【コラム】ニヤリ顔のプーチン氏、米国がソフトパワーを放棄-クルス
2期目のトランプ米政権には驚かされることが多いが、特に驚きなのは米国の偉大な資産をロシアのプーチン大統領に自ら譲り渡したことだ。その資産とはソフトパワーだ。
この概念は冷戦末期に国際政治学者ジョセフ・ナイ氏によって提唱された。微妙な概念であり、しばしば誤解される。ナイ氏によれば、ソフトパワーとは自国が望むものを他国にも望ませる力であり、強制ではなく相手を魅了する力もしくは取り込む力だ。
米国は歴史的に特段の努力もせず卓越したソフトパワーを発揮してきた。米国には世界屈指の大学があり、多くの外国指導者が米国へ留学し、世界についてどう考えるか学んできた。そして、外国人が自国の政府に受け入れてほしいと願うような価値観、例えば自由や公正といった価値観をしばしば形作ってきた。
戦車や空母、核兵器といったハードパワーとともに、こうしたソフトパワーが米国主導による「西側」の冷戦勝利を支え、その後の米国一極支配につながった。第2次大戦後の米大統領はいずれもソフトパワーを行使し、国際法や国連、比較的開かれた貿易・金融システム、そして一般的に「ルールに基づく国際秩序」と呼ばれるものの発展に貢献した。
トランプ氏はこの遺産を無視し、実際には軽蔑している。先日の国連で米国は伝統的な同盟国である民主主義諸国に背を向け、敵対国であるロシアやベラルーシ、スーダンなどの国と共に反対票を投じた。米国はウクライナに対するロシアの戦争を非難することを拒否した。衝撃的な転換だ。これはプーチン大統領が広めるシナリオやプロパガンダをトランプ大統領がほぼ全面的に受け入れたと言える。
模範と理想を掲げてリードする、つまりソフトパワーで主導することは、明らかにワシントンでは時代遅れとなっている。それとは対照的にハードパワーによる強要が最近の流れだ。トランプ氏がカナダやデンマーク、パナマといった敵対国ではなく小国や同盟国を脅すという異例のパターンを見れば明らかだ。米国はかつて他国の安全と自由の強化を約束することで他国を引きつけていたが、今では他国を遠ざけている。
米国によるソフトパワーの一方的な放棄は、同程度ではないが主な敵対国でのソフトパワーの増大につながっている。それはロシアという国全体よりもプーチン氏という独裁者のソフトパワーの増大であり、世界の強権的指導者の手本となっている。
ずる賢く人の心に干渉することで、プーチン氏は自らのソフトパワーをハンガリーのオルバン首相といった国外の模倣者に対して行使してきた。その最たる例がトランプ大統領だ。
過去80年間の「パックス・アメリカーナ」が歴史上のそれまでの標準と異なり優れていたのは、米国という一国家が多くのソフトパワーを善意を持って行使していたためだ。米国は2025年にソフトパワーを手放した。それは外部からの強制ではなく、米国の大統領が世界の反対側にいるもう一人の指導者が放つ魅惑的だが悪意のあるソフトパワーに引きつけられたからだ。
(アンドレアス・クルス氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:America’s Loss of Soft Power Is Putin’s Gain: Andreas Kluth
(抜粋)