気持ちが変わりました」
その時、浮かんだのが西村さんと藤波だった。
「西村さんは、ずっと藤波さんに謝罪したかったしお会いしたかった。そのことを私は知っているので西村さんの代わりは藤波さんしかいないと思いました。ここで藤波さんへお願いしなかったら、私だけでなく西村さんも後悔すると思いました」
チケットは立ち見券まで全席完売していた。「興行」としてのオファーではない。すべては、長年にわたり西村の藤波への「悔い」を聞いていた木原氏だからこそ、「藤波さんしかいない」との衝動が起きたのだ。木原氏は、要請するために藤波の長男でプロレスラーのＬＥＯＮＡへ電話を入れた。西村さんの体調を伝えでストレートに思いを伝えた。
「西村さんは、今、生死のはざまで闘っています。奇跡的に大会までに体調が回復して車椅子（いす）で会場に来ることはできるかもしれませんが試合はできないと思います。お父さんと西村さんの間に何があったのか分からないし、立ち入れないけど、西村さんはずっとお父さんに謝りたい思いを持っています。その気持ちを受けて馬場さんの大会に藤波さんに出ていただきたいんです」
そして、自らの父が入院していることも伝えた。
「今、オレの父ちゃんが亡くなる寸前で『もっと、何かしたかった』と後悔しかないんです。万が一、西村さんに旅立たれてしまったら、後悔しかなくなるから、藤波さんの気持ちで出ていただけませんか」
木原氏の電話にＬＥＯＮＡは「木原さんの気持ちに感動しましたし、僕は賛成します。ただ、何日か時間をください。父と話します」と応じたという。ＬＥＯＮＡが取材に応じ、この時の思いを明かした。
「木原さんからご連絡をいただいて、まず西村さんのご体調がそれほど悪いことに驚きました。もちろん、過去に西村さんと父の間にいろんなことがあったことは分かっています。だけど、僕の中で藤波辰爾というレスラーにとって一番の弟子と言えば、やっぱり西村修選手なんです。幼い頃から息子として２人の関係を見ていて、本当に強い絆で結ばれていたことを子供心にも覚えています。だから、これは父にもあまり話したことはなかったんですが、僕の中で『いつか修復する時が来たらいいのにな』と思っていたんです。それは自分が２０１３年（１１月１９日）にプロレスラーとしてデビューしてから余計にそう思うようになっていました。肌でプロレスラーはプロレスでつながることを教えられてきましたから。だから、僕は木原さんからのオファーをいただいた時にすぐに『賛成します』とお伝えしたんです」
ＬＥＯＮＡは、すぐに父である藤波に連絡をした。自らの思いも伝えた。一晩がたった。父から返事が来た。答えは「出る」だった。
木原氏へ電話をかけた。
「木原さん、父と話しました。結論だけ言います。出ます。お願いします」
短い言葉でＬＥＯＮＡは、伝えた。父の決断にＬＥＯＮＡは、思いをはせる。
「父は、言葉には出しませんが西村さんに会いたかったんだと思います。今回は会えなくても、参戦することで接点が生まれて退院したときに会えることを考えていたと思います。父のことを僕がこう表現するのは、失礼かもしれませんがやはり、父はプロレスラーなんです。それもすごいレスラーです。そして、それは西村さんも同じだと思います」
そう思う理由がある。藤波は、参戦にあたってひとつの提案をＬＥＯＮＡにしていたのだ。
「西村が会場に来られる状態であれば、オレのセコンドについたらどうだろう？オレは構わないよ」
藤波は、西村さんと共に後楽園ホールのリングへ上がる姿を描いていたのだ。２００７年から１７年。木原氏、そしてＬＥＯＮＡの思いが風となり、断絶の師弟が長い長い長い時を超え再びつながった。
ＬＥＯＮＡからの返事を待つ間、木原氏は西村さんへ藤波にオファーしたことは言わなかった。
「その間もＬＩＮＥで西村さんから『代役はいらっしゃいますか？』と連絡をいただいていました。私は『心配しなくていいですから』と返信してその繰り返しでした」
ＬＥＯＮＡから参戦を伝えられると木原氏はすぐに西村さんに藤波の参戦をＬＩＮＥで報告した。
「私は『藤波辰爾さんが代わりに出てくださいます。よかったですね』と伝えました。西村さんから『感謝しかございません』と返信が届きました。後からそばにいらっしゃった方にお聞きすると、涙を流していたそうです」
大会まで残り３日となる１月２８日のことだった。前日の３０日に西村さんの欠場、代わりに藤波の参戦を発表した。藤波はマスコミへ以下のコメントを寄せた。
「思い返せば、多くの方がご存知の通り、過去、私と西村選手との間で大きな出来事がありました。当時その問題が、関係者、そして私の家族にまで影響が及んだことに、大きな憤りを覚え、西村選手との関係に一区切りをつけ、その件に関して、私自身一切黙することとしました。今回、大会実行委員会から西村選手の現在の状況、そして大会の欠場の旨を伺い、そして参戦のオファーを頂きました。今回のオファーに対し、西村選手の１日も早い回復への願いを込め、リングに上がります」
すべて本心の言葉だった。迎えた１・３１。後楽園ホールのバックステージで藤波は、ある女性と出会いを果たしていた。
（続く）
