トランプはなぜ習近平を厚遇?「大きな成果」より欲しかった“意外なもの”(ダイヤモンド・オンライン)
● 「トランプ外交の失敗」は本当か? 中国の習近平国家主席は国賓としてアメリカを訪れ、トランプ大統領は最大級の歓迎で迎えた。だが、台湾、イラン、AI、レアアースなどの重要項目では、目立った合意は発表されなかった。 米中は、2025年10月から続く貿易休戦を2カ月延長することで合意している。中国はフェンタニルの原料となる化学物質への規制強化などにも応じた。だが、世界の二大大国の首脳による三日間の訪問を経た結果としては、いかにもお粗末である。 そのため、アメリカ国内でも「華やかな演出の割に実質がない」という批判が出ており、日本でも「トランプ外交の失敗」「中国に譲歩した」といった批判的論調が目につく。 だが、私はそうは考えていない。そもそもトランプ氏は今回、大きな合意を成立させることを目的にしていなかったのではないか。また、習氏を異例なまでに厚遇したことも、中国への譲歩ではなく、むしろ今後の交渉のための「貸し」を作る計算だったと考える。● トランプが選んだ「関係を壊さない」外交 今回の会談では、最初から大きな突破口は期待されていなかった。 ロイターも会談前、米中双方が最優先しているのは新たな大型合意ではなく、2025年以来の貿易休戦を維持し、米中関係を安定させることだと報じていた。台湾やイランなどでは立場の隔たりが大きく、首脳会談一回で解決できるような状況ではなかった。
実際、ホワイトハウスが会談後に発表したファクトシートを見ると、中国によるフェンタニル関連化学物質の規制、米国法執行機関の情報に基づく中国人21人の逮捕など、小粒で実務的な内容が中心だった。
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● 政策は変えない、でも習近平は厚遇する…トランプ流交渉術の狙い 今回、トランプ氏は安全保障や先端技術をめぐる基本政策について、大きな政策的譲歩をしていない。「台湾独立に反対する」とも約束しておらず、台湾への武器供与の停止もしていない(延期はありうる)。対中半導体規制を全面解除したわけでもない。 しかも、首脳会談直前に、日米首脳が対中政策についてしっかりと打ち合わせをやっている。また、マルコ・ルビオ国務長官は日本や韓国との外相会談で、「同盟国防衛へのコミットメントは揺るぎない」と明言し、台湾海峡の平和と安定の重要性も強調している。 つまり、「中国に対する安全保障政策に変化はない」という構えを作った上で、米中首脳会談にのぞんでいるのである。「政策は変えないが、外交儀礼は尽くす」というやり方で、トランプ氏は習氏との関係を今後の交渉に生かそうとしていたと考えるのが自然だ。 実は習氏にとって「外交儀礼を尽くされること」は、大きな意味を持っている。 中国経済は不動産不況、消費低迷、地方財政問題などを抱えており、低成長を受け入れなければならない瀬戸際まで来ている。軍上層部では相次ぐ粛清が続き、権力集中の裏側で党内統制をめぐる不透明さを増している。 なお、習一強体制をめぐる異変については、ダイヤモンド・オンライン『「習近平重病説」はなぜ突然広がった?「習一強」を揺るがす3つの異変』に、詳しく解説している。 習氏はこれまで「中国が上昇し、西側、とりわけアメリカが衰退している」という「東昇西降」と呼ばれる世界観を繰り返し語り、アメリカ衰退論を強調してきた。その延長で、トランプ氏が前回の首脳会談で何度も習氏を持ち上げたことを「アメリカが歩み寄ってきた」と主張している。
習氏が、もしアメリカから冷遇されれば、これまで語ってきたアメリカ衰退論が疑問視される可能性もある。つまり、習氏が自らを正当化する物語を、今回の厚遇が守ってくれるのである。
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もちろん、アメリカ側もそのことは把握しており、だからこそ大統領自身が習氏を国賓として迎え、豪華な晩餐会を開き、「友人」と呼ぶのである。習氏にとって、米国から対等な大国の指導者として扱われ、その映像を国内向けに示せることには大きな政治的価値がある。 これを中国国内で繰り返し流すことで、国内向けの正統性を補強する材料として利用できる。 トランプ氏は、政策的に大きな譲歩をすることなく、習氏に大きな「恩」を与えることができたわけだ。● トランプの「個人外交」は本当に危険なのか? 米中関係研究で知られるオーヴィル・シェル氏が、Foreign Affairsデジタル版に、米中首脳会談について「トランプ氏と習近平氏の首脳外交では米中対立の構造そのものは変えられない」と論じている。 現在の米中関係は、米国が半導体や先端技術、中国が重要鉱物や供給網を使って相手を圧迫する「締め付け外交(chokehold diplomacy)」の状態にあり、首脳同士の友情で解決できるものではないという。 シェル氏はさらに、トランプ氏が「習近平との個人的な関係」を過大評価していると批判する。トランプ氏は習氏を「偉大な指導者」「友人」と呼び、個人的な信頼関係によって大きなディールを成立させようとする。 だが、習氏は感情を表に出さず、妥協を弱さと見なしやすい。5月の北京会談でも、トランプ氏が盛んに親密さを強調した一方、習氏は距離を保ち続けた、とシェル氏は指摘している。 トランプ氏が「個人外交」を好むことに、シェル氏は批判的であり、その論にはたしかに説得力がある。 だが、この論は物事を一方的に見過ぎている。トランプ氏が習近平氏との個人的関係に依存している面があるのは否定しないが、同時に、習氏にとってもトランプ氏との個人的関係が重要になる効果があるからだ。
アメリカ議会もアメリカ国民も中国に対して厳しい見方をし、米軍は中国を長期的な軍事競争相手と位置づけている。その逆風の中で、トランプ氏だけが習氏に特別待遇を与えれば、「アメリカとの関係を安定させるためには、トランプとの関係を壊してはいけない」というインセンティブが生まれる可能性がある。
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これはトランプ氏が昔から好む交渉方法の一つである。制度そのものよりも、自分自身を交渉の中心に置き、「私と良い関係を持っていれば、あなたは得をする」と思いこませるという手法だ。 たとえば、第一期政権の北朝鮮外交でも、トランプ氏は金正恩氏を「友人」と呼び、首脳間の「特別な関係」を繰り返し強調している。その一方、2019年のハノイ会談では条件が折り合わないと見ると合意せず席を立ち、個人的な友好関係を作ることと、政策上の譲歩をすることは同じではないことを示した。 今回の習近平氏への厚遇も、同じ手法の延長線上にあると考えれば理解しやすい。そして、本当の交渉は、相手が個人的関係に価値を感じるようになった後から始まるのである。今回の国賓待遇がそうした計算の一部だったとすれば、「トランプは習近平に甘い」という見方は適切とは言えないだろう。 もちろん、ホワイトハウスがファクトシートで「習近平を個人的に依存させるために国賓待遇した」と説明しているわけではないが(そんなことしたら「元の木阿弥」だ)、これまでのトランプ氏の交渉パターンを見て、私はその見方のほうが有力だと考える。● 「レアアースカード」には限界がある トランプ氏に今すぐ中国と正面衝突する必要がない理由がもう一つある。レアアースだ。 現在、中国は重要鉱物や永久磁石で極めて強い交渉カードを持っている。実際、ロイターは今回の首脳会談前、中国のレアアース支配がトランプ政権の対中姿勢を慎重にさせていると報じていた。 アメリカが中国への関税や技術規制を強めれば、中国は重要鉱物の輸出を絞ることができる。 ただし、レアアースカードには限界がある。アメリカ、日本、オーストラリアなどは、中国依存から脱却するための供給網整備を急いでいる。日本と米国は重要鉱物、精錬、リサイクル、永久磁石などで協力を深めている。 中国が有するレアアースカードは短期的には強力な外交的武器となるが、時間がたつほど弱くならざるをえないのである。
それを前提とすると、トランプ氏が行った習氏の「国賓厚遇」が合理的であることがわかる。
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アメリカは中国との対決を先送りにして、その間、重要鉱物の代替供給網を整え、同時に習氏との個人的な関係を作り、トランプ氏個人への依存を強めさせる。そのことによって、米中関係を安定させ、中国による台湾への軍事行動を抑止しつつ、イラン問題でも協力を引き出す可能性が高められる。 私はこれこそがトランプ氏の計算の一つだった可能性があり、今回の会談を表面だけを見て「成果がなかった」と評価するのは早計だと考える。● 日本は「時間稼ぎ」を最大限利用せよ こうしたトランプ氏の計算を前提としたとき、日本がとるべき道は自ずと明らかになる。 第一に、米中首脳の「親密な演出」に過剰反応しないことだ。 日本のメディアや一部の有識者は、米中が接近するたびに「頭越し外交(ジャパン・パッシング)」の懸念を抱きがちだ。上述したように、今回の厚遇はトランプ氏特有の相手を絡め取るための手法であり、同盟国を見捨てるサインではない。 むしろ、会談直前に日米首脳や外相間で緊密なすり合わせが行われている事実こそを重く見るべきだ。 第二に、トランプ氏が作り出したこの「猶予期間(モラトリアム)」を最大限に利用し、経済安全保障の構築を急ぐことだ。 トランプ氏が対中衝突を先送りしている間に、日本は米国やオーストラリア、グローバルサウス諸国と連携し、レアアースをはじめとする重要鉱物の代替サプライチェーンを構築し、中国への依存度を決定的に引き下げなければならない。中国の「レアアースカード」の賞味期限が切れたときこそ、米中対立の実質的な第二幕が上がるからだ。 第三に、トランプ氏に対して「日本こそが最も価値あるパートナーである」と継続的に認識させることだ。トランプ氏は個人的な関係を重んじる一方で、極めてドライな損得勘定で動く。日本が半導体規制や防衛力強化、供給網の再編で米国の戦略にいかに不可欠な存在かを、具体的な「ディール」の形で示し続ける必要がある。 米中首脳会談の「成果のなさ」は、嵐の前の静けさである。華やかな国賓待遇の裏で進む地政学的な時間との戦いに、日本もすでに組み込まれていることを忘れてはならない。
(評論家、翻訳家、千代田区議会議員 白川 司)