ウクライナ・自爆ドローンが迫る恐怖の中でなぜ人は「笑う」のか 戦場カメラマンが見た極限のリアル

ロシア軍と対峙する前線で取材中の横田徹さん=本人提供 この記事の写真をすべて見る

 極限状態ともいえる戦争の現場には常に「笑い」があるという。なぜ、人は戦場で笑うのか。数々の戦場を取材してきた横田徹さんが語った。

【写真】ロシア兵めがけてドローンから焼夷弾を投下した瞬間

フォトギャラリーで全ての写真を見る

*   *   *

報道番組のスタジオで「シーン」

 戦場カメラマン・横田徹さんは、ウクライナの戦場を継続して取材してきた。テレビの報道番組に出演する際、たびたび居心地の悪い思いをしたという。

「現地で取材していたときと同じ調子で、スタジオで笑いを交えながら話をすると、ほかのゲストがかたまって、シーンとしてしまうんです」

 戦争という深刻なテーマを取り上げているのだから、笑うのは「不謹慎」--。そんな思いがあったのかもしれない。

 だが、ウクライナの人々が悲しそうな顔や怖い顔をしてロシア軍と戦っているかといえば、全く違うという。

ジョークを飛ばし菓子を食べながら戦う

「不謹慎なジョークをとばしながら、笑いながら戦っている。スナック菓子をほおばり、談笑し、自爆ドローンを操ったりする」

 たとえば、戦場のなかでも取材リスクの高い場所の一つが、ロシア兵と対峙する前線だ。地面を掘った塹壕から外に出るのが危険すぎて、周囲に放置されたロシア兵の遺体を回収できず、それを農家などから逃げ出したブタやネコが食べている悲惨な状況をウクライナの兵から聞くこともある。

 そんな状況下で人が笑う理由を、横田さんはこう分析する。

「塹壕に潜んでいるウクライナ兵だって、いつ目の前にロシア軍の自爆ドローンが現れて、次の瞬間、木っ端みじんになるかわからない。そんな状況で『笑い』がなかったら頭がおかしくなってしまう」

前線を取材できる理由とは

 1971年、茨城県生まれの横田さんは97年のカンボジア内戦をきっかけにフリーランスの報道カメラマンとして活動を始めた。コソボ、アフガニスタン、イラクなどの戦場を取材してきた。2022年2月にロシアが侵攻したウクライナへは、これまでに7回訪れている。

 横田さんのようにウクライナの前線に深く潜り込んで撮影しているカメラマンは、世界的に見ても少ない。ウクライナ軍からの信頼が厚いあかしでもある。というのも、

「ウクライナ軍によると、欧米のメディアは面倒くさがって、撮影した映像をそのままテレビなどに流してしまうことがあるそうです。そうしたメディアには、ウクライナ軍は取材許可を出さなくなる」

前線任務に備えて銃の使い方を習得する25歳の医師=横田徹さん提供

Page 2

ドローンから焼夷弾を投下した兵士。ロシア兵が潜んでいる建物が炎に包まれる=横田徹さん提供

 映像に目立つ建物が映っていると、ウクライナ軍の拠点の場所がロシア軍に特定され、攻撃されてしまうのだ。

「窓に映っていた建物が原因でやられたこともあるそうです」

 だからこそ、横田さんは自身が撮影した映像については必ず、オンエア前にウクライナ軍のチェックを受けている。テレビ局の編集室からオンラインで軍の担当者と話し合い、必要な箇所にモザイクをかけることもある。

「ウクライナで取材を始めた当初から、そこは徹底してやりました。手間はかかりますが、細かい気配りの有無が彼らの生死に関わってくるので、責任は大きい」

ウクライナとロシアの「ドローン戦争」

 ウクライナの戦場は、これまで目にしたどの戦場とも異なるという。

「一言でいうと、『ドローン戦争』です。小銃や大砲で戦うより、ドローンを使うほうが安上がりで確実に攻撃できる。前線ではウクライナとロシア、双方のドローンが飛び交っている」

 小銃は射程が短く、目視できる相手しか攻撃できない。大砲は大きくて重量がかさむため、移動が容易でなく、操作にはそれなりの人員を要する。砲弾も貴重だ。一方、ドローンは軽量なうえ、ビルの裏手や穴の中に潜んだ相手も倒すことができる。ドローンを自爆させれば車を吹き飛ばすほどの威力がある。小銃で打ち落とすのは至難の業だという。

「砲弾が落ちてくるのには慣れましたが、ドローンは怖い。ブーンという独特のプロペラ音を耳にしたら、瞬時に身を隠さなければならない。見つかったら、どこまでも追いかけてきますから」

生死の境がごく身近に

 最も危険なのが、基地から前線へ車で移動するときだ。ドローンで発見されるのを少しでも防ぐため、兵士は必ず4人1組で1台の車に乗り込み、時速100キロ前後の猛スピードで移動する。

 今年3月、たまたま取材許可が出なかった部隊の車両が移動中、ロシア軍の自爆ドローンによる攻撃を受けた。その車両の写真を見せてもらうと、後部座席が激しく破壊されていた。

「取材許可が下りていたら、自分は間違いなくその車両の後部座席に座っていたでしょう。ぼくが取材交渉をした中隊長ら2人が重傷を負い、1人が亡くなった」


Page 3

戦場で救急搬送や医療支援を担う女性兵士=横田徹さん提供

 昨年11月には、自爆ドローンでロシア軍を攻撃する様子を取材した。ウクライナ軍の拠点は、何の変哲もない農家の地下室にあった。

 兵士はコントローラ―についたジョイスティックを動かし、自爆ドローンを操縦する。ロシア兵が潜んでいる3キロ先の地表をなめるように、高度約3メートルを飛行する。ドローンから見る映像は、地面の小石がわかるほど鮮明だという。それが突然、映像が乱れ、途切れることがある。

「ロシア軍のジャミング(電波妨害)です。すぐ電波の周波数を切り替える。すると、映像が復活する。ドローンを操縦する兵士が緊張するのはそのときくらいです」

 ドローンからの映像に、地面の穴が現れた。ロシア軍の塹壕だ。兵士はジョイスティックを慎重に操作してドローンを穴の中に潜り込ませる。画面が暗転した瞬間、兵士の歓声が上がった。

「イエーイ。これであいつらはあの世へいったぜ!」

ドローンの羽音がトラウマ

 横田さんはこう話す。

「彼らは軽口をたたきながら、前線でそんな任務を延々と繰り返すんです」

 横田さん自身も、「笑い」を交えながら取材してきた。

「そうしないと、どんどん自分が壊れていくのを感じる」

 そうして過ごす戦場での緊張感と、帰国して気持ちが緩んだときの落差は「大きい」という。

「日本に戻ると、それまで緊張感でなんとかもっていた体が変調をきたして、吐いたり、下痢をしたりします」

 ドローンの音を聞くと、今でも戦場の記憶がよみがえるという。

「あのブーンという音は、本当にトラウマです。心臓の鼓動が速くなって、気分が悪くなる」

「証拠写真」を残す

 2年半前に横田さんを取材した際、「ウクライナの取材は嫌だ。相手がロシア兵では危なすぎる」と語っていた。それなのになぜ、7回も通うことになったのか。

「兵士たちがとても親日的なんです。最初はたまたまそういう人に出会ったのかと思っていたら、違った」

 ウクライナの人々は日露戦争や北方領土問題についてよく知っているという。「日本も領土の一部をロシアに占領されている。しかも、中国や北朝鮮にも近い。日本のほうが大変じゃないか」と、逆に心配してくれる人までいた。日本の政府や民間企業・団体がさまざまな物資や資金をウクライナに提供していることについても、とても感謝されたという。

「これまでさまざまな戦場を取材してきましたが、ウクライナのような国は初めてです」

 横田さんの立ち位置はドライだ。「ぼくに使命感はない。需要があるから戦争を取材する」と言い切る。一方で、全く金にならないが、ウクライナ市民の虐殺された遺体を検視写真のように撮影する。

「将来、『ロシア軍による虐殺はなかった』なんて、言い出すやつが現れるかもしれない。だから、状況をノートに書きとめ、証拠写真を残すんです」

(AERA編集部・米倉昭仁)

こちらの記事もおすすめ 爆撃で「右手を失った息子」母が隠す父の死 ウクライナの施設に収容されるロシア人のリアル
戦場で笑う――砲声響くウクライナで兵士は寿司をほおばり、老婆たちは談笑する

横田 徹

関連記事: