利下げ求めるトランプ氏に難題、FRB議長交代でも金利上昇止まらず
トランプ米大統領は連邦準備制度理事会(FRB)に利下げを求めているが、パウエル議長を退陣に追い込むだけでは金利低下は長続きしないかもしれない。
構造的な要因によって、借り入れコスト上昇の兆しが出ている。政府と企業が減税や国防費、人工知能(AI)投資のため債務を積み上げる一方で、ベビーブーマーの退職や米中の経済デカップリング(切り離し)に伴い、そうした貸し付けの原資となる貯蓄が細りつつある。
FRBの独立性を脅かすトランプ氏の攻撃で、米国の貯蓄はさらに減る恐れがある。苦労して稼いだマネーの価値が、政治に動かされる中央銀行によってインフレで目減りするのを、投資家が望まないためだ。
こうした状況を総合すると、米10年国債利回り4.5%が「ニューノーマル」となる世界が見えてくる。
住宅ローンや社債の基準となるこの利回りを、トランプ氏らは引き下げたいと考えている。
ただ、ブルームバーグ・エコノミクス(BE)の分析によれば、むしろ4.5%を下回るよりも上回る可能性のほうが高い。米国にとって、これは痛みを伴う移行を意味する。
過去30年余りにわたり、借り入れコスト低下が経済構造を変え、米政府は財政を破綻させず債務を積み上げ続けることができた。低金利は、米国の住宅・株式相場を押し上げた。
しかし今、その流れが逆転している。米国は、利払い費が国防費を上回り、7%の住宅ローン金利が住宅価格を圧迫する時代へと向かっているのだ。
こうした現実は、新たなFRB議長を任命すれば全てが解決するといったトランプ氏の主張への反証となる。
トレンド逆転
パウエル議長は向こう数カ月、短期金利引き下げを主導する可能性がある。労働市場軟化の兆しに加え、クーグラーFRB理事の任期途中での辞任に伴いトランプ氏が自身の要求に沿った政策担当者を起用する機会を得たこともあり、9月の利下げ観測が強まっている。
ただ景気循環を俯瞰(ふかん)的に見ると、より深い論理が働いていることが分かる。
マネーの価値も他の価格と同様、供給と需要のバランスによって決まる。貯蓄の供給が増えれば金利は低下し、投資の需要が増えれば金利は上昇する。
貯蓄の供給と投資の需要を均衡させる「自然利子率」は、1980年代初頭から2010年代半ばにかけ30年余りにわたり低下してきたが、ここにきて上昇に転じている。低下をもたらしていた要因は複数ある。
貯蓄に関しては、第2次世界大戦直後に生まれたベビーブーム世代が働いて退職後に備え資金を蓄えてきた。
中国は巨額の貿易黒字を抱え、人民元の上昇を抑えるため輸出収入を米国債に投資していた。サウジアラビアなどの産油国も同様で、原油輸出による収入を米国債に振り向けてきた。
レーガン政権からオバマ政権に至る歴代の米大統領は政策金利決定に介入しなかった。これに伴いFRBの独立性は維持され、貯蓄の価値がインフレで失われることはないといった安心感が広がり、米国債の安全資産としての魅力が高まった。
一方、投資面では、第2次世界大戦後に急速な生産性向上をもたらした時代が、次第に過去のものとなっていった。
米経済の成長率は、1960年代の平均4%超から2000年代には2%未満へと低下。有望な投資機会が減った。冷戦の終結により国防費は抑制され、政府の借り入れも制御された。
01年時点では、国内総生産(GDP)に対する米債務の比率は30%をわずかに上回る水準にとどまり、財政黒字も実現している。
IT(情報技術)が安くなったことも後押しした。企業はこれまでより少ない投資で、より高い計算能力を得られるようになった。こうした要因が重なった結果、貯蓄が潤沢な一方で、投資需要が乏しい状況が続き、自然利子率は低下した。
ところが今、そのトレンドが逆転しつつある。ベビーブーム世代は退職。貯蓄を積み増すのではなく、年金を使って、消費する側に回っている。
中国は自国通貨の変動を許容し、以前のような形で人民元上昇を抑えるためドルを買う必要がなくなった。
サウジアラビアなどの産油国も同じような道を進み、米国債の購入から、自国周辺のプロジェクトへの支出や、将来有望なビジネスへの投資に軸足を移している。
地政学も無視できない。22年に始まったロシアによるウクライナ侵攻を受け、米国とその同盟国はロシア資産約3000億ドル(約44兆3000億円)を凍結。その副作用として、経済制裁の手段として使われた米国債は、準備資産としての価値を損ねた。
世界情勢が不安定となり、各国政府は国防費の増額を余儀なくされている。投資家はドイツやフランスの国債を米国債に近い代替資産として扱っており、こうした国の借り入れ増加は、米金利上昇圧力につながる。
ベビーブーマーの退職や中国・産油国による貯蓄過剰の終焉(しゅうえん)、そして政府の借り入れ拡大を受け、自然利子率の推移は下向きから上向きに転じた。
BEによれば、自然利子率は12年に1.7%まで低下した後に上昇基調で、24年は2.5%程度となった。
人口動態や債務などに基づく予測に従えば、30年には2.8%に達し、米10年債利回りも4.5-5%のレンジにとどまる見通しだ。
この上昇幅は、一見すると小さく映るかもしれない。しかし、世界の金融システムにおけるマネーの価値を左右する金利の動きとして、極めて大きな意味を持つ。変動リスクは、下方ではなく上方に向かっている。
原題:Trump’s High Interest Rate Obstacle Is Bigger Than the Fed Chief(抜粋)