ドクターヘリが危機状態 10都府県運休、整備士不足で救急システムに「コード・ブルー」
関西や東京など10都府県でドクターヘリの運休が続き、正常運航再開の見通しが立たない。運航を受託する学校法人ヒラタ学園(堺市)が、ヘリに同乗する整備士を確保できないためだ。不適切整備が原因で運航を休止したこともあり、医療関係者からは学園のコンプライアンス(法令順守)意識に懸念の声も上がる。ただ、人員確保は業界全体の課題で、新たな委託先の選定も容易ではない。
陸路は2~3倍の時間
「このままの状況が続けば、命に関わることが起こりうる」。鳥取大医学部付属病院(鳥取県米子市)の上田敬博・高度救命救急センター長は、ドクターヘリの運休が続く現状に危機感を募らせる。
国側が示すドクターヘリの運航基準では、患者搬送時に整備士の同乗が定められている。関西広域連合管内(近畿2府4県と徳島、鳥取2県)の8機について学園は広域連合などから運航を受託しているが、昨年7月、整備士を確保できないとして広域連合に運休を申し入れ、最大7日間の運休が発生した。
翌8月には他に受託していた東京都や長崎県でも運休。9月に各都府県で運航が再開されたものの、10月以降は1カ月当たりそれぞれ数日間の運休が発生した。長崎県では12月、エンジンの不具合が見つかり、当面運休となっている。
ドクターヘリ事業を担うヒラタ学園航空事業本部・神戸エアセンター=昨年7月、神戸市中央区の神戸空港運休中の搬送は救急車や防災ヘリ、近隣自治体のドクターヘリなどで代替しているが、関西広域連合管内ではこうした対応が昨年7~11月に計178件に上った。現時点で命に関わる事態は発生していないというが、陸路では搬送時間がヘリの2~3倍かかることもあり「綱渡り」が続く。
新たな委託先決まらず
学園によると、ドクターヘリの運航に関わる常勤整備士は当初18人いたが、退職者や休職者が相次ぎ、現在は3人足りない。担当者は「非常に重く受け止めている」と話し、早期の正常運航再開に向けて整備士の採用強化などに取り組んでいると説明するが、補充のめどは立っていない。
懸念は他にもある。学園では過去にマニュアルに記載がない方法での機体の整備や、認められていない部品の使用などが発覚。令和6年5月に国土交通省大阪航空局から事業改善命令を受け、安全確認のため一時運休した。
昨年6月には和歌山県を拠点に運航するヘリの整備で、整備士がマニュアルを確認せず、機体に適合しない部品を誤って取り付け、一時運休せざるを得なかった。ある医療関係者は「学園のコンプライアンス意識にも問題があるのではないか。抜本的な対策を講じないと今後も起こる可能性がある」と危惧する。
こうした状況を踏まえ東京都では、学園との契約が満了する8年度以降の対応を病院の担当者らと協議している。
関西広域連合は、学園と直接契約し今年3月末に期限を迎える4機のうち、滋賀県を拠点とする1機について、8年度以降に別の航空会社に切り替える予定だ。残り3機は委託先が決まっておらず、担当者は「他の会社にお願いするにしても、すぐに整備士や操縦士をそろえられるわけではない。空港の発着手続きにも時間がかかる。難しい問題だ」と話している。
志望者数は減少
ドクターヘリの需要が高まる一方、整備士のハードルは高く、慢性的な不足が懸念されている。
認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク(ヘムネット)によると、ドクターヘリは平成7年の阪神大震災を機に導入が検討され、13年から岡山県で本格運航が始まった。令和6年2月時点で全47都道府県に計57機が配備されている。
診療人数は増加傾向にあり、日本航空医療学会によると、平成22年度の9182人から令和5年度には2万2407人と約2・4倍に増えた。
実務5年以上が条件
国交省によると、ヘリを含む航空機の整備士は5年時点で約6千人で50代以上が4割を占める。新型コロナウイルス禍に伴う航空業界の落ち込みで志望者も減り、主な養成機関である全国の航空専門学校の入学者数は平成29年度の605人から令和6年度には280人へと半減した。
一般的にヘリの整備士となるには、主に3年課程の航空専門学校で航空機の基礎を学んだ上で、機体の構造やエンジン、電子制御などの専門知識と技術を習得し、国家資格の二等航空整備士を取得する必要がある。
ドクターヘリの整備士の場合は業界団体のガイドラインで5年以上の実務経験などの条件が定められ、ハードルが高くなっている。ヘムネットによると、休暇を含む運用を考えれば、1機当たり少なくとも3人の整備士が必要。国交省は実務年数などの条件緩和を提案しているが、関係者からは安全性の担保を危ぶむ声も出ている。
国も関与し、戦略的に人材育成を
認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク理事の伊藤隼也氏の話
認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク理事の伊藤隼也氏地方の救急病院が減少する中で、ドクターヘリは地域医療を守るために不可欠な存在だ。
運航事業者の質を担保する必要があるが、ヒラタ学園は、10都府県での運航を受託しているとは信じがたいほどに不祥事が相次いでいる。そもそも、それだけの規模の運航を手掛けられる組織的基盤もないと考えるのが妥当であり、早急に事業承継を行うべきだ。
自治体側も運航事業者の適性を見極める必要がある。ドクターヘリの運航には医療と航空の双方の分野に関する知識が必要となるため、第三者の専門家を交えて業者を選定するのが望ましい。
一方で、全国的に整備士の不足は深刻な問題となっている。地域ごとに需要の度合いも異なることから、国も関与して戦略的に人材育成の環境を整えなくてはならない。(聞き手 江森梓)