「廊下すら危険だった」…ダイヤモンド・プリンセス集団感染5年、乗船の医師「専門家の早期派遣が重要」
2020年2月に発生した新型コロナウイルスによるクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の集団感染で、船が横浜港に帰港して3日で5年になる。医師の桜井滋さん(69)は、日本環境感染学会の「災害時感染制御支援チーム(DICT)」として8日後に乗船したが、すでに感染が広がっていた。桜井さんは「専門家の早期派遣が重要だ」と訴える。(盛岡支局 広瀬航太郎)
船内で感染制御にあたった桜井さん(1月20日、盛岡市で)「船内の廊下を通ることすら危険な状況だった」。桜井さんは乗船した時に覚えた緊張感を振り返る。
DICTの発案者で、当時、岩手医大教授だった桜井さんは厚生労働省側から相談があり、2月11日に学会所属の医師や看護師3人とともに乗船した。「災害派遣医療チーム(DMAT)」が船内で活動していたが感染制御の専門家は不在で、感染者は乗客・乗員135人に広がっていた。
船員たちは不織布マスクの上から医療用高機能マスク「N95」を着用していた。しかし、顔との間に隙間ができたり、暑苦しさから時折外したりしていたほか、食事の際にはマスクを外して情報交換していた。桜井さんは「乗客と接する機会が多い船員たちがウイルスを運んでいる可能性が高かった」と話す。
桜井さんらは、食堂の椅子を間引き、会話を控えるよう助言した。また、人の行き来や接触が多い廊下に手洗い場がなかったため、アルコール消毒液を500個以上配備。医療従事者には防護具の正しい着脱方法を指導し、外国人船員向けに基本的な感染対策を指南する英語字幕付きのビデオを制作した。
桜井さんの船内活動は3日間で、その後はDICTのメンバーが交代で活動したが、船内では最終的に712人が感染し、13人が死亡した。
桜井さんは、より早期から感染制御に注力していれば感染を最小限に抑えられた可能性を指摘する。「東日本大震災でも避難所でインフルエンザが 蔓延(まんえん) する中、治療が重視され感染対策がおろそかになった。震災時の反省はクルーズ船に生かされなかった」と話す。
厚労省は22年、DMATの任務に感染症への対応を追加。昨年10月には、DICTが同省の委託事業になり、国の予算で活動できるようになった。
桜井さんは感染制御の実務経験がある医療従事者の育成の必要性も訴え、「専門家を含めた迅速な派遣ができるようになってほしい」と期待している。
◆ クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の集団感染 =2020年1月20日に横浜港を出港後、2月1日に香港で下船した男性のコロナ感染が判明し、同3日に横浜港へ帰港した。乗客らは同19日に下船が始まるまで船内待機を余儀なくされ、医薬品不足などが問題となった。56の国・地域の乗客・乗員3711人のうち712人が感染、13人が死亡した。