教育移住で逆に気づいた“日本のすごさ”…給食や教室掃除がもたらすもの

実際に「教育移住」した2人の女性にその実態にについて取材した(写真はイメージ)。

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円安や停滞する経済状況の影響か、以前にも増してヨーロッパや英語圏、成長著しいアジアなどへの「教育移住」が注目されている。

私自身、旅しながらリモートワークで働くデジタルノマドとして多くの国を訪れており、もし子どもがいたら海外で教育を受けさせたいと感じるほど、海外での生活が好きな方だ。

しかし実際の現実はどうなのか。

実際にオランダに渡ったキョウコさん(仮名)と、マレーシアに教育移住したエリさん(仮名)に話を聞いてみた。

2人とも、海外の教育のメリットとデメリットを認識しつつ、現地での教育を選んでいるが、話を聞くなかで日本の教育の意外な良さがわかってきた。

実は将来を柔軟に選択できる日本

子ども2人とオランダに渡ったキョウコさん。子どもは現地のインターナショナルスクールに通わせている(写真はイメージ)。

撮影:今村拓馬

「オランダでは、小学5年生で将来の方向性を決めなければいけないんです」

40代のキョウコさんは、仕事の関係で数年間のオランダ滞在のために2023年に渡航した。もともと子育ては主にキョウコさんが担っていたこともあり、仕事で日本を離れられない夫を残し、息子と娘も帯同した形だ。

ヨーロッパへの留学経験や、アメリカでの居住経験があったキョウコさんは、「世界を見て、生きていくうえでさまざまな選択肢があるということを知ってほしい」と考えていた。オランダに帯同した子ども2人は、ともに現地のインターナショナルスクールに通っている。

キョウコさん自身はオランダに永住する予定はなく、ゆくゆくは日本に帰国する予定だが、キョウコさんがオランダで驚いたのは進路選択の早さだったという。

キョウコさんによると、オランダの教育制度では、日本の小学5年生にあたる年齢で大学進学を目指すのか、専門学校に通い早めに就職するのかなどを決める必要があるという。この進路選択により、将来の方向性がほぼ決まってしまうといっても過言ではなく、やり直しはそう簡単にはいかないとも。

当然のことながら、小学5年生が自分の意思で将来の選択をするのは簡単なことではなく、進路選択には親の意向が非常に強く反映されるのが現実だという。

給食の大切さを痛感

キョウコさんの不安は、「健康な体づくり」にもあるという。

キョウコさんによると、オランダには学校専用の校庭があるところは少なく、体育の時間が日本より短い。もともと日本人より体格の良いオランダ人であれば、短時間の運動でも問題なく身体作りができるのかもしれないが、「日本人の子どもにとっては不十分なのでは」と感じるそうだ。

また食事に関しても、日本のように給食をみんなで食べるという習慣はない。栄養素を意識した食生活を育む「食育」のような教育もなく、食べるタイミングも自由。そのため子どもの食事選びをみていると栄養が偏りやすく、将来的に身体作りに影響するのではないかと懸念しているという。

キョウコさんの周囲の教育移住者のなかには、偏った食生活が影響か「子どもの精神面が不安定になっている気がする」と不安視する家庭もあるという。

計算の繰り返しで身につく忍耐力

2児をオランダのインターナショナルスクールに通わせる日々で、キョウコさんが気がついたのが「日本の小学生の計算能力の高さ」だったと話す。

「オランダでは時計を読めなかったり、計算が苦手な子が多い印象です」

オランダでは、勉強は良くも悪くも生徒の「自主性」に任せられる。きちんとそれぞれの子どもの個性を見てほめてもらえるため、自己肯定感が上がりやすい反面、座って勉強してきちんと基礎力を身につけることができない子どもも多いと感じるそうだ。

「日本では時計の読み方を小学校低学年で教わるため、きちんと時計を読むことができ、時間を意識して行動できる子が多いです。またしっかりと座学をするため、基礎的な計算能力が身についている子が多いですが、オランダでは必ずしもそうではありません」(キョウコさん)

日本では、同じ漢字を何度も書いて覚えたり、計算問題を何問も連続で解いたりして基礎力や忍耐力を身につけることが多い。もちろんこうした教育手法には賛否があるが、これによって基礎となる学力が身についていることも否定できないだろう。

「自然な日本語」習得できるか

20代のエリさんは2022年、マレーシアに教育移住する道を選んだ(写真はイメージ)。

撮影:今村琢馬

マレーシアに教育移住したエリさんは、そもそも母国語をきちんと話せない状況で、外国語を学ぶことに戸惑いも感じている。

「移住前から覚悟していたことではありますが、日本語への不安が強いです。人に対して『1個、2個』という単位を使ってしまうこともあります」

20代のエリさんは、「もっと世界の色々な文化に触れ、自分自身で考え、選択できる人間になってほしい」と思い、2022年、文化と言語の両面で多様な環境に身を置けるマレーシアへの教育移住を決めた。上の子どもは小学生になったばかりで、現地のインターナショナルスクールに通っている。

マレーシアでは当たり前のように英語が通じ、華僑も多いため中国語も身に付きやすい環境で、自然に外国語を身につけられる環境が整っているというが、エリさんは「母国語がないがしろになってしまうという恐怖」があるという。

「日本語をきちんと身につけた上ではじめて、英語や中国語ができるということが強みになると思います。インターナショナルスクールでは基本的に英語で話すため、日本語は家庭で学ぶように努力しています」(エリさん)

「世界の文化に触れて育ってほしい」という思いがある一方で、「日本人としての感覚」も身につけてほしいという本音も。

例えば日本では、室内でも野外でも「ゴミはゴミ箱に捨てる」というのは日本では当たり前のマナーとされるが、マレーシアでは必ずしもそうではないと、日々直面するカルチャーギャップの現実についてエリさんは語る。

基本的にマレーシアでは役割分担が明確で、「掃除は清掃スタッフが行う」のが一般的。自ら公共の場を清潔に保つという意識が生まれにくいという。そのため家庭内で掃除や日本的なマナーについて教えているという。

これらの体験談を聞くと、教育移住に後悔もありそうだが、2人に率直な気持ちを聞くと「後悔はない」と即答した。

エリさんは「現地でしかできない体験ができている」と話す。

「ラマダーンやなど日本にはない文化についても、それがどんな日なのか学校で学べ、それを普通に受け入れられている」(エリさん)

教育移住のデメリットはあるものの、日常的に日本以外の文化に触れ、生活の中で英語を話すメリットが大きい点は、2人とも共通していた。

「教育移住」への関心が高まっている背景には、日本経済の停滞や円安など、世界でみた場合に感じる「沈みゆく日本」への危機感もあると思う。だったら「子どもが小さいうちから海外で暮らしたほうが、彼らにとってメリットがあるだろう」という考え方も納得できる。とはいえ、金銭面や言語の壁もあり、すべての家庭が教育移住を実現できるわけではない。教育移住したとしても、海外ならではの教育の悩みを抱えることもあるだろう。それならば、日本の教育の良さを活かしながら、子どもにとって最適な選択肢を見つけるのも一つの方法だろう。

私自身、日本で会社員生活を経験してから、今はデジタルノマドとしてあらゆる国に数週間から数カ月単位で滞在してリモートワークする生活をしている。

日本で英語力を磨き、大人になってから自分の意思で海外へ飛び出すことも1つの選択肢として持っていてもいいかもしれない。

薬袋友花里:読売新聞編集記者、在重慶日本国総領事館専門調査員、日本航空業務企画職、バーチャルオフィスを提供するスタートアップ・oVice広報担当を経て広報・ライティングを中心に働くフリーランスに。主に日本企業の業務委託などを受けつつ、国内外を行き来しながらリモートワークして生活。夫は日本国内のみでリモートワーク勤務が可能なため、将来的には夫婦で海外ノマド生活をすることが夢。

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