南極最大の陸上動物は自らを「凍結」させて生きる6mmの昆虫(Forbes JAPAN)
南極は、生命の営みに適した場所ではない。その内陸部は、凍てついた広大な荒れ地であり、気温はマイナス40度を下回ることもある。氷のように冷たい風が、すべての露出したものを切り裂いている。比較的温暖な沿岸部でさえ、夏の気温はマイナスで、大地は岩と氷と雪の荒野だ。 ペンギン、アザラシ、クジラなど、私たちが思い浮かべる南極の動物たちは、いずれも周囲の海に依存している。固有の陸生哺乳類はおらず、爬虫類も存在せず、高等植物の痕跡すら、ほとんど見られない。 しかし、何者も寄せ付けないこの氷の砂漠を征服し、陸地で生き延びている生物がいる。飛ぶことのできない小さな昆虫、ナンキョクユスリカ(学名:Belgica antarctica)だ。 体長わずか2~6mmだが、南極最大の純粋な陸生動物で、固有種としては唯一の昆虫でもある。その小さな体にもかかわらず、ナンキョクユスリカは、地球上で最も過酷な環境の1つに耐えるための生物学的適応能力を備えている。 しかし、気候が変化するにつれて、ナンキョクユスリカが長い年月を生き延びてきた適応そのものが、逆に命取りとなる可能性がある。 ■極限環境に最適化したナンキョクユスリカ ナンキョクユスリカは、普通の昆虫ではない。カやハエの仲間とは異なり、羽を持たない。南極の容赦ない風に吹き飛ばされないための適応だ。 また、2年の寿命の大半を幼虫として過ごし、南極半島と周辺の島々で、コケや藻類、朽ちた有機物を掘り進む。短い夏の間だけ姿を現し、交尾して卵を産むまでのわずか7日から10日だけ成虫として生きる。 成虫は、繁殖のための器に過ぎない。機能的な口を持たないため、食べたり飲んだりすることはできない。その唯一の目的は、過酷な環境に屈する前に繁殖することだ。 生存の真の物語は、幼虫期にある。南極の極寒に耐えるため、一連の驚くべき戦略を進化させてきたのだ。
■ナンキョクユスリカは極寒に耐えるために体の水分を70%失う 南極で生き延びるためには、氷点下の気温、乾燥、そして強い紫外線に耐えねばならない。ナンキョクユスリカは数百万年をかけて、知られているなかで最も極端な生理的適応能力を発達させてきた。 『Journal of Experimental Biology』に発表された2011年3月の研究によれば、ナンキョクユスリカはマイナス15度まで耐えられる。これより低温になると、回復不能な損傷を受ける(外気温は摂氏マイナス40度を下回る環境だが、氷や雪に覆われた土の中は温度が安定しており、マイナス7度を超えないとされる)。 体内の凍結を防ぐため、天然の凍結防止剤に頼る昆虫はいるが、ナンキョクユスリカは少し異なるアプローチをとっている。自らがある程度「凍結」することを許すのだ。 ナンキョクユスリカは、トレハロース、グルコース、エリスリトールといった凍結防止剤を体に蓄積し、細胞内に氷の結晶が形成されるのを防いでいる。外側の組織は完全に凍結しても、内臓は無傷のままだ。 最も驚くべき能力の1つは、体内の水分を最大70%失い、仮死状態に入ることだ。こうした凍結保護を目的とした脱水により、体内に氷が形成されるのを未然に防ぐ。研究者たちはこの生存戦略を、宇宙の真空に耐えることで有名な微小生物クマムシにたとえている。 南極の天候は予測不能であり、突然の寒波は、準備不足の昆虫にとって致命的なものとなり得る。しかし、ナンキョクユスリカには生来の緊急対応能力がある。急速な低温順化だ。急激な温度低下にさらされると、その体は細胞レベルですばやく適応し、わずか数時間で耐寒性を高める。 ナンキョクユスリカの2年の生活環には、長い休眠期間が含まれている。 最初の冬、幼虫は無活動状態に入り、環境が改善するまで発育を停止する。2度目の冬になると休眠状態に入る。今度は生理機能を停止し、これにより、気温が最も穏やかな夏に成虫として出現することができるのだ。 ナンキョクユスリカに関する最も驚くべき発見の1つは、そのゲノムが既知の昆虫で最小の部類に入ることだ。DNAはわずか9900万塩基対であり、極限まで削ぎ落とされている。 この遺伝的効率は、極端な生活様式への適応であり、1カロリーでも重要になる環境でのエネルギー節約を可能にしていると考えられている。