イランの戦略目的は何か ―― 戦闘ではなく、戦争に勝利する



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  • イランの優位
  • 最高指導者の教育
  • 経済兵器
  • 湾岸における対米不信
  • 「首切り」作戦の弊害
  • 生き残り、戦意喪失させる
イランの優位   一般的な紛争の指標でみれば、イランは、アメリカやイスラエル相手に苦戦を強いられている。敵対勢力はイラン国内の重要ターゲットを破壊し、指揮官を殺害し、軍事資産を弱体化させている。しかし、これらは、現在の戦争におけるイランの立場を評価する上では適切な指標ではない。イランが攻撃にうまく耐えているかどうかも正しい指標ではない(実際には、うまく耐えている)。紛争終結時に重要になるのは、テヘランがその戦略目標を達成できているかどうかだ。この側面では、イランは勝利しつつある。 この結果は偶然ではない。1980年から88年まで続いたイラン・イラク戦争で、誕生間もない革命政権が最初の大きな軍事的試練に直面して以降、テヘランは40年近くもこの戦争に備えてきた。 すでに、イランは、アメリカとイスラエルの主要な防空システムを無力化し、湾岸の米軍基地に深刻なダメージをもたらし、大きな経済的ダメージを与え、アメリカと湾岸同盟諸国間に亀裂を生じさせることに成功している。 アメリカとイスラエルの空爆を生き延びているだけではない。戦略レベルで、敵対国を深刻な経済的・政治的問題に直面させていることが、イランに優位を与えている。   最高指導者の教育   今回の戦争でテヘランに恩恵をもたらしている戦略計画を指揮したのは、最高指導者の故アリ・ハメネイだった。2月28日の米・イスラエルによる空爆で死亡したハメネイは、1989年にアヤトラ・ホメイニがこの世を去った後を担ったが、実際には、イスラム共和国を率いる後継指導者として誰もが認める存在ではなかった。 圧倒的な宗教的権威をもつ人物ではなかった。同輩たちの多くと比べれば、その聖職者としての経歴は控えめだった。しかし、(1980-88年の)イラン・イラク戦争期に大統領を務めた経験が、いかなる聖職者としてのランクよりも重要な政治的・戦略的教育を彼に与えた。 イランでは、イラクとの戦争は単なる二国間紛争としては記憶されていない。この戦争は代理戦争とみなされているし、それには十分な理由がある。アメリカ、ソビエト、そしてアラブ世界の多くがサダム・フセイン率いるイラクを武器、情報、外交的に支える一方、1979年のイスラム革命直後のイランは、ほぼ単独で戦争を戦った。 ハメネイそしてこの戦争を戦った軍司令官たちは、「(イスラム国家である)イランが主権と独立を主張し続ける限り、アメリカによる持続的かつ組織的な圧力に直面することになり、その圧力は、いつ戦争にエスカレートしても不思議はない」という基本認識をもつようになった。 さらに、テヘランはイラン・イラク戦争の経験から、必要に迫られて非対称戦争の戦い方を学んできた。この戦争で、イランは通常兵器の供給を絶たれていた。 アメリカは1979年に包括的な対イラク武器禁輸措置を導入し、世界のほとんどの国がイランに兵器輸出をしていなかった。一方、イラクは西側の武器、情報、ソビエトの兵器、そして湾岸諸国からの資金援助を利用できた。 禁輸措置の対象にされ、通常戦力で大きな優位をもつ敵に直面したイランは、状況に応じて、即興的対応を余儀なくされた。高価な兵器や国際的供給網に依存しない、即席兵器による地雷戦や強い動機をもつ武装集団の戦闘員を駆使する戦術を整備していった。 即興として始まった戦術が、やがて首尾一貫したドクトリンへ進化していった。イラン革命の初期に創設され、イラクとの戦争を戦ったイスラム革命防衛隊(IRGC)が、非対称抑止戦略の組織的基盤を担った。その戦略は、奥行きのある軍産複合体の構築、同盟勢力としての非国家アクターの育成、国境を越えた前方防衛、そしてイランが直接的報復にさらされるのを避ける代理勢力の利用で成り立っていた。 その後、数十年にわたって、このドクトリンは洗練され、拡大されていった。 IRGCはヒズボラを本格的な軍事勢力へと育成することを支援し、レバノンへ深く関与するようになった。2003年のアメリカによるイラク侵攻後、イランが支援するイランの民兵組織は、世界最強の通常戦力をもつ米軍と戦うための新たな戦術を整備した。これには、路肩爆弾の高度なネットワーク、情報に基づく米軍関係者のターゲットキリング(標的殺害)、そして攻撃への関与を否定するための代理勢力の利用などが含まれていた。 2011年に始まったシリア内戦では、IRGCの顧問やレバノンのヒズボラを含む同盟関係にある民兵組織は、ジハード主義集団や欧米が支援する軍事集団を含む、現地の多様な勢力を相手とする複雑な紛争を戦い、その結果、高度な作戦経験を積んだ新世代のIRGC指揮官が誕生した。 現在の戦争が始まるまでに、イランは35年もの歳月をかけて、はるかに強力な敵対勢力を前にいかに戦い、どのように生き残るかを学んできた。その教訓は、現在のイランの行動に見事に表れている。 イランがイラクやシリアへ戦闘員や物資を移動させるために構築した、分散型の後方支援ネットワークは、現在の砲撃下でも補給網を維持するために利用されている。米軍に対してイランが支援するイラクの代理勢力が用い、結果を出した戦術的柔軟性、つまり、攻撃を耐え、分散し、再編成する能力が、高官の殺害にもかかわらずIRGCが機能を維持できている理由だ。数十年にわたる準備が、その目的を果たしていることになる。   経済兵器   イランは、経済戦争に備える準備も長年進めてきた。数十年にわたって、イランは主にアメリカが構築した制裁レジームに直面してきた。このレジームは、イランを国際金融市場から遮断し、資産を凍結し、石油からの歳入を締め付け、世界の貿易システムから排除してきた。 このように排除されたイランは、独自の戦略ロジックを考案した。「グローバルな資本主義システムから締め出された国には、そのシステムの構造を維持することへの利害関係はほとんどなく、むしろ、それを脅かす大きな動機をもつ」 イランは現在、まさにそれを実行している。エネルギー・インフラへの攻撃、ホルムズ海峡の航行に対する圧力、そして湾岸諸国の港湾、銀行、テクノロジー企業に対する攻撃は、闇雲なエスカレーション策ではない。これは、米主導の地域秩序を支える経済的基盤、その多くがイランを封じ込めるために構築された秩序に対するシステマティックな攻撃だ。 この作戦の中核要因は、やはり、ホルムズ海峡だ。ここは、世界の石油の約5分の1、肥料の3分の1が通過する海上交通の要衝だ。イランにはこの貿易レーンを完全に封鎖する能力はないが、そうする必要はない。 供給途絶の信憑性のある脅威だけで、エネルギー市場を動揺させ、海上輸送保険料を引き上げ、貿易ルートの確保という防衛任務にアメリカは莫大な軍事資源を投入せざるを得なくなる。その資源は、そうでなければ攻撃目的に利用されるはずだ。 1970年代半ば以来、湾岸の産油国は、アメリカの軍事的保護と引き換えに、石油輸出の大部分を米ドル建てで価格を設定してきた。ペトロダラー(オイルマネー)システムから締め出されているイランが、いまや事実上、そのシステムを(ホルムズ海峡を閉鎖に追い込むことで)人質にしている。 その帰結は、現在の戦闘を超えた領域に及ぶだろう。エネルギー市場の変動が大きくなり、海運コストが高止まりする。湾岸の投資家が先行き不透明感を抱き続ければ、ドル建ての石油決済への信頼も次第に低下するだろう。 イランが単独でこのシステムを解体することはできないが、人民元建ての石油取引を増やし、北京、モスクワ、リヤドですでに進行中の脱ドル化に関する協議を加速することはできる。 これらすべては、テヘランにとっての戦略コストは大きくないが、ワシントンにとって、ホルムズ海峡とアメリカが支える経済構造を守るためのコストは非常に大きい。   湾岸における対米不信   しかし、イランの戦略のなかでもっとも長期的なインパクトをもつかもしれないのは、アメリカと湾岸諸国パートナー間に「くさび」を打ち込みつつあることだろう 1979年以来、ワシントンはイランを封じ込めることを最終目的に、湾岸で安全保障ネットワークを構築し、維持してきた。 1990―91年の湾岸戦争期と戦後に、ワシントンがバーレーン、クウェート、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦に一時的な措置として設立した軍事基地は、次第に恒久施設と化していった。 アメリカがこれらの国々と交わした取引は、はっきりしていた。ワシントンは、湾岸諸国に、地域安全保障をめぐってワシントンと歩調を合わせることを求め、後には、イスラエルとの関係を正常化するか、最低でも米イスラエル関係を許容することも条件に加えられた。その見返りとして、アメリカは湾岸諸国の安全を保証し、米主導の秩序のなかで繁栄する機会を与えるとされた。 テヘランは、こうした関係を単なる集団安全保障合意としてではなく、最終的には「イランの体制を標的とする攻撃的同盟」と捉えた。「米主導のシステムは、紛争になれば、イランを締め付けるツールとされ、イランの貿易を遮断し、経済を締め上げ、イスラム共和国を打倒する軍事作戦の後方支援基地として利用される」とテヘランは警戒した。 さらにテヘランは、このシステムの弱点が、「アメリカがその約束を果たすことに国の安全保障を依存する湾岸諸国が同意するかどうか」にあることも理解していた。しかし長年にわたって、そうした摩擦はイランがつけ込もうにも。あまりに小さかった。アメリカの特定の政策に懸念を抱いたとしても、湾岸諸国はアメリカとの取引を基本的に信頼していた。 だがその信頼も、2019年、イランによるサウジアラビアの石油施設攻撃に対し、アメリカが報復攻撃を見送ったことで亀裂が生じ始めた。そして、2025年、カタールのドーハに滞在中だったハマスの交渉団に対するイスラエルの攻撃をアメリカが阻止しなかったことで、その亀裂はさらに大きくなった。 現在の戦争は、アメリカと湾岸諸国間の取り決めをさらに緊張させている。アメリカの防衛コミットメント上の不均衡を露呈させているからだ。アメリカとイスラエルの防空システムが主にイスラエルの防衛のために配備される一方で、湾岸諸国は同等の保護を受けることなく、自国のインフラが焼失するのをただみているしかない状況にある。 いまや、アブダビ、ドーハ、クウェートシティ、マナーマ、リヤドは、「選択を迫られれば、アメリカは湾岸諸国の安全よりもイスラエルの安全を優先する」というメッセージを受け取っている。イランは数十年にわたって、ワシントンの反応を試すための限定攻撃を試み、イラクやガザでの戦争をめぐるワシントンの公約と実際の行動のギャップを強調するなど、湾岸の民衆にアメリカが信頼できないことを警告することで、この点を示そうと試みてきたが、大きな効果はなかった。しかし、アメリカとイランの戦争によって、いまや、テヘランのメッセージを湾岸の人々も受け止めつつある。 湾岸諸国は親イランの立場ではない。イランを恐れ、自国の経済資産やインフラがイランの標的にされることに怒りを感じている。しかし一方で、この一世代で初めて、湾岸諸国はワシントンとのパートナーシップの価値について真剣に疑問をもち始めている。その疑問とは、まさにイランがこれまで長く喚起しようとしてきたポイントに他ならない ワシントンによる安全の保証をもはや完全に信頼しなくなった湾岸諸国は、米軍の基地を受け入れたり、情報を共有したり、同地域における米軍の作戦に資金を提供したりすることに、かつてほど前向きではなくなっている。イランの長期的な安全保障は、アメリカを軍事的に打ち負かすことではなく、湾岸諸国にとって、アメリカが同地域に駐留し続けることの政治的代償を、維持できないほど高くできるかにかかっている。   「首切り」作戦の弊害   アメリカとイスラエルは戦術的な勝利を収めているが、地域秩序を脅かすイランの軍事能力を解体し、両国政府の一部が依然として望むように、イランに体制転換を強いるという戦略目標の実現には苦戦している。 両国は目標達成のためにターゲットキリングに大きく依存しており、イランの政治指導者やIRGCの司令官を排除すれば、イランの能力を低下させ、その行動を抑止できると考え、行動してきた。しかし、この理論通りには、現実は動いていない。 アメリカやイスラエルとの本格的な戦いになれば、イランの指導者を標的とするターゲットキリングが実施されることをテヘランは長く想定していた。テヘランは、この数十年でアメリカやイスラエルが敵対勢力に対して実施してきたこと、例えば、サダム政権の指導層へのターゲットキリング、レバノンのヒズボラ指揮官の組織的な殺害、IRGC司令官カセム・ソレイマニ殺害のケースを十分に認識していた。 かつてのイラン・イラク戦争における指揮官の喪失は、テヘランにとって危険な脆弱点となった。 アメリカやイスラエルによるターゲットキリングで同様の弱点を抱えこむのをさけるために、過去40年にわたって、テヘランは、意図的に軍事指揮系統を分散させ、自律的に活動できる地域拠点に政治的権限を委譲し、IRGCおよび統治機構のあらゆるレベルで複数の後継候補を育成・準備してきた。これまでのところ、この戦略によって、多くの高官が今回の戦争で暗殺されても、イランは持ちこたえている。 この「首切り作戦」は、ワシントンがおそらく予期していなかった問題をもたらしている。それは、殺害された指揮官に代わって登場した後任の指揮官たちが、多くの点で前任者たちよりも危険であることだ。彼らは若く、イラクで米軍と戦い、レバノンやシリアではヒズボラと共にイスラエル軍と戦ってきた軍人たちだ。 彼らは、地球上でもっとも強力な軍隊を打ち負かすのに貢献したと信じているし、この自負は誇張ではないだろう。彼らは、イラン・イラク戦争の壊滅的な人的犠牲を覚えている旧世代の指導者たちのような慎重さをもっていない。一方で、新しい指導者が直面する組織的な圧力、つまり、自らの力を証明する圧力にさらされている。 おそらく、今後のイラン軍は抑止されるどころか、さらに攻撃的になると考えられる。首脳部の排除は、むしろ、意図とは逆に、事態の悪化を加速するかもしれない。イスラム共和国がこの戦争を生き延びても、その指導部は、「莫大な犠牲を払ったが、それでもアメリカやイスラエルを打ち負かしたと信じる」若く、実戦経験豊かな指揮官たちによって率いられることになる。そのような指導部をもつ戦後のイランは、より穏健なイランではなく、より領土修正主義的なイランになるだろう。   「生き残り、消耗させる」   イランの戦略ドクトリンの核心には「生き残り、相手を消耗させる」という言葉がある。目的は、一般的な意味でのアメリカやイスラエルの打倒ではない。イランと相対することの代償が、軍事的、経済的、政治的に持続不可能であることを両国に思い知らせる。テヘランの役割は、十分な期間、攻撃に耐え抜き、その報復として十分な損害を与えることで、アメリカとイスラエルの戦闘継続への意志を崩壊させることにある。 この戦略は今のところうまくいっている。イランは攻撃を受け止めつつも、機能を維持している。軍事的指揮系統は分散化され、新世代の指揮官たちは旧世代よりもさらに高い戦闘意欲をもっている。経済攻勢は、ワシントンが数十年にわたって築き上げてきた湾岸の秩序を脅かしている。すでにアメリカと湾岸諸国間の亀裂は、湾岸諸国が、不本意ながらも、ワシントンと共に戦争に参加することを検討しているとしても、大きくなっている。 こうした傾向がテヘランに有利な方向で続けば、戦争はイスラム共和国がダメージを受けつつも体制は存続し、一方でアメリカと湾岸諸国の同盟解体という結末を迎える可能性がある。この場合、今後数年にわたってアメリカの地域的影響力は制限されるかもしれない。 イランの通常戦力部門は弱体化するだろう。だが、テヘランがもっとも重視するポイントはさらに強化されるはずだ。それは、「世界最強の軍の攻撃からも主権を守り抜く力をもっていること」に他ならない。圧倒的な軍事力を誇るアメリカとイスラエルは軍事的戦闘では勝利しているかもしれない。しかし、戦争に勝利しているのは、35年にわたる準備と「戦闘での勝利よりも持久力を重視する戦略」をもつイランかもしれない。●   Narges Bajoghli 人類学者で、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院准教授(中東研究)。専門は米イラン関係。  

2026年5月号に掲載

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