米国、国連の警告にもかかわらず民間企業によるガザ支援物資輸送の計画を確認
ヨランド・ネル中東特派員(エルサレム)、イモジェン・フォークス・ジュネーヴ特派員
イスラエルによるガザ封鎖が3カ月続く中、アメリカ政府は9日、ガザ地区のパレスチナ人への人道支援提供を、民間企業に委託する仕組みを準備中だと認めた。アメリカのマイク・ハッカビー駐イスラエル大使が記者団に明らかにした。
ハッカビー大使は、警備会社が警備する「配給センター」が当初は100万人以上を対象に、食料やその他の物資を供給すると述べた。ハマスによる援助物資の窃盗を防ぐ取り組みの一環だという。
イスラエルが援助物資の配達や分配に参加することはないと、大使は説明。ただし、イスラエル軍が支援センターの周囲を警備することになると述べた。
この計画に対する批判は多く、複数の国連機関は援助を「武器化」するものだとして、計画に協力するつもりはないと繰り返している。
「我々は参加しない」と、国連人道問題調整事務所(OCHA)のイエンス・ラーケ報道官はジュネーブでBBCに述べた。
「我々の原則に沿う取り組みにのみ参加する」 と報道官は言い、「原理原則を重視するすべての人道支援組織のなりたちとまったく相いれない、このような仕組みを導入する理由はまったくない」と批判した。
イスラエルは3月初旬以来、食糧、避難所、医薬品、燃料などあらゆる物資の供給をガザ地区に対して遮断している。このため、ガザ地区の住民210万人の間で、人道危機が起きている。
OCHAによると、各地の炊き出し活動はガザ地区に残る最後のライフラインの一つだが、この2週間でその3割が、食糧と燃料の不足から閉鎖を余儀なくされた。
活動を停止した中には、アメリカ拠点の慈善団体「ワールド・セントラル・キッチン(WCK)」が最後まで2カ所で運営していた屋外の炊き出し所も含まれていた。同団体は今月6日に食材が尽きるまで、毎日13万3000食を提供していた。
ガザ地区内では基本的な食料品の価格も急騰しており、ガザ市では25キロ入りの小麦粉1袋が415ドル(約6万円)で売られている。OCHAによると、2月末から30倍に値上がりしている。
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ハッカビー大使はエルサレムの米大使館で記者団に対し、ドナルド・トランプ米大統領はガザ地区への支援を緊急課題とみなしていると話した。
大使によると、大使館のチームは「支援を加速し、できるだけ速やかに人々に人道支援を届けるためにあらゆる努力をする」よう、大統領から指示されているという。
イスラエルとアメリカは、ハマスが援助物資を横領していると非難している。
「飢えた人々のための食料をハマスが盗む事案が、しばしば起きている」と大使は述べた。
これに対して国連をはじめとする諸機関は、強力な監視体制を敷いているほか、ガザ地区への支援物資の流入が急増した際には略奪行為はほぼ停止したと述べている。世界保健機関(WHO)は、自分たちの医療物資が略奪されたことは、この戦争中に一度もないと話している。
トランプ大統領は来週にも、民間企業による援助提供計画を資金援助してくれる可能性がある裕福なアラブ湾岸諸国を訪問する予定。これに先立ちトランプ政権は、この計画について機運を盛り上げようとしている。
トランプ政権は、計画を実施する非政府組織がすでに設置済みで、イスラエル軍は援助物資の配達を統括しないとしている。
ハッカビー大使は、「ここは戦闘地帯なので、必要な警備にはイスラエルが関与することになる。しかし、食料の配給やガザへの食料の搬入には関与しない」と述べた。
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新規登録された「ガザ人道財団(GHF)」が、この計画実行のために設立されたもよう。
BBCは14ページにおよぶGHF文書を確認した。それによると、GHFは4か所の配給拠点を設置し、まず120万人(人口の60%未満)に食料、水、衛生キットを配布すると約束。最終的にはガザ地区の住民全員に支援を届けることを目指すと説明している。
この計画に出資する可能性がある相手に事業内容を説明するこの文書は、「数カ月間の紛争のため、ガザ地区の従来の救援経路が崩壊した」と述べている。
さらに、「GHFは、独立した、厳格に監査されたモデルを通じて、支援を必要とする人々にのみ直接、支援を届けることで、不可欠なライフラインの回復を実現するため設立された」とも書かれている。
GHFは「人道、中立、公平、独立という人道主義の原則に導かれている」とも、文書は主張している。
財団の取締役会および顧問には、ワールド・セントラル・キッチンの元最高経営責任者や、国連世界食糧計画の元事務局長でアメリカ人のデイヴィッド・ビーズリー氏が参加すると言われるが、ビーズリー氏の参加はまだ確認されていない。
援助体制が現地でどう機能するのか、詳細は明らかにされていない。
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ガザでの戦争は、イスラム組織ハマスが2023年10月7日にイスラエル南部を奇襲攻撃したことをきっかけに始まった。ハマスのこの攻撃では約1200人が殺害され、250人以上が人質となった。現在もおよそ59人が拘束されており、そのうち最大24人が生存しているとみられている。
ハマスが運営する保健省によると、反撃したイスラエルの軍事作戦によってガザ地区では5万2700人以上が殺害された。その多くは女性、子ども、高齢者だという。
イスラエル政府は4日の治安閣議で、ガザ地区のハマスに対する軍事攻撃の強化を承認した。これに伴い、住民の南部への移住強制、ガザ地区全域の無期限占領、援助の統制が実施される可能性がある。
イスラエルのこの決定は直ちに、国際社会から広く非難された。イスラエルに協力する複数の国が、国際法の下、イスラエルは人道支援物資の通過を妨害なく許可する義務があると指摘した。
イギリスのヘイミッシュ・ファルコナー中東担当相は5日、1年7カ月に及ぶガザでの戦争が、イスラエルの発表によって「危険な新段階」に入る可能性があると、イギリス政府は深刻に懸念しているのだと英下院に報告した。
ファルコナー中東相はガザ援助については、「国連が述べているように、民間企業を通じて援助を提供するというイスラエルの新計画が実施された場合、それが人道主義の原則に沿う形で、必要な規模の援助が提供できるとは、なかなか思い難い。イスラエル政府から早急に明確な意図を示す必要がある」と下院で述べた。
「何が危険にさらされているのか、忘れてはならない。人道主義の原則は、世界中のあらゆる紛争において重要なもので、あらゆる紛争地帯において、一貫して適用されなくてはならない」と、ファルコナー氏は強調した。
一方、アメリカのスティーヴ・ウィトコフ中東担当特使はこのほど、イギリスを含む国連安全保障理事会の理事国に対し、援助物資の提供再開への新計画について非公開で説明した。
イスラエルのメディアは、イスラエル軍がすでにガザ南部ラファの「不毛地帯」に、ハマスの関与を排除するよう設計された配給拠点を設置していると伝えている。
報道によると、イスラエルの計画では、警備チェックを受けた各世帯の代表者のみが、支援物資を受け取ることになり、この代表者が物資を届けられるのは家族・親族に限られる。配給拠点への立ち入りは、徒歩のみが認められる。
イスラエル国防当局は、配給すべき援助物資の平均量を1世帯あたり1週間あたり70キロと見積もったという。 報道によると、イスラエル軍は最終的に配給拠点の外に駐留し、兵士が直接関与することなく援助活動家らが食糧を配給できるようになるという。
イスラエルとアメリカは、ハマスが私腹を肥やすために食糧を盗むことを、この新システムで阻止すると主張している。ハマスによる援助物資へのアクセスや車列の警備への関与を阻止することで、ガザ地区住民に対してハマスが抱く影響力を弱めたい考え。
しかし、この計画の実現可能性には大きな疑問が複数指摘されている。国連の援助体制は現在、約400カ所に援助物資配給拠点を設けているが、ガザは危機的状況にあり、大規模な飢餓が差し迫っていると警告されている。
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ジュネーヴで行われた国連の記者説明で、援助関係者は「慎重に検討」したうえで、アメリカとイスラエルの共同計画への参加を見送ると決めたのだと説明した。すでに流布しているGHF文書は、国連には正式に提示されていないという。
国連児童基金(ユニセフ)のジェイムズ・エルダー報道官は、アメリカとイスラエルによる計画は、苦しむ子供を減らすどころか、むしろ増やすことになると述べた。民間人は援助物資を受け取るために軍事地域まで行かなければならなくなり、最も弱い立場にある子供や高齢者は、配給拠点にたどり着くのに苦労することになると報道官は指摘した。
報道官はさらに、すべての配給拠点をガザ南部に設置するのは、援助を「おとり」として利用し、ガザ地区の住民を再び強制的に移住させることが狙いのようだと指摘した。国連によると、ガザ住民の90%が内戦中に避難を余儀なくされ、大勢は複数回の移動を強いられている。
国連の諸機関が検討した計画では、1日あたりトラック60台分の援助物資の搬入が想定されている。しかし、これは必要とされる量よりもはるかに少なく、今年に入り2カ月続いた停戦中に毎日搬入された量の1割に過ぎない。
OCHAのラーケ報道官は、一言で言えばイスラエルの提案は「原則に基づく人道支援の最低基準を満たしていない」と述べた。
複数の専門家は、ガザ援助をめぐる現在の行き詰まりは、国連がパレスチナ自治区で展開する大規模な人道支援活動にとって存亡の危機を意味すると指摘。さらにそれに加えて、国連の将来の活動にも影響を及ぼす可能性があるとも話す。
仮に国連が紛争当事者の片方の軍の要求を受け入れるような計画に同意すれば、国連が中立で公平だという認識が損なわれる。そして、国連が活動する他の紛争地域でも同じように要求される事態につながる、危険な前例となる可能性がある。
国連や他の援助機関はまた、イスラエルが許可すれば直ちにガザ地区に入れるよう、現在ガザ地区の国境検問所付近に何トンもの物資が積み上げられていると指摘する。
イスラエルによる封鎖が終わらなければ、飢饉(ききん)の危険性が高まることが予想される。
イスラエルはガザ北部ジャバリアですでに、ハマス掃討作戦を集中的に展開している。このジャバリアにいるパレスチナ人家族はBBCに対し、炊き出しの配給を待つ間、絶望が募っていると話した。
「タキア」と呼ばれる炊き出しの場所は、争奪と混乱の場所と化していた。
「毎日ここに来て、子供たちに食べさせるため、鍋を持って待つ」のだと、ウム・アフメドさんは話した。「鍋に入れてくれる物だけでは、お腹はいっぱいにならない。2カ月も苦しんでいる。小麦粉も何もない。私たちがしっかり食べられるよう、国境を開けてほしい」。
アフメドさんは、援助物資受け取りのためイスラエル軍がガザ南部への移動を強制しようとしても、自分は応じるつもりはないと話す。
「交通費も食費もない!」と彼女は叫んだ。「ここから避難したくない。ここを去るくらいなら死んだ方がましだ」 。
「食べ物が手に入る場所は、もうタキアしかない」のだと、5時間も行列していたモハメドさんは言った。
「妻は妊娠中で体調が悪く、病院に連れて行くことができない。それでどうやって、私にラファに行けというんですか?」