アップルが米国供給網を強化 TDKなど4社追加で投資加速、次世代AIの「実利」を狙う
米アップルは3月下旬、同社の「アメリカン・マニュファクチャリング・プログラム(AMP)」に、新たに4社が参画すると発表した。2030年までに計4億ドル(約630億円)を投じ、重要部品の国内生産体制を強化する。この動きは、地政学リスクへの対応と同社の「オンデバイスAI」戦略を盤石にするための布石といえる。
■重要部品の「米国製」シフトを加速
今回のパートナー拡充で注目すべきは、基幹技術を支えるサプライヤーが米国内での生産に踏み切った点だ。世界最大のスマホ電池メーカーであるTDK(東京・中央)は、カメラの手ぶれ補正を担う高度な「TMRセンサー」を初めて米国で製造する。
英フィナンシャル・タイムズ(FT)によれば、生産は数年以内に開始する見通しだ。これまで同社の生産拠点はアジアが中心だったが、アップルの要請に応じ米国内での生産へと舵を切った。
独ボッシュは、北西部ワシントン州にある台湾積体電路製造(TSMC)の拠点で、衝突事故検出などに用いるIC(集積回路)を生産する。米シーラス・ロジックは、米グローバルファウンドリーズ(GF)がニューヨーク州に構える拠点で、顔認証システム「Face ID」向けの半導体を共同開発する。こうした重要部品を米国内のサプライチェーン(供給網)に組み込むのが狙いだ。
■関税回避と投資の「交換条件」
背景には、トランプ米政権が推し進める製造業の国内回帰政策と、それに伴う関税リスクがある。アップルはこれまで、中国やインドからの輸入にかかる巨額の関税コストを自社で吸収してきた。
米CNBCによれば、同社が負担した関税コストは累計で約33億ドル(約5200億円)に上る。政権との交渉において、対米投資を条件に関税免除を得る「Pay-to-Play(参加料の支払い)」の構図は、同社にとって現実的な経営判断となっている。
同社は昨年8月、4年間で6000億ドル(約94兆3000億円)の対米投資を公約し、政権との良好な関係を維持してきた。今回のパートナー拡充も、こうした巨額投資計画の一環である。サプライチェーンを米国内で完結させる姿勢を強調することで、政治的圧力をかわしつつ、安定した供給体制を確保する狙いがある。
■オンデバイスAI戦略を支える「器」
今回の投資は、アップル独自のAI戦略とも密接に関連している。同社は巨大なデータセンター投資を避け、端末内で処理を完結させる「オンデバイスAI」に注力している。
自社設計の半導体と、米国内で新たに調達する高度なセンサー群を組み合わせ、AI処理による高度な写真撮影や認証機能を実現する狙いだ。
米キュニティ・エレクトロニクスが供給する最先端素材も、次世代の演算能力を支える重要な要素となる。プライバシーを保護しながらAI機能をOS(オペレーティングシステム)レベルで統合するためには、ハードウエアの進化が欠かせない。
重要部品の製造を国内の管理下に置くことは、技術流出を防ぎ、長期的な競争力を維持するための合理的な選択といえる。
■残る課題は「コスト」と「裾野の拡大」
一方で、製造コストの増大という課題は依然として残る。スマホ「iPhone」のような複雑な製品の最終組み立てまでを米国内で行うには、人件費の面でハードルが高い。
現状の取り組みは、高付加価値な半導体や素材の調達に限定されており、サプライチェーン全体の完全な「脱アジア依存」には程遠いのが実情だ。
こうした供給網の維持には、大手パートナーを支える周辺企業の育成も不可欠となる。アップルは昨秋、中西部ミシガン州デトロイトに「アップル・マニュファクチャリング・アカデミー」を開設し、中小規模の製造業者向けにAIや自動化技術の研修を無償提供している。
こうした教育支援を通じ、米国内における製造業の裾野をどこまで広げられるかが、長期的なレジリエンス(強じん性)確保のカギとなる。同社の国内供給網構築が、単なる政治的な協調姿勢に終わるのか。あるいは真の産業構造転換を導くのか、その実効性が注目されている。
【執筆者コメント】
本稿の執筆を通じて見えてきたのは、アップルの「国内回帰」が単なる政治的パフォーマンスではなく、次世代AI競争を勝ち抜くための冷徹な計算に基づいているという点です。かつてのグローバル化はコスト効率が最優先でしたが、現在は地政学リスクの回避と、技術流出を防ぐための「垂直統合」に近い供給網の再構築が求められています。
特にTDKやボッシュといった日独のグローバル企業が、アップルの要請で米国生産に踏み切った事実は重い意味を持ちます。高度な顔認証やカメラ技術を国内の管理下に置くことは、ハードとソフトを密結合させる同社の強みをさらに強固にするでしょう。
一方で、中小メーカーの育成といった「裾野」の課題は、米国の再工業化が直面する大きな壁でもあります。この巨大な実験が、世界の製造業のあり方をどう変えていくのか。今後もその実効性を注視していきたいと思います。
- (本コラム記事は「JBpress」2026年4月16日号に掲載された記事に、その後の最新情報を加えて再編集したものです)