携帯を預けた先に見えたもの ― 20年越しのインテリジェンス改革
ロンドンのテムズ川沿いに立つ緑色の屋根の特徴的な建物。その古びた入口で、私は携帯電話を小さなロッカーに預けました。金属探知機を通り、外界と完全に切り離された空間に足を踏み入れる。そこは、英国の情報機関――秘密情報部(いわゆるMI6)をはじめとする関係者との意見交換の場でした。「国家の判断の質は、情報の質で決まる。」厳重な警備体制の裏には、こうした国の意思が強く伝わってきました。今年1月11日から、単身でのロンドン出張。情報大国と言われるイギリスのMI6、MI5など複数の情報機関、それらを取りまとめる合同情報委員会(JIC)、そして同国の政治家らを訪れ、意見を交わしました。そこで私が強く感じたのは、大きな失敗や挫折を経ながらも、試行錯誤を重ね、忍耐強く制度を磨いてきた英国の「情報力」に対する執念でした。危険と隣り合わせで収集された情報をどう評価し、どう政策に反映するか。その一連の流れ、いわゆる「インテリジェンス・サイクル」が回るかどうかは、制度よりもむしろ、情報の「顧客」である政治の姿勢にかかっています。
だからこそ、2月26日に自民党インテリジェンス戦略本部で取りまとめた「我が国の情報力の抜本強化に関する提言」の意義と問題意識を、改めてお伝えしたいと思います。
20年前の原点
実は、私がこのテーマに本格的に向き合うのは、今回が初めてではありません。
2006年から2007年、第一次安倍政権で官房長官秘書官を務めた当時、私は官邸内で国の情報力強化に向けてのプロジェクトに深く関わっていました。
当時、官邸内では安倍総理のリーダーシップのもと国家安全保障会議(NSC)の設置に向けた有識者会議をスタート。その裏で、新たに省庁横断で「カウンターインテリジェンス推進会議」を立ち上げ、分析機能の強化や情報機関同士の縦割りの除去に向けた検討を進めました。官邸の小さな会議室で、各情報機関の幹部の皆さんと、国益と省益の難しい調整について真剣な議論を交わした日々。しかし、改革の道半ばで政権交代を迎えました。
いつかこの続きをやらなければ、との苦い思いを抱き続けてきました。
あれからちょうど20年。
今、党のインテリジェンス戦略本部事務局長として、私が再びこのテーマに正面から向き合っていることは、偶然ではなく、必然だと受け止めています。
今回の党提言には我が国の情報力強化に向けた14の具体策を挙げています。これらの背景の問題意識を、①政治側の意識強化、②省庁間の縦割りの除去、③情報収集能力の具体的強化の3つの柱に沿って概説します。
提言の柱① ― 司令塔は制度より「政治の覚悟」
政府は本国会で国家情報会議設置法案を提出予定です。内閣に閣僚級の「国家情報会議」を設け、司令塔機能を強化する方向性は明確です。しかし、器を作るだけでは足りません。制度を機能させるのは、使う側の意思です。
党提言を作成する過程で何人もの官邸勤務経験のある政治家に話を伺いました。
文字通り分刻みの日程をこなす総理や官房長官は、次の会議で誰と何の話をするのか事前に準備する時間がないことも珍しくありません。多忙の中で、内閣情報官のインテリジェンスブリーフィングの日程が延期になったり、短時間となること、ただ受動的に聞くだけで終わってしまうことも実際には少なくありません。
ある元高官は言いました。
「寿司屋の『おまかせ』のように、出された情報をただ口に入れているだけではダメだ。」現場の多大な危険とリスクの下で収集された情報成果物。インテリジェンスサイクルをつかさどる政治家には、これを国益のために最大限活用する重い責任の自覚が求められます。情報を求め、検証し、具体的行動に反映し、フィードバックを返す。政策サイドが主体的に情報を使いこなす意識と覚悟を持てるか。司令塔機能強化の主眼はここにあります。政府施設内での電子機器の取り扱いなど防諜プロトコルの見直しや、政府全体としての情報活動戦略の対外公表も、政府内でのインテリジェンス意識の変革の起点となるはずです。国家情報会議という器に、明確な意思を注ぎ込むのは政治の責任です。
提言の柱② ― 縦割りを超えられるか
これまでも日本のインテリジェンス体制は、内閣情報会議や合同情報会議を通じて徐々に連携を強化してきました。しかし、関係省庁のヒアリングを重ねる中で浮かび上がったのは、依然として残る縦割りの意識でした。
「自分の組織が苦労して集めた情報がどう伝わっているか、どう使われているか、分からないことがある」(情報機関幹部)
インテリジェンス機関の縦割りは日本だけの課題ではありません。
英国出張の際に、関係者が繰り返し言及したのが2004年の「バトラーレポート」。2003年のイラク開戦に際して、断片的な情報が省庁間で十分検証されないまま、誤った情報が国家の判断を誤らせた痛みを記憶した報告書です。英国政府の深い反省と教訓が約200ページの報告書に克明に記録されています。
その後英国では、バトラーレポートに基づく改革と、2000年代後半の国内テロとの戦いを通じて、省庁間の協力関係は質量ともに飛躍的に進展しました。「我々のような苦い経験を経ることなく、日本には縦割りを乗り越えてほしい」
英国の情報関係者は、メモから目を上げて噛み締めるように語りました。
オールジャパンでのインテリジェンス機関の連携をいかにして強化するか。今回の提言ではこの長年の課題に対して5つの運用面の改革案を盛り込みました。①人物・能力本位の幹部人事、②透明性を高める書面主義の徹底、③省庁間の安全な情報共有プラットフォームの構築、④中立性と専門性を備えた分析チームの強化、⑤省庁横断でのインテリジェンス人材の育成。
善意や掛け声だけでは情報共有は進みません。だからこそ仕組みが大事になります。
提言の一つ一つは地道ですが、着実に進めていけば確実にインテリジェンスコミュニティ内の透明性と信頼感は高まると確信しています。
提言の柱③ ― 情報収集能力の具体的強化
3つ目の柱は、情報収集能力の具体的強化です。とりわけ、①外国などに対する対外情報収集能力強化と、②我が国に対する外国からの諜報活動への対応、すなわちカウンターインテリジェンス能力の強化が求められます。これらは、国家情報会議設置法が成立したあとに早急に取り組まなければならない「第二フェーズ」の重要課題となります。
1.対外情報収集能力の強化
携帯をロッカーに置いていくように、とのロンドンでの指示。あれは単なる儀式ではありません。
高度なインテリジェンス共有を行うファイブ・アイズ諸国(米・英・豪・加・新)において、通信・電波・電子信号を扱うシギント(Signals Intelligence)がいかに中核的な能力として重視されているかを象徴する場面でした。私たちは、外国の情報収集というと、007などスパイ映画のようなヒューミント(Human Intelligence)の活動に目を奪われがちです。しかし、同志国の情報関係者は異口同音に「ヒューミントはシギントがあってこそ機能する」「シギントで大まかな当たりをつけた上で、どうしても足りないピースをヒューミントで埋める」など、現在の情報実務におけるシギントの重要性についての認識を明確にしています。我が国の国家安全保障戦略でも、人的情報、電波情報、画像情報など多様な情報源の強化が明記されています。日本でも各種能力の強化に向け、法律上どのような手当が必要かを専門的見地から冷静に議論しなければなりません。
同時に、政府の情報活動の進化と並行して民主的監視の強化も必要です。海外の実務を参考に日本らしいガバナンスのあり方についても議論を具体化すべきタイミングがきています。
2.カウンターインテリジェンス
今回のプロジェクトを進める中で、多くの方から「日本はスパイ天国ですよね。なんとかしてください。」という声をかけられました。確かに、我が国の防諜体制に対する危機感は大事です。でも、かつてのように我が国は外国の諜報活動に対して全く無防備というわけではありません。2013年の特定秘密保護法の整備、24年のセキュリティクリアランス法の成立、25年の能動的サイバー防御法の可決、など着実に防諜体制の強化をはかってきています。私は、「スパイ防止法」の中身が定義されないまま、言葉だけが一人歩きすることに強い危機感を持っています。レッテル貼りは推進派にとっても、反対派にとっても健全ではありません。現在の日本の防諜体制において何が不足しているのかを冷静かつ具体的に議論することが大事です。
中でも、急ぐのはSNSなどの認知戦における外国干渉対策です。選挙という民主主義のプロセスが外国の影響工作や偽情報で歪曲されることがあれば、国家のガバナンスの土台が崩されかねません。
米・英・豪など諸外国では、外国政府や団体の指示・依頼を受けて国内でロビー活動や情報収集、広報宣伝などの影響工作を行う個人・法人の登録を義務化し、その事実や活動内容などを報告させる法制が導入されています。こうした諸外国における類似法制の運用上の課題や執行体制、実効性などについて確認した上で、我が国においても同様の法的措置の導入に向けた制度設計を進めて参ります。
情報力は「国家の背骨」
外交、防衛、経済、科学技術。今やすべての分野の土台にあるのは、情報力です。
直前までオーストラリアの情報機関のトップを務めていたシーラー大使との意見交換でも、ファイブ・アイズの実務に触れながら、現在の国際政治においては、「情報力」が国力そのものを左右するという認識を改めて共有しました。
左からシーラー豪大使、小林鷹之代議士(自民党インテリジェンス戦略本部長)、大野敬太郎代議士(同本部幹事長)と筆者情報力なき国家に、戦略は描けない。情報力なき国家に、国益は守れない。だからこそインテリジェンス改革は、未来世代への我々の責任です。 今国会で、国家情報会議設置法の審議が始まります。しかし、これは終わりではなく、我が国の情報力の抜本的強化に向けた第一歩に過ぎません。
イギリス保守党で外務大臣を務めたジェレミー・ハント議員は、会談の最後に以下のようにエールをくれました。
「イギリスは、第二次世界大戦に勝ったので、インテリジェンス強化に対して国民も一定の理解がある。日本は歴史的背景が違うので、より大変かもしれない。でも日本に対する国際社会の期待は大きい。頑張ってほしい。」
20年前に抱いた思いを、今度こそ形にします。日本の未来世代に、判断を誤らない国家を引き継ぐために。
最後になりましたが、イギリスへの出張のアレンジをしていただいた小林鷹之本部長、本提言の取りまとめにあたり明確な方向性を示して引っ張っていただいた大野敬太郎幹事長、ヒアリングや執筆分担など一緒に汗をかいて頂いた高見康裕、根本拓事務局次長、ヒアリングや提言づくりにご協力頂いた先輩議員の皆さま、関係省庁の皆さま、在英日本大使館の皆さま、有識者の皆さまをはじめ全ての関係者の皆さまに心から感謝を申し上げます。
フェーズ2、フェーズ3もどうぞよろしくお願いいたします。
【党提言本文】
(党の機関決定を経て最終確定されましたらアップいたします。)
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