万能に見える“再生能力”をなぜ哺乳類は捨てたのか? (2/3)

再生とは、損傷を受けた組織において細胞が活発に分裂し、新たな組織を形成する過程です。ところが、この細胞の活発な増殖は、制御が破綻すればそのまま“がん”に直結します。

実際、ヒトを含む哺乳類では、p53Rbなどのがん抑制遺伝子の働きが非常に強力で、細胞がむやみに分裂しないよう厳しく監視されています。

これは高寿命・高代謝・大型化した体の構造を維持する上で不可欠でしたが、その代償として、再生に必要な細胞分裂の柔軟性を失ったと考えられています。

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一方、サンショウウオなど再生能力の高い動物は、がんになりにくいにもかかわらず、哺乳類のように厳しく細胞分裂を監視する分子機構を持っていないことが報告されています。これは、彼らが“暴走しない再生”を実現する別種の制御系を持っている可能性を示唆していますが、その詳細はまだ完全には解明されていません。

これだけ聞くとサンショウウオの方が優れた生命に感じますが、ただ、ここには体の構造の単純さが関係する可能性が指摘されています。

両生類や爬虫類に比べて、哺乳類は臓器の構造や機能がはるかに複雑で、神経系も高度に発達しています。たとえば、人間の脳は数百億の神経細胞から成り、複雑な記憶や感情、行動を制御しています。一方で、サンショウウオなどは神経系が比較的シンプルで、臓器の層構造や細胞の種類も少ない傾向があります。

このような構造の違いは、再生においても大きな意味を持ちます。シンプルな構造であれば、失われた部分をある程度“テンプレート”のように再現することが可能ですが、複雑な構造になると、再生過程においてほんのわずかな誤差が致命的な機能不全につながってしまう恐れがあります。

つまり、再生が可能かどうかは、「再生する能力そのもの」よりも、「再生によって何を再現するか」が問題なのです。

そのため、再生能力を維持するには、サンショウウオのように体の構造が単純であること進化的に必要だった可能性があります。逆に、哺乳類のように高性能で複雑な身体構造を持つ動物では、むしろ不完全な再生がリスクになるため、その能力は進化の過程で徐々に抑制されていったのかもしれません。

【仮説2】免疫系の進化的衝突仮説

再生が成功するためには、組織内に炎症が少なく、細胞の変化に対して寛容な環境が必要です。

ところが哺乳類では、傷ができると即座に獲得免疫系が強力な炎症反応を起こし、損傷部位を繊維で閉じてしまう=瘢痕化(はんこんか)する方向に進みます。

瘢痕化というのは、組織が傷を修復する際に、本来の細胞構造や機能を再生せず、繊維質な“傷跡”として治る現象を指します。

これは感染症リスクの高い環境で有利だったと考えられます。炎症反応によって細菌やウイルスの侵入を素早く防ぎ、傷口を閉じてしまえば、短期的な生存率が上がるからです。

この戦略は「再生よりも応急処置を優先する」という方向への進化であり、免疫システムの進化が再生能力を犠牲にしてしまったという可能性を示しています。

【仮説3】恒常性・組織安定性の優先仮説

サンショウウオが脚を再生できるのは、その損傷部位の細胞が一度「未分化」の状態に戻るからです。

彼らは手足や尾を切断しても、「芽体(ブラステマ、英:blastema)」と呼ばれる未分化な細胞のかたまりを作り出し、そこから新しい組織を再構築します。

これは、いわば体の一部を「最初から作り直す」ようなプロセスです。

そして驚くべきことに、彼らはこの再生過程をがん化させずにコントロールする仕組みを持っています。たとえば細胞の分裂がきちんと途中で止まるようになっており、無限に増殖し続けるようなことがありません。

この能力は一見万能のように思えますが、再生能力にも「コスト(代償)」が存在します。

たとえば、再生には大量のエネルギーと時間がかかります。サンショウウオが脚を再生するには数週間以上かかります。その間、逃げることも、繁殖することもままならず、捕食者に襲われるリスクが高まります

また、再生能力を維持するには、体の中に「いつでも変化できる未分化な細胞」を抱えておかなければなりません。これは、生体の安定性や成熟した神経系の発達と相反する問題です。

高度な学習能力や複雑な社会行動を発達させたヒトのような動物にとっては、むしろ組織の安定性の方が重要だったと考えられます。

「未分化状態への巻き戻し」は、体の構造や機能を一時的に不安定化させるリスクをはらんでおり、哺乳類は各器官の構造と機能を維持する恒常性を重視した結果、「細胞が変化できる柔軟性」を抑えるよう進化したと考えられるのです。

再生能力と身体機能の安定性の間には、機構的に両立することが難しい壁があるのです。

【仮説4】ライフサイクルと環境適応の違い

再生能力の高さは、「再生が間に合う」環境で初めて役に立ちます。

サンショウウオやトカゲなどは動きが遅く、比較的安全な水辺や森林に生息し、捕食圧を逃れる手段として尻尾の再生などが機能します。

対照的に、哺乳類の多くは活動的で捕食圧も高く、傷を負ったらすぐに逃げねばなりません。再生に数週間を要するよりも、その間を応急処置でしのぐことのほうが生存に直結するという環境下では、瘢痕化(はんこんか)という早急な修復メカニズムの方が有利だったと考えられるのです。

さらに哺乳類は「早熟・短期繁殖戦略」をとる種も多く、長寿で再生力を維持するよりも、短命でも多くの子を残すことに適応していた可能性もあります。

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