マイナ保険証移行で医療DX参入の波 DeNAやサイバー
日本でも遅ればせながら医療分野のデジタルトランスフォーメーション(DX)が動き出している。
2024年12月2日から従来の保険証の新規発行が停止され、順次、健康保険証をマイナンバーカードに一体化する「マイナ保険証」への移行が進むことになった。国はマイナ保険証を起点に医療DXを推進。厚生労働省は、医療DXに関連するシステムの開発・運用主体として、現在の社会保険診療報酬支払基金を抜本的に改組し、「医療DX推進機構(仮称)」を25年度にも設立する計画だ。
国を挙げて医療DXが推進される背景には、少子高齢化で増大する医療費の抑制という財源面の制約に加え、医療現場での労働環境の改善にも迫られており、これまでと同様の医療サービスを維持していくためにはデジタル投資が不可欠だという事情がある。
ひとくちに医療DXと言っても、様々な形態が考えられる。
代表的なのが、国が進めている「医療データ共有の促進」だ。マイナンバーカードを軸に一元化した患者の過去の医療情報や処方情報を、医療機関同士あるいは患者と医療機関の間で共有できる仕組みの構築を進めている。ニッセイ基礎研究所の村松容子主任研究員は「医療機関の間で患者情報の共有が進めば、患者が治療ステージの変化に応じて、柔軟に医療機関を変えられるようにもなる」と指摘する。
大病院での治療からケアの段階に移行した患者が地域の診療所に移行すれば、より効率的な医療が可能になる。患者の情報のみならず、医療機関同士で医療のノウハウも共有することで地域間格差の是正も期待できる。
医療機関内での人工知能(AI)を含むテクノロジーの活用も医療DXの一つだ。KPMGヘルスケアジャパン代表取締役の大割慶一氏は、医療が精密化し複雑化していることを念頭に「データに基づいて意思決定を高度化しなければ、患者ごとに最適な治療法を選択したり、予後予測したりすることが難しくなる」と指摘する。
さらに未病段階の国民を含め、自らの健康に主体的に関わるためのデジタル投資も進んでいる。自治体や健康保険組合に作成が義務づけられている「データヘルス計画」は、レセプト(診療報酬明細書)や健康診断の結果といった被保険者のデータを分析し、個人の健康リスクに応じた保険事業を計画することで、病気の発症や重症化を防ぐ取り組みだ。健保財政が悪化する中で、被保険者の健康増進に働きかけ、医療費を適正化する狙いがある。
こうした幅広い医療DX市場に相次いで新規参入しているのが、テクノロジーに強みを持つ大手ネット企業だ。
代表格のディー・エヌ・エー(DeNA)は、14年に遺伝子検査サービスでヘルスケア事業へ参入。その後、M&A(合併・買収)によりメディカル事業にも参入した。
同社は主力のゲーム事業と比べて相対的にボラティリティー(変動率)の低い、ヘルスケア・メディカルやスポーツ・まちづくりといった事業を「社会課題領域」と位置づけ、第2の柱に成長させる方針。27年3月期までの3年間で、ヘルスケア・メディカル事業で年間50億円の利益貢献を目標に掲げる。
ヘルスケア事業では自治体や健保組合を対象に、グループのDeSCヘルスケア(東京・渋谷)の健康管理アプリ「kencom(ケンコム)」の導入を進める。DeNAがゲーム事業などで培ったノウハウを活用し、ゲーム感覚で利用してもらうことで4年以上のアプリ利用継続率は60%に達する。併せて、22年に子会社化したデータホライゾンが、レセプトデータなどを分析して保険者のデータヘルス計画の作成などを支援する。
DeNAヘルスケア事業本部の砥綿義幸副本部長はケンコムについて、「国はPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)など国民が自らの健康情報を入手できるインフラの整備を求めており、自治体を中心に導入が進んでいる」と話す。
一方、同社のメディカル事業の中心は、22年に子会社化したアルム(東京・渋谷)が手掛ける医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」だ。医療関係者専用の「LINE」のようなもので、主に救急現場で活用される。
例えば、救急搬送されてきた患者のコンピューター断層撮影装置(CT)画像を専門病院に送ることで、遠隔にいる専門医の判断を仰ぎ、患者を移送せず、その場で適切な治療を行うことができるという。アルムの坂野哲平社長は「遠隔診療によって、少ない医療資源でも持続可能な医療を提供できる」とサービスの意義を強調する。
サイバーエージェントは、新型コロナウイルスが流行していた20年4月の経営合宿で医療分野への参入を決定。現在は子会社のMG-DX(東京・渋谷)が事業を手掛ける。
MG-DXの堂前紀郎社長は、「サイバーグループの強みを生かして、医療機関のみならず患者視点にも立ったサービスを提供したかった」と参入の背景を説明する。新型コロナを契機にオンライン診療の実施要件が緩和されたこともあり、オンライン診療・オンライン服薬指導のシステム「薬急便」の提供を開始した。
25年3月には薬局での受付業務を遠隔から支援するAIロボットのサービスも始める。有資格者である薬剤師の事務負担を軽減することが狙いだ。薬急便でマイナンバーカード取得者向けサイト「マイナポータル」との連携を進めるなど、PHRデータを活用した事業への参入も視野に入れる。
ネット企業による医療IT(情報技術)分野への参入は今後も続く可能性が高い。
KPMGヘルスケアジャパンの大割氏は医療ITの現状について、「医療機関、保険者、自治体ともに投資余力には制約もあり、早期のマネタイズ(収益化)は難しいものの、今後加速する労働供給制約を見据えると潜在的な市場は巨大で、そこに商機を見いだして新規参入が続くだろう」と話す。
さらに、現時点では各社がサービスの対象とする領域やソリューションの内容はまちまちだが、大割氏は「将来的には(各社とも)個別のソリューションを統合したより大きな事業となり、(医療ITの)プラットフォーマーが出現する方向に市場が再編されるのではないか」と指摘する。
こうしたプラットフォーマーを念頭に置いた動きも出てきた。
GMOフィナンシャルホールディングスの子会社であるGMOヘルステックは24年9月19日から、医療機関に医療プラットフォームの無料提供を開始した。医療プラットフォームは、クリニック向け基幹システムの「AIチャート byGMO」、患者向けクリニック検索・予約サイトの「GMOクリニック・マップ」、調剤ロボットを導入しオンライン服薬指導に対応する「薬局24」の3つから構成される。
医療機関は基幹システム導入で、患者の呼び込みから会計に至る一連の業務を一元管理できるほか、AIによる文書作成支援機能を使ってカルテの記入などを省力化できる。25年春にはクラウド電子カルテを搭載し、サービスを導入する医療機関の間で医療データを共有するネットワークの構築も予定する。
プラットフォームの無料提供で多くの医療機関を囲い込み、将来的に医療機関向けのマーケティング支援や、患者や医療機関の同意の下で集積したビッグデータの活用などで収益化する考えだ。
少子高齢化が加速する日本では、DXによる医療の効率化が待ったなしの課題だ。医療現場の労働環境改善に向け、24年4月から医師の働き方改革で時間外労働の罰則付き上限規制が開始された。そうした中で医療の質を確保するためにはDXを活用する以外に道はない。異業種の力をうまく取り入れながら、新たな医療の仕組みを構築できるかが問われる。
(日経ビジネス 岡山幸誠)
[日経ビジネス電子版 2024年11月29日の記事を再構成]
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