日本初の円連動型ステーブルコイン、今夏にも登場へ──発行即100億円規模の流通か【JPYC岡部代表に聞く】
ステーブルコインの世界市場が時価総額35兆円を突破するなか、日本でもその実用化が本格化する。SBI VCトレードが2025年第1四半期に米ドル連動型ステーブルコイン「USDコイン(USDC)」の取り扱いを開始すると発表。
日本円建てステーブルコインの分野では、米サークル(Circle 、USDC発行体)社から世界で初めて出資を受けたJPYC社が今夏にも発行業務を開始する方針だ。
同社はUSDCの規格に準拠し、発行開始から100億円規模の流通量を見込み、その後1000億円、1兆円という段階的な拡大を目指す。
銀行を介さないクロスボーダー決済や企業のDeFi活用など、新たな金融インフラとしての期待が高まるステーブルコイン。日本における本格普及を前に、JPYC社代表取締役の岡部典孝氏に戦略を聞いた。
※本記事では便宜上、JPYC株式会社を「JPYC社」、同社発行予定の電子決済手段に該当するステーブルコインを「JPYC」と表記します。
月間取引500兆円規模
グローバルで拡大するステーブルコイン市場は、その月間取引量が500兆円規模に達する。「東証の株式取引全体の10倍に相当する規模で日々取引されている」と岡部氏(写真下)は説明する。
この市場をリードするのが、テザー社が発行する「USDT」(時価総額約22兆円)とサークル社のUSDC(同約6.5兆円)だ。
特にアフリカや南米、東南アジアなどの新興国では、ステーブルコインが新たな決済手段として定着しつつある。多くの場合、銀行サービスを十分に受けられない地域において、スマートフォンとインターネット接続があれば利用可能なステーブルコインは、効率的な送金手段として機能している。
ブロックチェーン分析企業チェイナリシス(Chainalysis)のレポートによれば、2023年7月から2024年6月にかけての小売・プロフェッショナル向けステーブルコイン送金は、中南米とサブサハラ・アフリカ(アフリカ大陸のサハラ砂漠より南に位置する地域)で前年比40%超の成長を記録した(下表)。
[チェイナリシスレポート ステーブルコインの要点:Cryptoの中で最もポピュラーなアセットの裏側より]自国通貨の価値が不安定な国々において、米ドルペッグのステーブルコインは、デジタル形式での価値保存手段としての役割も果たしている。
翻って日本では、2022年に資金決済法を改正し、ステーブルコインを「電子決済手段」として法制化(2023年6月施行)。発行主体を銀行、資金移動業者、信託会社に限定し、仲介業者には「電子決済手段等取引業」としての登録を義務付けた。
主要国で初めての法制化となったが、岡部氏は「日本は世界に先駆けて法律を作ったが、ライセンスを取れる会社が出てこなかった」と指摘する。
その背景について、「DMMビットコインの事件の影響でシステムリスク管理がより厳格になり、不正流出の原因が十分に解明されていない段階では、審査が慎重になったのではないか」と分析する。
現在も資金移動業には101%、信託型には100%以上の準備預金が求められる規制が続くが、信託型の裏付け資産については短期国債を認めるなど、一部で緩和の動きも見られる。
[金融審議会「資金決済制度等に関するワーキング・グループ」報告より]こうした中、2025年には日本でもステーブルコインの本格的な普及が始まる見通しだ。SBI VCトレードは、USDCの取り扱いを第1四半期に開始する予定とCoinDesk JAPANの取材に答えている。
そして、資金移動業ライセンスに基づき、いち早い日本円連動型ステーブルコインの発行を目指しているのが、JPYC社だ。
ドラフト審査、最終段階
JPYC社は、USDCを発行するサークル社から世界で初めて出資を受けた。これは2021年に実現した出資だが、その狙いは明確だった。
サークル社はUSDCと、EURC(ユーロコイン)を自社で発行しており、日本のステーブルコインも同じ規格で発行できれば、世界標準の確立につながる。岡部氏によれば、初期のJPYCは単純なERC20トークンだったが、バージョン2ではサークルの仕様に完全準拠したという。
現在、JPYC社は資金移動業のライセンス取得に向けた最終段階にある。「(改正資金決済法が施行された)2023年6月1日の朝9時に金融庁に電話をかけて『ステーブルコインを作りたい』といった」と岡部氏は当時を振り返る。
事前相談は3カ月で終了し、その後、約1年半をかけて準備を進めてきた。現在はドラフト審査の最終段階にあり、これをクリアすれば正式な本申請に移行する。
同社は決算期である7月末までの発行開始を目指している。発行開始時には100億円規模の流通量を見込み、その後は「桁で見ている」と岡部氏は説明。1000億円から1兆円への段階的な拡大を視野に入れる。
電子決済手段等取引業のライセンスについては、資金移動業の取得後に着手する方針だ。「本当は同時期に取りたかったが、1つずつやっていこうということに今はなっている」。
すでにSBI VCトレードやコインチェックなど、既存の取引所がUSDC取扱いに向けて準備を進めており、JPYCもこの分野への参入を視野に入れる。
関連記事:SBI、ステーブルコイン「USDC」のサービスを1~3月に開始へ──ビットコインETFの組み入れファンドも検討【2025年始特集】
収益モデルについては、大きく2つの柱を想定している。1つは資金移動業として裏付け資産を運用する収益だ。「1兆円分を発行して、国債の平均金利が1パーセントになれば、100億円の粗利が見込める」と試算する。
裏付け資産の一部を国債で運用することが可能で、現在の長期金利の上昇は「業界全体に追い風」と評価する。
ただし、「競合も、金利が上がってきたから参入チャンスと思う可能性はある」と競争激化も予想する。もう1つの柱が両替手数料で、USDCと日本円の両替で0.5%程度の手数料収入を見込む。「1兆円相当、USDCと日本円を両替したとしたら片道50億円入る」という。なお、決済手数料は完全無料化する方針だ。
また、発行済のJPYCプリペイドと新JPYCの並行運用も予定している。プリペイドは規制が緩やかな反面、日本円への払い戻しが制限される。
一方、新JPYCは本人確認が必要になるものの、銀行預金に近い性質を持ち、円への交換が可能となる。「金融の意味では日本円に戻せて初めて真のJPYCだと思っている」と岡部氏は強調する。
開発コスト100分の1以下
JPYC社が目指すのは、従来の金融インフラを超えた新しい決済の形だ。「これまで企業ができなかった取引や決済の形を実現する。例えば、ほとんどの企業は今、海外への送金を自動化することができない」と岡部氏は説明する。
「社会のジレンマを突破する」をスローガンに掲げる同社は、銀行を介さない新たな決済の仕組みを構築しようとしている。
具体的には、売上が一定額を超えた際に自動的に本社へ送金するといった処理を、プログラムで実装できる。
同社はSDK(Software Development Kit)でプログラムを提供しており、USDCが動作するプログラムであれば、数行の書き換えで対応可能だという。
銀行APIと比較すると開発コストは100分の1以下で、エンジニア1人、あるいはChatGPTを活用すれば、エンジニアなしでもプロトタイプレベルの実装ができる。
日本円建てのステーブルコインには、独自の価値提案がある。日本の企業や投資家にとって、税金の支払いや会計処理は日本円建てで行う必要がある。
「いちいち時価評価をしながらやっていたら、煩雑すぎて話にならない」と岡部氏。また、円がドルに比べて金利が安いことから、「JPYCで調達して、世界中で投資するとか、そういった使い方は外国の方もできる」という。
一方で、ステーブルコインの普及に向けては、マネーロンダリング対策が重要な課題となっている。JPYC社は日立製作所など13社連携で、不正送金の検知や取引停止に向けた実証実験を開始。
「反社の攻撃も巧妙化していて、マネロンが相当巧妙になっている中で、1社で立ち向かうには限界がある」と岡部氏は指摘する。金融機関との情報共有も視野に入れており、銀行が警戒する送金者からの入金を止めるなど、業界横断的な対策を進めている。
こうした業界の信頼性向上への取り組みを背景に、JPYC社は将来的なIPOを見据えている。Web3系の企業が日本で上場した例はこれまでになく、「我々は段階的な成長を目指している」と岡部氏は語る。
日本初の本格的なステーブルコインの誕生まで、カウントダウンは始まっている。
|文:栃山直樹|画像:JPYC社提供、Shutterstock