惑星「K2-18b」の生命関連分子は “見間違い” かもしれない? 懐疑的な研究結果

2025年4月に報じられた「太陽系外惑星『K2-18b』にて、生命に関連しているかもしれない分子を発見した」というニュースを覚えていますでしょうか? 世界中のメディアが報じたことで、記憶に新しいと思う人も多いでしょう。その根拠は、生命活動で放出される分子「ジメチルスルフィド(DMS)」と「ジメチルジスルフィド(DMDS)」が、K2-18bの大気中から高濃度で検出されたからです。

しかしながら、シカゴ大学のRafael Luque氏などの研究チームは、この研究発表の根拠となった観測データを独自に見直したところ、分析結果がノイズの影響を受けやすいことを突き止めました。Luque氏らは、現在取得可能なK2-18bの観測データを分析しても、生命とは無関係の分子を、生命関連分子と見誤っている可能性が十分にあり得るとしています。

この研究は、本記事の執筆時点ではプレプリントサーバーの「arXiv」に投稿されていますが、Astronomy & Astrophysics誌のレター版として掲載が決まっています。

「途方もない主張には、途方もない証拠が必要だ」

【▲ 図1: 恒星K2-18(奥側)の周りを周回する惑星K2-18b(手前)の想像図。(Credit: A. Smith & N. Mandhusudhan)】

2025年4月に、ケンブリッジ大学のNikku Madhusudhan氏などの研究チームが発表した研究は世界を騒がせました。その内容は、地球から約124光年の距離にある太陽系外惑星「K2-18b」の観測により、生命活動に関連して生成される化学分子、いわゆる「バイオシグネチャー」を発見したというものです。

2015年に発見されたK2-18bは、生命がいてもおかしくないような穏やかな環境を持つ惑星として元々注目されていましたが、具体的な証拠が挙がったことで、このニュースは世界中の多くのメディアが報じました。

本誌soraeでもこの話題は取り上げたため、詳しい内容は記事末尾に掲載した関連記事を参照していただければ幸いですが、要点を述べれば、K2-18bの大気中から高濃度のバイオシグネチャーを発見しただけでなく、その確証度が過去の研究と比べると高いとするものでした。

Madhusudhan氏らの研究は、2023年9月と2024年4月の「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)」によって取得された観測データの分析によるものです。大気に含まれる分子は、その種類によって特定の波長の光を吸収するため、光の波長を詳しく調べれば分子の種類を逆算することができます。Madhusudhan氏らはこの分析により、K2-18bには「ジメチルスルフィド(DMS)」と「ジメチルジスルフィド(DMDS)」というバイオシグネチャーのどちらか、または両方が高濃度で含まれていると主張しました。DMSとDMDSは、地球では主に海洋の植物プランクトンの活動によって生成される分子であり、生命活動以外での生成方法は知られていません。

しかし科学の世界では、いかなる主張であっても、その根拠となった証拠の確かさが重要となります。天文学者でSF作家でもあるカール・セーガン氏が唱えた「途方もない主張には、途方もない証拠が必要だ(Extraordinary claims require extraordinary evidence)」という言葉がよく知られているように、一般大衆の耳目を集めるような主張には、とりわけ強い証拠が求められる事になります。今回の研究結果にも、既にいくつかの代替案が唱えられていますが、本当にK2-18bの大気中からDMSやDMDSを発見できたのかという根本的な点に懐疑的な主張が唱えられています。

この研究結果は3σの有意性であり、これは無関係の現象でこの結果が偶然得られた可能性は0.3%であることを意味しています。この値は過去の研究結果と比べれば、確かに確証度が高いものとなります。しかしこの数値は、科学の世界においては、発見を主張するのに必要な最低値をギリギリ満たしているに過ぎません。強く発見を主張するには、ゴールドスタンダードとされる5σ以上の有意性、つまり結果が偶然である可能性が0.00006%を下回る必要があります。

しかし、その段階に入る前に、3σの有意性だとする主張も検討しないといけません。DMSやDMDSと似たようなシグナルを出す分子は無数にあるため、いくら結果の確証度が上がろうとも、シグナルそのものを見誤っていれば、生命関連分子の発見であるとは言えなくなるためです。

見つけた分子は生命関連分子ではないかもしれない

シカゴ大学のRafael Luque氏などは、まさにこの点を述べています。いくら高性能なウェッブ宇宙望遠鏡を使った結果と言えど、現在取得可能な観測データから本当にDMSやDMDSを発見できるのかについて疑問を抱いたのです。

そこでLuque氏らは、Madhusudhan氏らと同じ観測データを2種類の手法で独立して分析し、観測データからDMSやDMDSを発見可能かどうか、特に、他の分子と完全に区別可能かどうかを慎重に検討しました。その結果、見た目の上ではDMSやDMDSのように見える分子を見つけることはできたものの、その分析結果はノイズの影響を非常に受けやすいことを突き止めました。また、ウェッブ宇宙望遠鏡より前の複数の望遠鏡による観測データを考慮すると、DMSやDMDSの証拠はさらに弱くなることも明らかにしました。

【▲ 図2: 左側が2025年4月に発見が主張されたDMSとDMDS、右側が今回の分析で仮定された分子の代表例であるエタン。分子の末端部が同じ形をしていることに注目してください。(Credit: Ben Mills(DMS分子とDMDS分子の3Dモデル) / Benjah-bmm27(エタン分子の3Dモデル) / 彩恵りり(構造式、文字入れ、配置))】 【▲ 図3: Luque氏らによるK2-18bの観測データの分析結果。グラフの色が異なるのは、DMSとDMDSのペア、およびエタンの存在の有無について複数の異なる条件で分析しているからです。グラフが重なっていてそれぞれを見分けにくいことからも分かる通り、分析結果には決定的な違いがないようにも思えます。(Credit: R. Luque, et al.)】

特に注目されるのは、DMSやDMDSの分子構造です。分子はその種類によって特定の波長の光を吸収しますが、分子構造が似ていれば吸収する波長も似てくるため、確実な区別が必要となります。しかしLuque氏らは、分析されたデータのノイズが多いために、観測データが確実にDMSやDMDSを示しているのか、それとも構造が似ている他の分子を示しているのかを区別することができないとしています。

例えば「エタン」は、DMSやDMDSと見誤る可能性がある分子の代表例です。図2で分子を見比べれば分かる通り、これらの分子はいずれも両端にメチル基(炭素原子1個と水素原子3個)がついていますが、この影響で吸収する光の波長が似ています。エタンは、海王星など、明らかに生命の兆候が見つかっていない惑星の大気にも含まれています。もし、K2-18bの大気に含まれている分子がエタンである場合、生命の兆候という “途方もない主張” をせずとも説明がつくことになります。

Luque氏らは、現時点ではK2-18bの大気にDMSやDMDSが含まれているかどうかを確定させることはできないとし、ウェッブ宇宙望遠鏡によってさらに多くの観測データが必要であるとしています。より具体的には、DMSやDMDSと、エタンや他の炭化水素を3σの有意性で見分けるためには、最低でも25回のトランジット(K2-18bが恒星の手前を横切ること)を観測する必要があると推定しています。

“生命の兆候” の主張は慎重に受け止めた方が良い

Madhusudhan氏らによるK2-18bの研究結果について、Luque氏らが懐疑的な結果を主張したのは、もちろん通常の科学的議論の範疇です。しかしそれ以上に、Luque氏らは、天体物理学における最も重要な疑問に対して、より包括的な見解を提供するために今回の研究結果を発表したと述べています。

「太陽系以外に生命が存在するか」という問いに対する答えは、天体物理学の、そしてある意味では私たちにとっても極めて重要となります。この分野の研究が、拙速な議論を避けて慎重に積み重ねられているのは、この問いの答えが非常に大きなインパクトを持つことの傍証であるとも言えるでしょう。今回の研究論文の筆頭著者であるRafael Luque氏は、所属するシカゴ大学のプレスリリースの最後に以下の言葉を載せています。

“Answering whether there is life outside the solar system is the most important question of our field. It is why we are all studying these planets. We are making enormous progress in this field, and we don’t want that to be overshadowed by premature declarations.”

「太陽系外に生命が存在するかどうかを解明することは、私たちの研究分野で最も重要な課題です。だからこそ私たちは、これらの惑星を研究しています。私たちはこの研究分野で大きな進歩を遂げつつあり、そして進歩が時期尚早な宣言によって曇らせられることを望んでいません。」

ひとことコメント

科学的な主張は言いっぱなしで終わりではなく検証も反論もされる。これこそ科学の本質って感じだと思うのよ。(筆者)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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