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2025年8月20日

「非自己iPS細胞を⽤いたパーキンソン病細胞治療の医師主導治験 (Kyoto trial)」における移植後免疫反応の制御戦略と解析

ポイント

  1. 穏やかな免疫抑制でも生着に成功:今回の医師主導治験での免疫抑制療法ではタクロリムス単剤を使用しました。その結果ヒト白血球抗原(HLA)が不一致のレシピエントでも、臨床的には明らかな免疫反応は認めませんでした。
  2. 高感度検査が示す潜在リスク:HLAが不一致のレシピエントでは、高感度のリンパ球混合試験(MLR)にて潜在的な免疫反応のリスクが示されました。
1. 要旨

 森実飛鳥 元特定拠点講師(当時:CiRA臨床応用研究部門、現:神戸市立医療センター中央市民病院 再生医療研究部 部長)、髙橋淳 教授CiRA臨床応用研究部門)らは京都大学医学部附属病院と連携し、非自己iPS細胞を用いたパーキンソン病の細胞移植の医師主導治験(Sawamoto N et al., Nature 2025、CiRAニュース 2025年4月17日)において、免疫反応に焦点を当てた研究を行いました。今回のパーキンソン病の細胞移植治療では、タクロリムス注1)単剤で免疫抑制注2)を行う事に成功しました。これは従来の胎児中脳細胞移植や他の臓器移植で用いられてきた免疫抑制療法よりも軽いプロトコルです。移植治療では、免疫抑制による効果と副作用のバランスが重要ですが、本研究の成果は、より安全性の高い移植治療の実現に向けた一歩と考えられます。

 この研究成果は2025年8月20日「Cell Stem Cell」のオンライン版で公開されました。

Fig.1 論文の概要

2. 研究の背景

 中枢神経系は免疫租界注3)と言われ、比較的免疫反応が起きにくい組織と考えられます。一方、過去に行われた胎児中脳組織を移植した結果を考慮すると、中枢神経の細胞治療でもある程度の免疫抑制が必要と考えられてきました。パーキンソン病に対してiPS細胞やES細胞という多能性幹細胞を用いた細胞治療の臨床試験が日本を含め各国で行われていますが、この分野での免疫抑制療法は確立されていません。

 本研究グループは、過去に報告したサルでの非臨床研究の結果(Morizane A et al., Nature Communications 2017、CiRAニュース 2017年8月31日)に基づき、今回の医師主導治験の免疫抑制プロトコルを作成しました。移植ドナーには日本人で最も頻度の高いHLA型注4)をホモ接合で有するiPS細胞が使用されました。対象患者さん7名のうち、HLA適合が3名、非適合が4名でした。対象患者さん7名に対し、HLA適合の有無に関わらずタクロリムス単剤、目標トラフ値5-10 ng/mLという免疫抑制療法を移植後15ヶ月間行いました。

3. 研究結果

1)PET画像や血清検査では明らかな免疫反応が起きていないことを確認  脳の免疫担当細胞であるミクログリア注5)の活性化を捉えるPET検査(TSPO PET)注6)を移植後3, 6, 12, 16ヶ月で行いましたが、どの症例においても、又いずれの時点でも陽性所見は認められませんでした。

 また、移植前、移植後2年までの各時点で採取した血液を解析しました。代表的な炎症マーカーであるインターフェロンガンマ(IFN-γ), インターロイキン2(IL-2), 腫瘍壊死因子α(tumor necrosis factor-α; TNFα)注7)をELISAという方法で調べましたが、術前に比べてそれらのマーカーの血中濃度は上がっていませんでした。また複数の代表的なヒト炎症マーカーを網羅的に調べるキットを用いて解析しましたが、やはり有意な上昇は認められませんでした。ドナー細胞に特異的に反応する抗体(donor specific antibodies: DSAs)が患者さんの体で新たに作られているかについても検索しましたが、新たな抗体の産生は認められませんでした(Fig.2)。

Fig.2 ドナー特異的抗体の検知方法と推移

2)iPS細胞由来樹状細胞を用いた高感度リンパ球混合試験  レシピエント注8)から採取した末梢血単核球(peripheral blood mononuclear cell: PBMC)注9)を用い、刺激細胞と混合しPBMCの免疫応答性(増殖反応)を調べる試験(リンパ球混合試験:MLR)を行いました。刺激細胞としては、ドナー細胞(iPS細胞由来ドパミン神経)もしくはiPS細胞由来樹状細胞(iPSC-DC)注10)の2種類を用いました。ドナー細胞とPBMCを混合しても明らかな反応は認めませんでした。一方、iPSC-DCとPBMCを用いた高感度の混合試験では、HLA非適合群で適合群に比べて有意に高い反応が認められました(Fig.1および3)。詳細な解析の結果、反応しているのはPBMCの中のT細胞(CD4もしくはCD8陽性)注11)であることが判りました。これらの結果によりHLA適合移植は潜在的な免疫反応のリスクを下げている可能性が示されました。これらの結果は研究チームが過去に報告したサルでの動物実験の結果と一致するものでした。

Fig.3 iPS-DCとのリンパ球混合試験

4. 本研究の意義と今後の展望

 免疫抑制療法は移植片の生着には必須であるものの、副作用としての易感染性、腎機能障害などが懸念されます。免疫抑制療法を軽度にすることで、これら副作用のリスクが減ります。本治験はパンデミックのさなかで行われましたが、易感染性による問題などは起きませんでした。ただし、本研究は7名という小規模で2年間という限られた期間で行われたため、さらなる研究が必要です。また、術後免疫反応をモニターする手段の開発も必要です。PETによる検査は有用ですが費用が高く、細胞移植が一般治療となった際に全例で行うのは困難と考えられます。今後は血液検体等を用いて免疫反応をモニターする検査技術の開発が期待されます。

 今回の知見に基づき、個々の患者さんで必要十分な免疫抑制療法を行うことで、iPS細胞を使った再生医療の安全性と有効性をさらに向上させていきたいと考えています。

5. 論文名と著者
  1. 論文名 Control of immune response in an iPSC-based allogeneic cell therapy clinical trial for Parkinson's disease
  2. ジャーナル名Cell Stem Cell
  3. 著者 Asuka Morizane1,2*, Emi Yamasaki1, Takero Shindo3, Takayuki Anazawa4, Nobukatsu Sawamoto5, Atsushi Shima5, Hodaka Yamakado5, Etsuro Nakanishi5, Masanori Sawamura5, Yosuke Taruno5, Daisuke Doi1, Tetsuhiro Kikuchi1, Yuri Kawasaki1, Megumu K. Saito1, Takayuki Kikuchi6, Yoshiki Arakawa6, Susumu Miyamoto6, Yuji Nakamoto7, Ryosuke Takahashi5,8, and Jun Takahashi1 *責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA) 臨床応用研究部門
    2. 神戸市立医療センター中央市民病院 臨床研究推進センター
    3. 京都大学大学院医学研究科 血液・腫瘍内科
    4. 京都大学大学院医学研究科 外科
    5. 京都大学大学院医学研究科 脳神経内科
    6. 京都大学大学院医学研究科 脳神経外科
    7. 京都大学大学院医学研究科 放射線診断科
    8. 京都大学総合研究推進本部
6. 本研究への支援

⽇本医療研究開発機構(AMED)の再⽣医療等実⽤化研究事業「パーキンソン病に対するヒトiPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞の細胞移植による安全性及び有効性を検討する臨床試験(治験)に関する研究(23bk0104126h0003)」

7. 用語説明

注1)タクロリムス 臓器移植後の拒絶反応を抑えるために使われる免疫抑制剤の一種。

注2)免疫抑制 免疫細胞の働きを薬などで意図的に抑えること。移植された細胞や組織に対する拒絶反応を防ぐために行われます。

注3)免疫租界 脳や目、精巣など、免疫反応が比較的起こりにくい場所。

注4)ヒト白血球抗原(HLA) ほとんどすべての細胞の表面に存在するタンパク質で、自分の細胞とそうでない細胞を見分ける目印となります。臓器移植や細胞移植では、ドナーとレシピエントのHLA型が一致するほど免疫拒絶反応が起こりにくくなると考えられています。

注5)ミクログリア 脳の免疫細胞で、神経細胞の活動を助ける役割や、ウイルスなどの異物を除去する役割を担っています。

注6)PET検査(TSPO PET) 体内に投与した薬剤(プローブ)から出る微量の放射線を画像化する検査。TSPO PETは、脳内の免疫担当細胞であるミクログリアの活性化を捉えることで、脳内の炎症状態を調べることができます。

注7)インターフェロンガンマ(IFN-γ)、インターロイキン2(IL-2)、腫瘍壊死因子α(TNFα) いずれも免疫細胞から分泌され、免疫反応や炎症に関わる「サイトカイン」と呼ばれるタンパク質の一種。

  1. インターフェロンガンマ(IFN-γ) 主にT細胞やNK細胞から産生されるサイトカインで、抗ウイルス作用や抗腫瘍作用を持つほか、マクロファージなどの免疫細胞を活性化させ、免疫反応を強力に進める役割を担っています。
  2. インターロイキン2(IL-2) 主にヘルパーT細胞から産生され、T細胞の増殖や活性化を促すサイトカインです。免疫反応の調節において中心的な役割を果たしています。
  3. 腫瘍壊死因子α(TNFα) 主にマクロファージやT細胞から産生されるサイトカインで、免疫細胞の活性化や炎症反応の誘導などに関与します。一方で、過剰に産生されると自己免疫疾患や敗血症などの原因にもなります。

注8)レシピエント 臓器や細胞などの提供を受ける側の人。

注9)末梢血単核球(PBMC) 血液中に含まれる細胞のうち、リンパ球や単球といった、核を一つ持つ細胞の総称。免疫反応を調べる際に用いられます。

注10)樹状細胞(DC) 免疫細胞の一種。体内に侵入した異物(抗原)を取り込み、ヘルパーT細胞などの他の免疫細胞に抗原の情報を提示することで、免疫応答のスイッチを入れる重要な役割を担っています。

注11)T細胞(CD4陽性あるいはCD8陽性) 免疫細胞の一種で、異物を攻撃する司令塔の役割をもつCD4陽性T細胞(ヘルパーT細胞)や、自らが異物を直接攻撃する役割を担うCD8陽性T細胞(キラーT細胞)があります。

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