【シーズン2】兄がボケました~認知症と介護と老後と「第3回 今だけを生きる兄」

  寒くなっていよいよ本格的な冬がやってきました。一緒に暮らしていた認知症を患う兄が特別養護老人ホームに入所したため、現在一人暮らしをするライターのツガエマナミコさんは、昨今の物騒なニュースに胸を痛めながら、今秋も兄を訪問してきたそうです。

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 毎年、暮れが近づくと物騒な事件が多くなるような気がいたします。今年は特に全国的に夏からアルバイトによる凶悪な強盗事件が頻発しており、物騒さが何倍にも膨れ上がっております。例えオートロックの我がマンションでも不安はつきません。近所で周囲を見ながら歩いている人や、道端でメモを取ったりしている人を見ると「スーツ着てるけど、なんか怪しい」という目で見てしまいます。

 怖いのは、住人が在宅していても強引に侵入してお金も命も奪ってしまうこと。さらにその人材がアルバイト募集で成立していることでございます。プロならいいってわけではございませんが、人を傷つけることなく「え?どうやって?」と思わせるような鮮やかな手口で金品だけを奪い去るのが泥棒の美学ではないのでしょうか。いや~、これはアニメ「ルパン3世」や「キャッツ・アイ」の見すぎでございますね。失礼しました。

 なにはともあれ、用心に越したことはないというか、「人を見たら泥棒と思え」と子供たちを教育しなければならない世の中のようでございます。

 そう思うと、マンション内の子供たちが、「おはようございます」を言わないことも致し方ない気がしてまいりました。

 ずっと、不満だったのです。こちらが「おはようございます」と言っても無視しているマンションの子供たちのことが…。「声が出せない病気なのか」と自分を納得させておりましたが、今となってはそのくらい用心しないと、子どもたちが危険な目に遭うということなのでございましょう。

 今週も兄のところへ面会に行って参りました。

 施設の最寄り駅からのバスが1時間に2~3本なので、だいたい決まった曜日、決まった時間に行くことになるのですが、ここ1か月ほどは、行くと「今、お隣のユニットで体操とお歌をやってるんですよ。お連れしましょうか?」と言われます。どうやら火曜日と金曜日の午後は体操とお歌の時間のようで、わたくしはいつも「終わるまで待ちます」といい、兄の部屋でぼ~っとしております。集まる人数によって早く終わったり、長かったりマチマチですが、先日は「ジングルベ~ル、ジングルベ~ル」などを皆さんで歌っているのが聞こえてまいりました。扉を隔てているので姿は見えませんでしたが、歌に合わせて手を叩いたり、体を揺らす兄を想像して「楽しんでくれているといいな」と思いを馳せております。

 先日の兄待ち時間は、少しだけクリスマスっぽく飾りつけをしてまいりました。と言っても100円ショップのキラキラのモールを入り口に貼り、100円ショップのポインセチアをテレビの横に置いただけ。

 しばらくして、車イスを押されて部屋に帰ってきた兄に「お帰り~」というと「誰?」という顔をされました。でも「お兄ちゃん、また来たよ」というと「そうなの?」と言い少し笑ってくれました。「もうすぐクリスマスだからさ、キラキラするの飾ったよ。ほら、見て」と言ってみましたが、反応はほとんどありません。クリスマスが何なのか、キラキラだから何なのか、さっぱりわからないといった様子でございました。

 こちらが世間話をすれば「そうだよね」とか「え?そうなの?」と、彼なりに話を合わせて相槌を打ってくれるものの、内容を理解しているわけではないのは明らかで、空しいばかりでございます。小学生の時の話や、子どもの頃住んでいた団地の話にももう無反応で全部忘れてしまったようでございます。

 目の前のことしかわからない世界に兄は住んでいるのでしょう。過去も未来もない。今だけの世界。思い出す後悔も将来の不安もなく、今を生きているとすれば、生き物として理想的な、あるべき姿のような気も致します。

 過去のものが捨てられず、将来のためにとお金に執着してしまう愚かなわたくしよりも今の兄は無邪気で崇高な存在だと感じます。

 そんな風に思えるのも、食事から下の世話までやってくださる施設スタッフの方々がいるからです。自宅で介護していたときには兄が憎らしくて、邪魔くさくて、とてもそんな風に思えませんでしたから…。

 スタッフの方々と元気でいてくれる兄に多謝でございます。

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職業ライター。女性61才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。

イラスト/なとみみわ

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