使えなかった「お守り」 福祉が救えなかった老夫婦の悲劇
介護保険サービスを利用していないのに、サービスを受けるために必要な要介護認定は受けている――。
制度を担う自治体の担当者たちは、そんな状態のことを「お守り認定」とひそかに呼んでいる。
「いつかに備えた認定で本来は不要。余計な仕事が増えて大変だ」とやゆする意味が含まれている。
しかし、本当にそうだろうか。
要介護認定を受けながら「生きるか、死ぬか」の状況にまで追い詰められた80代の夫婦のケースを例に考えてみたい。
「2人で頑張る」が合言葉
男性(87)が妻と出会ったのは27歳の時。妻は5歳年下で、お見合い結婚だった。
引っ込み思案で寡黙な男性は、明るく社交的で気丈な妻にひかれた。
大阪府八尾市で建築業を営み、2人の子どもを育てた。
やがて子どもたちは自立。男性も仕事を引退し、夫婦の老後生活が始まった。
年金は月15万円ほど。決して余裕のある生活ではなかった。それでも人付き合いの苦手な男性を妻が引っ張るスタイルは変わらずで、「2人で頑張る」という合言葉を支えに生きていた。
今から10年ほど前のことだ。過去の交通事故の影響で足が不自由だった妻は、介護が必要な状態になった。
炊事、洗濯、入浴介助に服薬管理。家事も、妻に必要なサポートもすべて男性が受け持った。それでも「苦ではなかった」と男性は振り返る。
「天に向かって叫びたい」
そんな生活が5年ほど続いた。夫婦のほころびは、妻の認知症から始まった。
妻は読経を日課にしていたが、経を唱えながら声を荒らげるようになった。「毒をまかれた」。近隣住民に対する根拠のない非難も交ざり、時には警察沙汰にも発展した。男性はその度、近所に謝罪して回った。妻をたしなめると「あなたがおかしい」と反論された。
変わっていく妻の姿を見るのが苦しかった。食事の時間をずらし、隣に敷いていた布団を別室に移した。
「ほんまにつらくて、天に向かって叫びたい気持ちでした。逃げ場がなく、絶望を感じていた。妻はさみしそうな表情をしていました」
距離を置きたいという本音と、介護を投げ出すわけにはいかないという義務感。男性はその間で揺れていた。
実は、妻は体が不自由になり始めた当初、…
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