36歳、ロータス エスプリを買う──Vol.4 納車、そしていざ東京へ!

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29歳で人生初のフェラーリを購入した『GQ JAPAN』の編集部員のイナガキが、ひょんなことからあるスポーツカーを購入することに。はたして、“跳ね馬”そして“ゲレンデ”の次はいかに?

前話から続く)いよいよ納車の日、羽田空港は朝の午前7時を回ったところだ。筆者の心臓は、昨晩から奇妙なビートを刻み続けている。これから向かうのは、福岡。「サンク福岡」に佇む、1990年式のロータス・エスプリ・ターボSEを迎えるのだ。「いつかはエスプリを」──36歳になった今、夢の扉をこじ開けてしまった。

羽田8時発、JAL309便。福岡行きの搭乗ゲートへ向かう足取りは、軽いようでいて、どこか地に足が着かない。これほどまでに胸が高鳴るフライトは初めてかもしれない。

9時45分。定刻通り、JAL309便は福岡空港に着陸した。博多の風は、東京よりも少し暖かい。空港から地下鉄に乗り換え、姪浜へ。そこからサンク福岡に向かう。店舗が見えた瞬間、心臓のビートは最高潮に達した。

今回の購入先であり、1000kmに及ぶ過酷なドライブの出発点となった福岡市西区にある「サンク福岡」。輸入車や趣味性の高いスポーツカー、モーターサイクルなどを広く取り扱う販売店である。

30年以上前のクルマとは思えないほど美しい

サンク福岡のガレージに足を踏み入れると、そこにはかつて見た、赤いエスプリが鎮座していた。

「あった……!」

初めて見たときよりも、実物はさらに低く、そしてワイドなように思った。ニューシェイプ(通称スティーブンス・エスプリ)の曲線美と、ターボSE特有のリアウイング、そしてフロントスポイラーが、1990年代はじめの空気を濃厚に纏っている。ボディの赤は、艶やかで、30年以上前のクルマとは思えないほど美しい。

サンク福岡のショールーム内にて、引き渡しの時を待つ1990年式ロータス・エスプリ・ターボSE。周囲には年式の新しい輸入車や大型のモーターサイクルが並んでいるが、ウェッジシェイプを強調した低いシルエットは独特の存在感を放つ。

クルマの鍵を受け取る。小さい。しかし、人生を変える重みを持った鍵だった。

「これから東京まで、自走ですね。1000km。気をつけて楽しんでください」

その言葉に、深く頷いた。1000kmの自走は、エスプリとの最初の、そして最大の試練であり、最高のハネムーンになるはずだ。

前オーナーから引き継がれたドアハンドル周辺の樹脂パーツやシガーソケットなどの部品類。スペアのパーツと思われるものの、はたしてどういった用途で残していたのかは不明だ。

いよいよエスプリのステアリングを握る。コクピットに身を沈めると、着座位置の低さに驚く。まるで地面に直接座っているようだ。

「よし」

心の中でそう呟き、鍵を差し込み、回す。

上質なコノリーレザーで覆われたセンターコンソールのアームレスト上に置かれた、エスプリのキー。ロータスの伝統的なイエローとグリーンのエンブレムが配されたキーホルダーは前オーナーが取り付けたようだ。

「ガルル……!」

2.2リッター4気筒ターボエンジン(910Sエンジン)は、一発で目覚める。アイドリングでは、メカニカルな音が、ダイレクトに背中から伝わってくる。

クラッチは思っていたよりも軽いが、やや重いとも評したい。1速に入れ、ゆっくりとクラッチを繋ぐ。ガレージから一般道へ。一般道に出る瞬間、いきなりノンパワステの洗礼を受けた。ステアリングが、信じられないほど重い。慣れない筆者は腕の筋肉が悲鳴を上げる。

しかし、速度が乗ってくると、重さは、路面の情報を驚くほどダイレクトに両手へ伝える。現代のクルマが失った、運転するといった行為の、原初的な手応えがあるのだ。

パワーステアリング機構を持たないいわゆる“重ステ”。路面からのインフォメーションはダイレクトに掌へ伝わる。

福岡都市高速に乗り、さらに九州自動車道へ。一般道では重く、やや扱いづらかったエスプリが、高速道路では本領を発揮し始めた。

「これが、エスプリの走りか!」

アクセルを少し強く踏み込むと、ターボが過給し、一呼吸置いてから、背中がシートに押し付けられる。30年以上前のクルマとは思えない、加速感だ。

低い視界は、高速道路では、周囲のトラックのタイヤが頭の高さにあるような、独特の恐怖感を伴う。しかし、それ以上に、路面と一体化して走る悦びが勝る。一度速度に乗れば、ボディは思い通り、そしてリニアに反応する。

ミッドシップレイアウトかつ低い車体構造のため、タイヤハウスがキャビン側に大きく張り出しており、足元の空間は狭い。クラッチ、ブレーキ、アクセルの各ペダルが極めて近い間隔で配置されている。

福岡から東京まで、1000km。赤いエスプリとの旅は、始まったばかりだ。

ノンパワステの重み、刺激的なターボ、そして、低い視界から見える景色のすべてが、36歳の人生を、より深く、より豊かに彩ってくれるだろう。

その答えは、この1000kmの道のりが教えてくれる(つづく)。

極端に低くワイドな車体は、一般的な乗用車やミニバンが並ぶ日本のパーキングエリアの風景において特異な存在感を放つ。

【連載バックナンバー】

Vol.1 今なら、あのクルマに乗れるのではないか?Vol.2 ついに実車と対面! 無謀とも言える決断とはVol.3 支払総額のリアルと納車前夜の葛藤

文と編集・稲垣邦康(GQ) 写真・安井宏充(Weekend.)

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