結局、重力波って何がわかるの? 専門家に聞いてきました

Image: NASA/Dennis Henry|2024年5月、NASAのゴダード宇宙飛行センターのLISAのプロトタイプ。

時空の歪みが見えるってどういうことなのか。

欧州宇宙機関(ESA)が17.5億ユーロ(約2800億円)を投じて2035年に打ち上げ予定のレーザー干渉計宇宙アンテナ、略してLISA。重力波の検出方法を革新すると言われています。重力波とは100年前にその存在を予測された、限りなく小さな時空の歪みです。2015年の初観測以来、着々と観測例を重ねてはいるものの、従来の設備や手法には限界があります。

米Gizmodoでは数カ月前、LISAのデザインやエンジニアリングの課題について詳報していました。今回はさらに、LISAが収集するデータから何がわかるのか、それによって我々の宇宙への理解がどう変わるのかについて、専門家にインタビューしています。

3基の人工衛星間をレーザーで結ぶ

LISAとはLaser Interferometer Space Antennaの略で、太陽を周回する3つの人工衛星で構成されます。LISAはきわめて正確なレーザービームを使い、物体間の距離を測ることができます。この場合の距離は、3つの人工衛星が構成する正三角形の各辺の長さが約160万マイル(約250万km)、合計約500万マイル(800万km)に達します。

レーザーは、LISAの構成要素の一部でしかありません。3つの人工衛星の中にはそれぞれ、金とプラチナの合金でできた立方体が2つずつ入っています。金とプラチナなのは、磁気の影響を最低限に抑えるためです。各立方体は人工衛星の中で何にも触れないように浮かび、時空と重力の波以外から影響を受けない状態を保ちます。

LISAの宇宙船に載せられる、金とプラチナのキューブ。Image: ESA

3つの人工衛星はお互い等間隔の距離を保ちながらレーザー光をやりとりしていますが、重力波の影響を受けるとその距離がわずかに変化します。その小さな変化を正確なレーザーで観測することで、重力波を検出するのです。

Video: Gizmodo/YouTube

米国自然史博物館の天文物理学者、Saavik Ford氏は言います。

このデザインの背景の基本の考え方は、我々はキューブを打ち上げるのだということです。

そのキューブにはただそこにいて、他の力の働きを受けずに、時空を体験してもらいます。ただ難しいのは、『他の力の働きを受けずに』という点です。

物体(金とプラチナのキューブ)が落下するのにつれて、宇宙船を操作して、物体にぶつからないようにする必要があります。もしそうなったらえらいことになります。

LISAの複雑さを理解するために、Ford氏が当時教えていた大学院生のJake Postiglione氏はこんな例え話をしてくれました。彼いわく、LISAの技術的チャレンジは、ニューヨークからロサンゼルスにレーザーを発射してハエの目玉に命中させるようなものです。しかもそのレーザーとコバエはどちらも動いている状態で、です。

そのスケールには「正直、圧倒されます」とFord氏。「それが自分の部門でなかったのはうれしいことです」

NASAはLISAの計器類の一部を担当していて、レーザーシステム、望遠鏡システム、テストキューブ上での電荷レベル管理デバイスを提供します。

古代のブラックホールの声を、宇宙で聞く

周回する物体が振動するときの周波数は、その物体が軌道をフルに回りきる回数で決まります。既存の重力波検出器は一定の周波数をうまく検知できていますが、ひとつ大きな制限があります。それは、地球上にあるということです。

重力波検出器は、検出できる軌道周波数がモノによって違います。地球上にある検知器、たとえばLIGO・Virgo・KAGRAのコラボレーションでは高周波数の検知が可能で、これは質量が小さめの天体、たとえば普通の星サイズのブラックホールなどに相当します。でももう少し大きな天体、たとえば太陽より200倍大きいものなどは、軌道周波数が低くなり、地球上で発生するさまざまな音と同じくらいになってしまいます。

地球自体がうるさすぎて、地面が問題になるような周波数があるのです。

文字通り、無理なんです。どうにかして宇宙に行く必要があります。

(ford氏)

低周波の重力波を検知できる施設としては「パルサータイミングアレイ」があり、高速回転する天体(パルサー)ガ発する光の点滅を地上からモニターしています。この光が地球に届くタイミングがわずかに遅れたり早まったりするときは、重力波によって時空が伸び縮みした可能性があるわけです。2023年には、パルサータイミングアレイのデータから、重力波背景放射の存在を強く裏付けるデータが発見されました

パルサータイミングアレイが検知するとされるブラックホールは質量が太陽の数十億倍もあり、巨大銀河の中心にあるようなものです。我々の天の川銀河の中心には太陽の400万倍の質量を持つブラックホール・さそり座A*がありますが、それよりさらに大きいということで、まさにケタ違いです。

そんな超巨大ブラックホールの検知にちょうどいいのが、LISAなのです。LISAは、地球にある検知器では地球上のノイズにかき消されて聞こえなくなるような、低周波の重力波を上手にかぎ分けることができます。また、巨大ブラックホールの合体(星のサイズのブラックホールが超巨大なものに飲み込まれていく)や、小型の連星の合体、その他のバースト(光が突然強くなる)や背景重力波の検知も可能とされています。

パルサータイミングアレイは、超低周波の巨大ブラックホール連星について確率論的背景についての情報を与えてくれます。LIGOは基本的に、さまざまな質量の小型天体が合体する頻度を明らかにしました。

ジョンズ・ホプキンス大学の理論物理学者、Emanuele Berti氏は言います。

考え方はいろいろと変化してきましたが、LISAで可能になるもっとも興味深いサイエンスは、巨大ブラックホール連星の合体が中心になると思います。それは地上からは詳しく調査できないことだからです。

宇宙にもあるノイズ

宇宙での雑音は地球よりは少ないとはいえ、それでもゼロではありません。宇宙にあるさまざまな天体も重力波を出しているので、ブラックホールの検知はその分難しくなります。とくに白色矮星連星が問題で、元々は星だったものがお互いの間をグルグル周って最終的には合体するのですが、ここでも時空の乱れが発生します。

ただこの白色矮星連星のノイズが非常にはっきりしている場合、逆に検知がしやすいという利点もあります。LISAのミッションが始まったら、その検知能力を確認するためにも使える、諸刃の剣となるのです。

白色矮星連星のイメージ図。Tod Strohmayer - GSFC, CXC, NASA, Illustration: Dana Berry - CXC

NASAによれば、LISAは数百万もある発生源からのノイズを同時に検知しますが、その多くは我々の銀河から発生するものです。研究者が既存の理論や天体のモデルを駆使してノイズを切り分け、検知したいデータを取り出していきます。LISAの打ち上げまでにまだ10年以上ありますが、参加者たちは模擬データの分析で実戦に備えています。

宇宙の進化をたどって

天文物理学には2つの疑問しかありません。つまり「我々はどうやってここまで来たのか?」と「我々しかいないのか?」です。

我々がするすべてのことは、これらの疑問のどちらか、ときには両方の、かけらに答えようとするものです。

とFord氏。

ブラックホール検知に関しては、「我々しかいないのか?」への回答にはほぼ関係ありません。でも「どうやってここまで来たのか?」のほうは、ブラックホールの理解には非常に重要です。

星の誕生、生、そして死を理解すること、そしてこうした要素を生み出す核融合の役割を理解することは、ブラックホールの存在と切り離せない関係です。さらに銀河が作り出す星の種類や量も、銀河の中心にあるブラックホールの質量やふるまいと関連しているのかもしれません。ブラックホールは単に星を飲み込むだけでなく、星の材料を吐き出すこともあり、周辺の宇宙の進化に直接関わっているのではとも考えられています。

前出のBerti氏は、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が次々と発見したリトル・レッド・ドット(LRD)についても解説してくれました。

いわゆるLRDに関する論文は、融合する巨大ブラックホールから発生するかすかなAGN(Active Galactix Nuclei=活動的銀河中心核。超巨大ブラックホールを持つ銀河の核)の存在を指摘しています。

これらの裏付けもまたすべて、巨大ブラックホールが宇宙の歴史のごく初期に存在していたことを示しています。今までもずっと謎でしたが、謎はますます深まっています。

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、宇宙が6億歳から15億歳の間だった頃の光の痕跡を見ることができます。LRDの正体はまだ特定されていませんが、初期の宇宙におけるブラックホールの成長の跡ではないかとも言われています。LISAの観測は、この謎の光源の性質の解明に役立つことでしょう。

LISAはブラックホールの融合を観測するとともに、小規模天体群の理解にも役立っていきます。それらの理解は、既存の宇宙理論モデルや理論、たとえばアインシュタインの一般相対性理論などにあてはめることもできます。実際のデータは、LIGOが2015年に最初に重力波を観測したときもそうだったように、理論を検証するストレステストとなり、我々の宇宙への理解を深めてくれるはずです。

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