世界初!放射線治療の増強効果を持つ診断薬 「酸化鉄ナノ NI 造影剤」を開発~ がんの 治療抵抗性領域を発見 、 難治がん である 脳腫瘍 モデルで 実証
発表のポイント
- がん治療では、抗がん剤や放射線治療の効果が低い「抵抗性」を持つがんであるかを見極め、 治療を行う 部位 が鍵となります。 組織 の一部が「 低酸素 」となる 腫瘍は、化学療法に抵抗性があり、より高い線量の放射線療法が必要になります。しかし、体内で抵抗性を持つ部位を、高い解像度で正確に特定することが難しく、腫瘍のど の部位を重点的に治療していけばよいか分からない状況でした。
- 今回、治療抵抗性のがんが持つ「低酸素領域」に高い精度で集まる「酸化鉄ナノNI造影剤」を世界で初めて開発しました。これにより、がんの内部構造を解析し、抵抗性のある部位を正確に見つけ、同部位をより治療強度を上げた治療へと 繋げることができる可能性を示しました。
- 「酸化鉄ナノNI造影剤」は、放射線治療の効果を増強することも 示され、治療抵抗性を持つがんに対して、放射線治療のリスクを低減できる可能性があります。
- 今後、治療効果の増強メカニズム、より効果的な分子構造などを改良し、安全性を十分検証した上で、臨床応用に進みたいと考えます。
概要
京都府立医科大学大学院医学研究科 放射線診断治療学 助教 吉野祐樹、同 准教授 山崎秀哉、 滋賀医科大学 産科学婦人科学講座 客員助教 吉野芙美、国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構 量子医科学研究所 上席研究員 青木伊知男 ら研究グループ は、 治療抵抗性のがんがもつ「低酸素領域」に高い精度で集積し、MRIを使用した際に 、高解像度・感度によってがんの内部構造のイメージングが可能な「酸化鉄ナノNI造影剤」を開発しました。 本研究は、悪性度の高い脳腫瘍として知られる神経膠芽腫モデルでの実証に成功することができ、本件に関する論文が、ナノ技術分野では世界最高峰の学術雑誌の一つである『 ACS nano 』に2025 年3月26日付けで掲載されますのでお知らせします。
生物医学では、低酸素状態の細胞や組織を検出するためにピモニダゾールと呼ばれる 化合物が標準的に使用されており、酸素分圧 10 mmHg 以下で還元され、細胞に取り込まれ ると共にタンパク質などと結合する性質を持ちます。しかし、神経毒性などの問題があるため、ヒトに直接利用することはできませんでした。本研究グループは、抗生物質として も知られ、ピモニダゾールと同じ性質を持つ「2-ニトロイミダゾール」誘導体に注目し、 酸化鉄ナノ粒子に結合させました。また、酸化鉄ナノ粒子が肝臓(肝類洞)で捕捉される ことを回避するためにポリグリセロールと呼ばれるポリマーを使用したナノ粒子をデザイ ンしました。その結果、「酸化鉄ナノ NI 造影剤」は神経毒性を持たず、がんの低酸素領域 に高濃度で集積する様子が、MRI と病理切片(顕微鏡)の両方で確認されました。加えて、X線による放射線治療に対して、その効果を増強する結果が得られました。 本研究で開発した「酸化鉄ナノ NI 造影剤」は、ニトロイミダゾールと酸化鉄ナノ粒子 を組み合わせた世界初の放射線治療の増強効果を持つ診断薬です。また、本研究は診断 法と治療法の両面に革新をもたらし、安全な素材を使用して高精度の MRI がん診断、各種放射線治療に対し、新たな手段や基準を提示する可能性があります。従来の核医学診断で は、低酸素領域は数ミリ〜センチメートルの解像度でしか解析できず、薬剤の準備にも時間がかかりました。今回開発した「酸化鉄ナノ NI 造影剤」では MRI を使用することで、 0.5 mm 以下の解像度で、腫瘍の内部構造の解析が可能になり、特別な管理が不要で、手軽に利用できると考えられます。 本研究成果をもとに、今後は治療効果を増強するメカニズムの解明、より効果的な分 子構造などを改良し、安全性をさらに検証した上で臨床応用に進むことが期待されます。
論文概要
1 研究分野の背景や問題点
がん治療では、抗がん剤や放射線治療の効果が低い「抵抗性」を持つがんであるかを見極め、治療する部位が鍵となるため、遺伝子検査などによりがんの性質を見極め、治療 戦略を検討する研究開発が行われています。一方、同じがんであっても、組織の微小環境の不均一性により、治療抵抗性を持つなど「姿を変える」場合があります。がん診断と治 療は単純ではなく、最新の診断技術と治療技術の高度な融合が期待されています。 がんの一部が「低酸素」となる腫瘍は、化学療法に対し抵抗性が生じ、低酸素状態の 場合、X線などの放射線治療の効果も減弱します。一方、これらの治療は投与量や正常組織の耐容線量を超える放射線線量の場合、治療を継続することがかえって患者にとって不 利益になってしまう場合があります。 放射性物質を体内に投与する PET や SPECT と呼ばれる核医学診断では、低酸素腫瘍の 描出を試みたプローブが複数開発されています。しかし、原理的に空間分解能が低く、数 ミリ〜センチメートルの解像度でしか解析することができず、放射性薬剤の準備にも時間 がかかりました。そのため、ごく一部のがん患者でしか検査できず、即座に診断結果が治 療計画に反映されることは多くありませんでした。
2 研究内容・成果の要
今像度で、腫瘍の内部構造の解析が可能になります。 治療抵抗性の領域が、高精度に特定することができる場合、医師は多くの手段を選択することが可能になります。例を挙げると、抵抗性領域に対しては粒子線で抵抗性領域を狙い 撃つ、通常の放射線治療でも一部だけ線量を上げる、などです。また特別な管理が不要の ため、小さな病院でも手軽に利用できると考えられます。 合成した「酸化鉄ナノ NI 造影剤」は、以下の 3 つの要素から構成されています。
(1) 2-ニトロイミダゾール(NI)
ピモジダゾールの誘導体であり、腫瘍低酸素領域に蓄積することが知られています。 免疫染色での低酸素マーカーの標準です。しかし、NI は神経毒性があるため、生体内投 与は推奨されません。今回、開発した「酸化鉄ナノ NI 造影剤」は、NI の標的性を維持し つつ、神経毒性を引き起こしませんでした。
(2) 酸化鉄ナノ粒子
安全な MRI 造影剤として用いられてきました。極めて高い MRI の造影効果を有し、低 濃度でも腫瘍内部の微細構造の特徴を描出ですることが出来ます。解像度は装置性能や撮像条件によりますが、臨床装置で最大 0.4-0.5 mm、実験用装置で 0.05 mm で利用される など、高分解能の MRI 撮影が可能です。
酸化鉄ナノNI造影剤
(3)ポリグリセロール(PG)
免疫細胞からの捕捉を回避するためのポリグリセロール(PG)は、ポリエチレングリコール(PEG)よりも効果的に血中を循環すると報告があります(Adv. Funct. Mater. 2014, 24, 5348–5357)。その結果、腫瘍の低酸素領域により高濃度で蓄積することが期待されます。
下記のMRI画像の赤枠で囲まれている箇所が腫瘍です。MRIでは、「酸化鉄ナノNI造影剤」の投与前は、腫瘍は全体的に白く見えますが、投与後では、その一部が黒く染まっていることが分かります。右側の病理標本は、撮像後に取り出された腫瘍に対して低酸素領域を茶褐色に染めた標本です。投与後のMRIと病理の画像とを対比すると、MRIの黒く染まっている領域が病理の茶褐色に染まっている領域と一致していることが分かります。
MRI画像と病理標本
放射線治療を行った群において、経時的な相対的腫瘍体積量をコントロール群と酸化鉄ナノNI投与群とを比較すると、観察期間最終日に酸化鉄ナノNI造影剤投与群のほうが有意に腫瘍体積量は小さくなりました。この結果は、酸化鉄NI造影剤が放射線治療効果を高める効果があることを意味します。
3 今後の展開と社会へのアピールポイント
がん治療では、抗がん剤や放射線治療の効果が低い「抵抗性」を持つ細胞・組織を、一つ残さずに消すことができるかが成否を分けます。一時的にがんが消える「寛解」と呼ばれる状態になったとしても、何らかの形で「抵抗性」を持つ細胞が生き残っている場合、数年後に再発してしまいます。本研究開発による診断技術の革新、そして治療効果の増強は、将来、がん治療の成功は失敗かに大きく影響するコア技術になる可能性があります。
本研究開発の最も大きな特徴は、治療抵抗性の可能性が高い低酸素領域の有無が分かるのみならず、体内あるいは腫瘍のどこにがん細胞が存在するか、三次元空間の正確な位置座標をもってイメージングできる点です。医師は、その情報に基づき、数、大きさ、部位などを見極め、「治療抵抗性を持つがんに対する治療」を選択することができます。現時点では、確実に有効と言える手法は多くありませんが、手術による切除、局所的な線量の増加あるいは粒子線治療といった方法が対応策であり、また本開発に触発されて、新しい治療法の開発が始まることも期待されます。 また、学術的には、2-ニトロイミダゾール(以下、「NI」という。)と酸化鉄ナノ粒子を組み合わせた放射線治療への診断および増感剤の報告は今回が初めてです。さらに、結合したNIは脳実質内へ移行しないため、神経毒性を回避することにも成功しました。今後、より最適な粒子形状、分子構造をさらに検討し、かつより確かな安全性と効果を評価した上で臨床応用につなげていければと考えています。
本研究グループでは、これからも国民の皆様に最高の医療を提供する信念のもとで邁進して参ります。
用語解説
低酸素領域 (Hypoxic area)
がん細胞の増殖速度と腫瘍血管の形成速度とのアンバランスを引き起こした結果、悪性腫瘍の内部には、十分な酸素が供給されない低酸素領域が生じます。 低酸素環境にあるがん細胞は一般的に抗がん剤に抵抗性を示します。また、X線やガンマ線の殺細胞効果は酸素の存在に強く依存することから、低酸素環境にあるがん細胞は放射線治療にも抵抗性を示すことが報告されています。がんの低酸素環境は、がんの治療に関してとても重要です。
MRI
「磁気共鳴画像法(Magnetic Resonance Imaging)」の略称であり、医療で使用される画像診断技術の一つです。 この技術では、強力な磁場と無害な無線周波数を使って、体の内部の詳細な構造や状態を見ることができます。MRIはX線を使わないため放射線のリスクが少なく、脳や関節、内臓など、さまざまな部位の診断に用いられます。
酸化鉄ナノ粒子
酸化鉄をコアにもつナノ粒子を意味します。 ナノ粒子製剤は腫瘍のような未熟な血管がある領域に集積しやすいことや粒子表面への修飾の方法によっては毒性の軽減や水溶性の上昇などが見込めることから、ドラッグデリバリーシステム(DDS)やイメージングプローブとしての応用が期待されています。
脳腫瘍、神経膠芽腫
膠芽腫(こうがしゅ、Glioblastoma)は、脳に発生する悪性脳腫瘍の一種で、グリオーマ(神経膠腫)の中でも特に悪性度が高いものです。 膠芽腫は、脳内でもよく発生する原発性脳腫瘍の一つであり、急速に増殖し、脳の周囲の組織に浸潤する性質があります。治療としては、可能な限り腫瘍を取り除くために手術が行われますが、腫瘍が脳の重要な部分に浸潤しているため、完全な切除は難しいことが多いとされています。加えて、放射線治療に対しても抵抗性であり、薬物療法についても、一部有効とされるものはありますが、完全な制御は難しいのが現状です。
ピモニダゾール
ピモニダゾール(Pimonidazole)は、低酸素環境(Hypoxia)を検出するために使用される低酸素マーカーです。 低酸素環境とは、組織や細胞が十分な酸素を得られていない状態を指し、特に腫瘍でよく見られます。ピモニダゾールはこの低酸素環境にある領域を標識するために使用され、腫瘍生物学の研究や治療効果の評価に役立っています。ピモニダゾールは体内に投与されると、低酸素状態にある細胞に特異的に結合します。この性質により、腫瘍の低酸素部分を可視化することができます。