松任谷由実、“AIと人間の共生”に向き合った40枚目のアルバムを語る「私の最高傑作です」(会見レポート / イベントレポート)

松任谷由実が40枚目のオリジナルアルバム「Wormhole / Yumi AraI」を11月18日にリリースすることを記念して、本日10月17日に東京・109シネマズプレミアム新宿で本作の試聴会が開催された。

AIと人間の共生

53年にわたる音楽活動の中で“時間”や“時空”といったテーマをもとに楽曲を作ってきたユーミン。“Yumi AraI”名義での作品となる本作では「もし荒井由実が肉体を離れ、別の次元で生きていたら?」「“多次元の世界”があるとするなら、そこに存在する荒井由実はどんな音楽を作っているのか?」という想像のもと、Chrono Recording System(クロノレコーディングシステム)と名付けられた独自の制作手法が導入された。荒井由実時代から現在に至るまでのボーカルトラックを当時のマルチテープから抽出し、音声合成ソフト「Synthesizer V」に学習させ、その膨大な声の記録をもとに、“荒井由実~松任谷由実”の声を再構築・合成。“第三”の松任谷由実の声を作り上げるという前例のない挑戦を行い、“AIと人間の共生”というテーマに向き合った。

試聴会にはユーミン、プロデューサーの松任谷正隆、ミックスエンジニアのGOH HOTODA、「Synthesizer V」を開発したプログラマーのKanru Huaが登壇。現在アルバムを携えてのツアーを準備しているユーミンは「このアルバムを肉体に落とし込むために、先日まで『どうしたらいいんだろう?』という状態だったんですけど、数日前にストンと体に入りまして。『AIと共生できた』という手応えがありました」と顔をほころばせる。ソロアーティストとしてデビューするまで、もともと作曲家志望だった彼女は「今回は誰が歌うというところを取っ払って、まず作曲家として自由に作りました。初期衝動をすごく感じましたね。ここまでやってきて、まだ初期衝動が沸き起こるというのは自分でもすごいことだなと思ってます」としみじみと語った。

今回ボーカルにAIが使用されているが、楽曲の作詞作曲には用いられていない。当初アルバムの収録曲「岩礁のきらめき」の作詞にAIを取り入れることも考えたというユーミンは「今までラーニングさせてきたAIに『あなたは松任谷由実です』と言って作ったら、もしかしたら聴く人は違和感がないかもしれないレベルかもしれないのですが、自分ではまったく興味のない内容になってしまって。新鮮味がないんですよ。自分が生活の中で感じた小さな衝撃が、強いフレーズを持ってくる。置きにいくようなフレーズになると、やっても意味がないなと思いました」とAIが制作した歌詞を却下した理由を明かし、「特に日本語って行間の隙間にたくさん情報があるんですよね。それをAIはまだ学習できないと思います。“自分”がなくなってしまったら、AIに飲み込まれてしまう。“自分というものがしっかり強くある“ということが、AIと共生できることだと思います」とAIと生身の人間の境界線に関する見解を述べた。

今までのエッセンスをすべて注ぎ込むことができた、私の最高傑作です

Kanru Huaが言うには、「Synthesizer V」は歌詞とメロディを入力して簡単に人の歌声を作れるソフトウェア。彼はユーミンのデーターベースを作るにあたって「最初にデータをいただいたときに、ほとんどが僕が生まれる前の曲だということを感じたんですよ。そのあとに考えたのは、ここから僕が作り出す新しい声をどうやって使うのかということ。要するにアーティストのユーミンさんがどういう意図を持って、なんのために作品を作っていくのかっていうことを考えました」と語った。

HOTODAはアルバム制作において苦労したポイントについて「今回は最初の録音から松任谷(正隆)さんにお誘いいただいて。松任谷さんとは音楽の趣味が共通するところがあったので、ベース、ドラム、ストリングスといった楽器の収録に関してはスムーズにいったと思うんですけれど、一番の大きなテーマは『Synthesizer V』に合成されたユーミンさんの声だった。最初にデモがきたときは、もうびっくりするほど本物に近いと感じるんですよね。でも、やっぱり2、3回聴いていくと『これはユーミンさんの声ではないな』というふうに思ってしまう。ミックスを繰り返していくことで、だんだん人間の本物の声との差ができてしまう」と話し、「そうすると松任谷さんから、『Synthesizer V』で修正したものが送られてくるわけですよ。それを繰り返して、『ミックスはこれでもうおしまい。プリントしましょうね』という最後の段階で、また更新されたものが送られてくるんですよね。そのぐらいプロセスが長いんですけれども、面白いことに、だんだん『Synthesizer V』で作られたユーミンさんの声に愛着が湧いてくるんですよ。どんどんこう熟成されていくのが非常に興味深かったですね」と制作を振り返る。正隆も「彼女が歌ったものをMIDIに変換して、『Synthesizer V』の荒井由実の声にしていくんですけど、僕はMIDIから『Synthesizer V』への変換の仕方がまだ初心者レベルだったから、もっとバージョンアップしてリアルな若い声にしようとしたら、やり直しばかりになったんですよ」と「Synthesizer V」に向き合った8カ月間を回顧した。

正隆は「今回やったようなプロセスは、ほかのアーティストも挑戦していくと思う。誰もが自分の声を学習させることができるようになるだろうし、そういうソフトにも発展していく。可能性が広がりますよね」とAIの音楽シーンへの影響についても言及。「Synthesizer V」ではいつの時代の声の要素を強くするか調整もできるとのことで、彼は「ユーミンさんは90年代の声の割合を強くしようとしていましたが、僕はもっと昔の70年代っぽいもののほうがコントラストが出て面白いなと思って」と語る。ユーミンはアルバムについて「キャリアを重ねてきたからこそテクノロジーも得て、今までのエッセンスをすべて注ぎ込むことができた、私の最高傑作です」と言い切った。

なおアルバムにはフジテレビ木曜劇場「小さい頃は、神様がいて」の主題歌「天までとどけ」、テレビアニメ「伊藤潤二『クリムゾン』」のオープニング主題歌「烏揚羽」やテレビドラマ「魔物(마물)」に提供した「岩礁のきらめき」、imaseとのコラボ曲「文通」のアルバムバージョンなど全12曲が収録される。

この記事の画像(全5件)

※記事初出時、本文に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

リンク


Page 2

関連記事: