AIと人との関係にある“心の距離感”

  • AIを日常的に使っている中国の若者を対象に行った調査で、20%は感情的につらいときにAIに頼り、75%は助言を求め、39%は「常に頼れる存在」と回答しました。
  • AIとの関わりにおいても、人間関係と同様に「自分の気持ちを話したくない傾向」(親密性回避)と「AIに感情的な反応を求める傾向」(見捨てられ不安)という2つの傾向が見られました。
  • 孤立感や不安を抱える人がAIに過剰に頼らないよう、感情を操作しすぎない倫理的な設計と透明な説明が社会的に求められます。

生成AIが生活に浸透する中、人とAIの関係をどのように理解すべきかが注目されています。総務省(2024)の国際調査においても示されているように、中国では生成AIの利用経験率が56.3%と、他国と比べて際立って高く、生成AIが生活に深く浸透していることが確認されています。早稲田大学文学学術院の楊 帆(よう ほ)助手と小塩 真司(おしお あつし)教授らの研究チームは、中国の若者361人を対象に調査を行いました。その結果、AIとのやり取りにおいても、人との関係と同様に「感情的な反応を求める気持ち」と「距離をとりたい気持ち」という傾向が見られることを明らかにしました。調査では、AIに助言を求める人が75%、常に頼れる存在と感じる人が約4割に上りました。ただし本研究は、人とAIの間に実際に「愛着関係」があると主張するものではなく、あくまで「愛着関係」の枠組みでAIとの体験を理解する可能性を探ったものです。本研究は、AI設計への応用や過度な依存を防ぐための倫理的配慮の重要性も示唆しています。

このイメージイラストは生成AIを用いて作成されたものです。本研究の著者である楊帆助手(左)と小塩真司教授(右)、そして研究対象である生成AIとの関係を象徴的に描いたイメージ図です。左の人物は、生成AIに対して親しみや愛着をもつユーザーの姿を重ねて描かれており、右の人物は、AIとの関係を客観的かつ理論的に捉える研究者の視点を表現しています。中央の生成AIは、こうした多様な視点を受け止める存在として描かれ、人によっては“頼れるパートナー”として、またある人にとっては“観察・分析の対象”として捉えられる可能性を示しています。

本研究成果は、『Current Psychology』(論文名:Using attachment theory to conceptualize and measure the experiences in human-AI)にて、2025年5月9日(金曜日)にオンラインで掲載されました。

これまでの研究で分かっていたこと

人は子どものころから、親や友人、恋人など、身近な人との関係を通じて安心感を求める傾向があることが、心理学の研究でわかっています。こうした心のつながりはこれまで主に人と人との関係に注目して愛着理論(Attachment Theory)※1に基づいて研究されてきました。こういう愛着関係では、「見捨てられるのではないかと不安になる気持ち」(見捨てられ不安)と、「自分の気持ちをあまり伝えたくない、距離をとりたいという気持ち」(親密性回避)の二つの傾向がよく見られます。近年では、ペットやキャラクターなど、人間以外の存在にも、似たような思いを抱くことがあることがわかってきました。

今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

この研究では、「人とAIの関係を、人との関係と同じような視点で理解できるか?」という新しい問いに取り組みました。ここで使ったのは、人とのつながりを理解するために使われてきた「愛着理論」という心理学の考え方です。 近年、生成AI(例えば、ChatGPTなど)はますます高性能で、強く、賢く(stronger and wiser)になってきています。これは、心理学の「愛着理論」で語られる、人が安心感を求めて関係を築こうとする相手の特徴とも重なります。私たちがAIと関わる場面は増えており、買い物や学習のサポートだけでなく、悩み相談や感情的なやりとりに利用する人も出てきました。これまでの研究では、AIに対する「信頼」や「親しみやすさ」といった側面に注目が集まってきましたが、AIとの関係において人が「心のつながり」や「安心」をどう感じているのかについては、ほとんど明らかにされていませんでした。本研究では、こうした人とAIの関係を、人間関係と同じように愛着理論という視点から理解できるかどうかを初めて検討するために、生成AIを日常的に利用している中国の若者361人を対象に、2024年春にSNSを通じて参加者を募集し、オンライン質問紙調査を3回にわたって実施しました。 1回目の調査(参加者56名)では、生成AIに対する基本的な印象や利用場面について、「AIに助言を求めるか」「つらいときにそばにいてほしいと感じるか」などを質問しました。その結果、約75%がAIに助言を求めたい、39%が「いつでも頼れる存在だ」と感じていることがわかりました。1回目の参加者の数が多くないものの(56人)、AIが一部の人にとって、心の支えとして受け入れられている可能性が見えてきました。 2回目の調査(参加者63名)では、人とAIの関係に表れる気持ちの違いを測るために、新しい尺度(人とAIの関係体験尺度/EHARS)を作成しました。「もっとAIから気持ちに寄り添ってほしい」と思う傾向や、「AIにはあまり自分のことを見せたくない」といった傾向があることがわかりました。 3回目の調査(参加者242名)では、人とAIの関係体験尺度が他の心理的特徴とどう関係するかを調べました。たとえば、自尊心が低い人はAIに安心を求めやすい、AIに良い印象を持っている人は距離をとりにくいなどの特徴が明らかになりました。

この研究で初めて、AIとのやり取りの中にも、人との関係に似た“心の距離感”のようなものがあることが見えてきました。それを理解するために、人間関係で使われてきた理論(愛着理論)が使えるかもしれないという示唆が得られました。さらに、人とペットの関係を調べたこれまでの研究結果ともよく似ており、非人間の対象との関係には、人間関係とは異なる特徴があることが示唆されます。これらの知見は、今後のAIのつくり方や、安心して使えるためのルールづくりにも役立つと考えられます。

研究の波及効果や社会的影響

AIが身近な存在になる中、人とAIの関係を「心のつながり」という視点から考えることは、社会的にも注目されています。本研究は、AIとのやり取りにも、人との関係と似たような気持ちの動きがあることを示し、AIがどのように人の支えになりうるかを明らかにしました。こうした知見は、今後のAIサービスの設計や使い方を考えるうえで役立ちます。一方で、孤独や不安を抱える人がAIに頼りすぎないようにするためには、AI側のふるまいに対するルールづくりや説明の工夫も重要です。本研究は、安心してAIとつき合う社会のあり方を考えるヒントを提供します。

今後の課題

今回の調査は主に中国の若者361人を対象としたもので、サンプルの数や年齢・文化のかたよりがある点に注意が必要です。人によってAIへの感じ方は異なるため、今後はより多様な国や世代の人を対象に調べていくことが大切です。 また、今回の研究は「AIとの関係に、人間関係と似た心のパターンが見られるか」を検討したものであり、実際に人とAIの間に深い絆ができている、ということを意味するわけではありません。

今後AIがさらに身近になれば、より強く「つながっている」と感じる人も増えるかもしれません。その一方で、人がAIに頼りすぎてしまわないようにする工夫も求められます。

研究者コメント

本研究では、人とAIの関係性を愛着理論で捉える試みとして、人間と生成AIの関係性を測定する尺度を開発しました。今後、対話型AIやAI恋人の発展が見込まれる一方で、AIとの関係性を利用して開発者が利益を得る可能性など、倫理的課題も想定され、利用者の知情権を含めた慎重な設計が求められます。誰もが安心してAIとつきあえるようにするには、AIのふるまいをわかりやすく伝えたり、期待しすぎないように導いたりする工夫が必要です。今回の研究は、そうした社会のあり方を考えるヒントになると考えています。

用語解説

※1 愛着理論

イギリスの精神科医ジョン・ボウルビィによって1969年から提唱された理論で、人が不安やストレスを感じたときに安心感を求める心のしくみを説明します。幼少期の親との関係から形成される愛着の傾向は、大人の人間関係にも影響すると考えられています。1987年には心理学者のCindy HazanとPhillip Shaverがこの理論を恋愛関係に応用し、大人の恋愛も愛着行動の一つとして捉えられることを示しました。社会心理学の研究においては、愛着に関する個人差は一般的に「見捨てられ不安」と「親密性回避」という2つの傾向によって説明されます。

論文情報

雑誌名:Current Psychology 論文名:Using attachment theory to conceptualize and measure the experiences in human-AI relationships

執筆者名(所属機関名):楊帆*(早稲田大学文学学術院)、小塩 真司早稲田大学文学学術院

掲載日時(現地時間):2025年5月9日 掲載日時(日本時間):2025年5月9日

掲載URL: https://link.springer.com/article/10.1007/s12144-025-07917-6

DOI: 10.1007/s12144-025-07917-6

研究助成

なし

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