「信念を貫き通すのは、俳優の道を外れないため」若葉竜也が最新出演作で肯定できた過去の選択

心の底からピュアな人なんだと思う。商業主義的な芸能界で生きるには、あまりにも純粋で。その美しい魂を誰にも売り渡すことなく戦い続けているから、彼を見ていると胸の奥がきゅっと震えるのだろう。

俳優・若葉竜也。多くのシネフィルが愛する才能が、初めて台本を読まずにやりたいと熱望した映画が公開された。それが『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』だ。

00年代の傑作音楽映画『アイデン&ティティ』を手がけた監督・田口トモロヲ×脚本・宮藤官九郎のタッグが再結成。1978年、“東京ロッカーズ”と呼ばれるムーブメントを起こした若者たちの熱狂と蹉跌を描いた、新たなる青春音楽映画がここに誕生した。

若葉が演じるのは、“東京ロッカーズ”の一角を担うTOKAGEのボーカル・モモ。売れ線に乗ることを嫌がり、ただ自分の好きな音楽を追い求める姿が、若葉竜也の生き様と交差する。

一見すると、ぶっきらぼう。でも本当は誰よりも愛情深く優しい。そんな若葉竜也の言葉が、今、鳴り響く。

若葉竜也

──若葉さんは本作のどんなところに惹かれて出演を決めたのでしょうか。

僕にとって『アイデン&ティティ』は、10代のときに観て衝撃を受けた映画でした。その『アイデン&ティティ』チームと一緒に映画をつくれるということが、何よりも大きかったです。

お話をいただいて即答でした。たぶん初めてじゃないかな、台本も読まずにやりたいと言ったのは。

──『アイデン&ティティ』の何にそんなに衝撃を受けたのでしょうか。

僕が『アイデン&ティティ』を観たのは、吉祥寺バウスシアターという劇場でした。当時チャリで行ける範囲に住んでいたので、チャリで駆けつけて。その頃は、これからも俳優を続けるのか続けないのか、迷っていた時期。そういった自分の憂鬱やフラストレーションが、映画に全部昇華されていた。

観終わった後、帰り道の景色が全然違ったんですよね。こんな映画だったら出てみたいと思った。いつかどんな形でもいいからこういう映画に携わりたいと思って走り続けてきて、ようやく叶ったのが、この『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』なんです。

──若葉さんといえば大衆演劇の一座に生まれ、演じることが日常の生活に溶け込んでいたと思います。その中で、俳優ではない道を模索する瞬間があったということでしょうか。

俳優以外だったらなんでも良かったんですよ。ただ、俳優になりたくなかった。ずっと変な仕事だな、やりたくないなと思っていて。テレビドラマに出てみても、そこが自己顕示欲を満たす場に見えた。あいつは誰よりも売れているとか、誰々は売れていないとか、そんな価値観のほじくり合いしかないなら自分はいいやって興味がなくなったんです。

ただ、映画は好きで、映画に関しては特別な意識を抱いていたから、よく吉祥寺バウスシアターには通っていました。その中で『アイデン&ティティ』が今度上映するよというのを見て。僕はゴイステ(GOING STEADY)とか銀杏BOYZを聴いて育った世代なんで、峯田(和伸)さんが出るなら観に行くしかないなと思ったんです。

──『アイデン&ティティ』は、俳優という仕事に希望を見出せなかった若葉さんの心の何を変えたのでしょう。

好きなことだけを追求すればいいんだと、戦っていいんだということを教えてくれたのが、『アイデン&ティティ』でした。ファイティングポーズをとれ、好きな事だけをやる覚悟を持て、と言われた気がしました。

映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』本予告

──若葉さんが演じたモモは、実在するバンド・LIZARDのモモヨをモデルとしています。ライブパフォーマンスであったり、モデルに寄せている印象を受けましたが、この役にどうアプローチしていったのか聞かせてもらえますか。

あくまでモモとモモヨさんは別人だと切り分けていました。ただ、モモヨさんのライブ映像はもちろん拝見しましたし、音楽もめちゃくちゃ聴き込みました。その中でインプットされたものが自然発生的に出てきたというか。モモヨさんに寄せようと計算していたわけではなく、練習しているうちにああなりました。

ライブ映像も全部が残っているわけではなくて。モモヨさんが映ったと思ったら、カメラが別の方向に向いていってモモヨさんがいなくなったり。だからそこから先は自分で想像するしかない。残されたものを指針にしたところで、答えはカメラの前に立ってる今この瞬間しかないから。結局は、1から自分で人物造形しなきゃいけないよなという点では、他の役と違いはなかった気がします。

──記録として残されているモモヨさんを見て、どういう人だという印象を受けましたか。

笑顔の写真もいっぱい残っているんですけど、ちょっとどこか寂しいムードがする人なんですよね。その寂しさは台本を読んだときにモモにも感じたことで、そこは二人の共通項として持っておこうというのはありました。

──モモヨさんご本人にはお会いになっていない?

会ってないんです。今、入院されていて(取材は1月中旬に実施)。会いたいですけどね。モモヨさんも会いたいと言ってくださっているみたいで。

──Xでモモヨさんが「TOKAGEのモモとの出会いが一番の楽しみ」とつぶやかれていました。

うれしいですね。照れくさいですけど(笑)。きっと撮影中にお話を聞いていたら影響を受けていたと思うので、今だから話せる話みたいなのを聞いてみたいです。

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──若葉さんのモモを見て一番に浮かんだのは「無垢」という言葉でした。時折あまりにも幼い顔をされるので、びっくりしちゃって。

モモは寂しがり屋で、恐ろしくピュアで繊細。台本を読んだときから、大人と子どもが混在しているようなイメージはありました。

若葉竜也が演じたモモ

──変な話ですが、私たちが知っている若葉さんの顔なのに、絶対若葉さんじゃない顔になってるんです。すごいなと思いました。

この映画をやる前に、良くも悪くも自分を取り巻く環境が変わって、すごく自分を拘束するものが増えたような感覚があった。そういうフラストレーションと怒りが溜まっていた時期に台本が上がってきて、読んだら自分が書き殴ったんじゃないかと思うくらい、そのときの僕が思っていたことが言語化されていた。

だから、台詞を覚える速度も恐ろしく早かったです。2時間で1冊入りました。普段は何日もかかるのが、2時間。それくらい喋る言葉に違和感が全くなかったんです。

映画の中で、ユーイチと車の中で話すシーンがありますよね。「売れたものがいいものってわけじゃないだろ」っていう。あそこなんか青臭すぎないかと言われてしまうけど、でも本当の話だし。そういうことを本気で言ってしまえるピュアさが、モモにはある。あの台詞を自分の肉体を通して喋ろうと思ったら、狙って子どもの顔みたいなことはできないんですよ。言葉にしたことで自分の細胞が変わる瞬間というか、筋肉が変わる瞬間があるんだと思う。

──あそこまで売れることを良しとせず、メジャーとなることを拒む姿勢というのは、正直全員が持てるものではないなと思いました。

売れるという言葉自体めちゃくちゃ抽象的で、「何それ?」みたいな感覚は自分にもあります。誰かの求める像に自分を押し込めることが、売れてる人になるということなのか。自分のやりたいことをやった結果、みんなに知ってもらえる人になるのか。『アイデン&ティティ』でもまさにそこが描かれていて。

やりたくないことをやって売れるより、やりたいことだけをやって売れるのが理想形だってことはみんなわかっている。なのに、それを言ったらカッコ悪いみたいな風潮が現代にはあって。映画でそれを声を大にして言えたのは大きかったです。

──お恥ずかしい話ですが、自分はモモの言うこともわかりつつ「でも結果、売れたらやりたいことをやれるんだから、まずは売れたほうが早くない?」というつまらない大人のようなことも思ってしまいました。

「売れたらなんだってできるよ」って、10年くらい前の芸能界ではよく言われていました。俺も昔、「謎の偉い人」によく言われました。でも、断言すると100%嘘です。

──そうなんですか。

むしろ有名になればなるほど、できないことのほうが多くなります。

──それはイメージとか、いろんなしがらみが発生するからですか。

それもあるけど、人ってやっぱりいきなり方向転換はできないんですよ。たとえば今まで売れるためになんでもやってきた人が、売れて仕事を選ぶようになったとする。そしたら必ず「天狗になったの?」みたいな言われ方をされるんです。むしろ、髭を剃る剃らないのことまで他人にごちゃごちゃ言われたりします。だから、騙されないでくださいって俳優には言いたいです。

──それはわかる気がします。やっと仕事の基盤が出来上がったから、ずっと我慢してきた理不尽な待遇に対して初めてNOと言ってみたら「調子に乗ってるね」と言われるみたいなことは、結構あるあるかもしれない。

でも、そうやって飲み込んできたのは自分の責任でもあるんですよね。いくら環境が変わったからといったって、いきなりスタンスを変えると無理が生じる。やってきた歴史は簡単に変えられないというのが現実だと思います。

──若葉さんは若くして「売れる」という王道のルートから自らの意志で逸脱したわけですよね。今回この映画をやって、自分の選択や道のりが肯定されたような気持ちはありましたか。

それはありましたね。売れるために自分の信念を捻じ曲げたり、目立つために誰かを蹴落としたり、全員から愛されようと無理してみたり。そういうのは自分には向いてないと思ったんですよね。だから、そっちには行かないと決めた。それよりも、マイナーだとか地味だとか言われながらでも、みんなと戦いながら、時には本当に喧嘩もしながら、身を粉にできる作品だけをやるという道を選んでよかったと思いました。

そういう人間でないと、この役はできない気がするんですよね。監督からも「この役は若葉くんがやるから意味がある」と言ってもらって。すごくうれしかったんです。

──大人になると、自分の信念を守る潔癖さとか、社会や慣習に抗う気骨が、どんどん薄れていく気がしていて。でも、若葉さんの中には変わらずにパンク精神のようなものがずっと宿っているんですね。

別にそういうふうになりたいわけではなくて。僕はこの作品のためなら自分の全部を削ってもいいやと思えるものでないと、参加できないんです。そこまで自分の覚悟が乗っていない作品に出たときのダメージがデカすぎるというか。

僕はメディアに出たり番組でトークしたり舞台挨拶に出るときに全く緊張はしなくて。唯一、人生で緊張するのは芝居をする現場だけ。それだけのプレッシャーを背負うにもかかわらず、あんまり納得していない作品をやると相当疲弊するし、もうこの仕事辞めちゃおうかという気持ちになる。僕が信念を貫き通すのは、自分が俳優という道から外れないためのブレーキなんです。

──自分のフィルモグラフィに対して、一作も後悔なくやり切れたという納得と自信を持っていたいと。

こうやって映画に出たら、みなさんに「観てください」って言わないといけないじゃないですか。中には、自分が観客だったら観に行かない作品でも観てくださいと言える人もいると思います。でも、自分にはそれはできない。自分が観客だったら絶対観に行くという自信があるから、観てくださいって言えるんです。

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