もっと「穏やか」に扱いなさい:「セルロースナノファイバー」実用化への新たな技術。東京大学などの研究(石田雅彦)

 環境負荷が低く、機能性の高い植物由来のセルロースナノファイバーは、構造物の素材に限らず、蓄電池や半導体などにも利用の可能性が広がり、大きな期待が寄せられている物質だ。セルロースナノファイバーの欠点は、作製後に折れ曲がりや凹(へこ)みなどの欠陥が生じることだったが、東京大学などの研究グループが欠陥を減少させる技術を開発した。

セルロースナノファイバーとは

 セルロースナノファイバーというのは、植物のセルロースを主成分にした植物繊維をナノメートル(10億分の1メートル)サイズまでほぐした素材のことだ。植物由来の材料なので環境負荷が低く、再生資源として利用できる上、強度が強い、熱膨張しにくい、吸水性が高いといった特性がある。

 植物由来のため、環境負荷が低く、持続可能性の高い高機能素材として注目されているセルロースナノファイバーだが、折れ曲がりや凹みなどの欠陥が生じることで、その性能を十分に発揮できないという問題があった。そのため、東京大学などの研究グループ(※1)が、原料の選択とセルロースを化学的に前処理することで欠陥を抑制する技術を開発し、米国化学会が出版するナノテクノロジーの科学雑誌に発表した(※2)。

 セルロースナノファイバーは、植物に含まれるセルロースをナノレベルまで細かくほぐして作製される。だが、あまりにも微細なため、これまでどんな欠陥が生じ、それがセルロースナノファイバーの機能性にどんな悪影響をおよぼしているか、よくわかっていなかった。

 同研究グループは以前、顕微鏡技術(原子間力顕微鏡、Atomic Force Microscope、AFM)と画像処理技術、画像の統計分析などにより、セルロースナノファイバーの作製過程で起きる細胞壁の崩壊が凹み欠陥を引き起こし、それが折れ曲がりや構造の微細な欠損などに影響していくことを発見している(※3)。そして、この原因は原料のパルプに起因していると考えられることから、パルプ段階の前処理が欠陥抑制に重要ということを推測した。

穏やかな条件にしてみたら

 今回の研究では、同じ顕微鏡技術や画像統計分析などを用い、セルロースナノファイバーの欠陥密度とTEMPO酸化反応という分子の安定化(フリーラジカル)の酸化条件などの関係を解析した。その結果、作製過程でセルロースを乱暴に扱わず、pHなどを「穏やかな」条件にすると、3倍以上長くなり、凹みも2/3程度まで減少することがわかった。

 セルロースナノファイバーは、前処理段階でセルロースに付着する他の成分を取り除くとセルロース同士が凝集しやすくなり、その凝集を無理に解きほぐそうとすると、表面に凹みが生じたり、ちぎれたりする危険性が生じる。そのため、セルロース以外の成分をできるだけ残す方法を採用し、pHも従来のTEMPO酸化反応でのアルカリ性からセルロースが分解しにくい弱酸性条件に変えて分解を抑制したという。

セルロースナノファイバーの作製の工程を見直すことで欠陥が抑制された。京都大学のリリースより

 また、論文タイトルにもある通り、欠陥が少ないセルロースナノファイバーは右巻きのネジレ構造(Right-Handed Twist)が頻繁に観察されることから、同研究グループはネジレの方向や数値化が重要なのではないかと考えた。そのため、パターン解析の手法(ウェーブレット変換)を取り入れ、セルロースナノファイバーのネジレを数値化する手法を提案している。

 同研究グループは、今回の発見がセルロースナノファイバーが持つ能力を最大限に引き出すための基礎となるものと期待している。一方、欠陥は単一の要因によるものではなく、他の要因に関する今後の研究が必要と考えている。

※1:伊藤智樹 博士課程学生、齋藤継之 教授(東京大学大学院農学生命科学研究科)、大長一帆 助教(東京大学大学院工学系研究科)、小林加代子 助教(京都大学大学院農学研究科)ら

※2:Tomoki Ito, et al., "Defectless and Uniform Single-Crystallite Dispersions of Sustainable Wood Nanocellulose with a Regulated Right-Handed Twist Periodicity" Nano Letters, doi.org/10.1021/acs.nanolett.4c06483, 7, April, 2025

※3:Tomoki Ito, et al., "Atomic-scale dents on cellulose nanofibers: the origin of diverse defects in sustainable fibrillar materials" Nanoscale Horizons, Vol.7, 1186-1191, 26, August, 2022

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