“発がん性”はどこまで気にするべき? 私たちが誤解してる“がんリスク”の正体 (2/2)

とはいえ、「発がん性あり」という判断が軽いものではないことは確かです。これは明確に多くの人が気に留めておくべき情報であることを示しています。

その象徴的な事例が「たばこ」です。

Credit:canva

たばこはパッケージにも発がん性リスクが大きく明記されています。ここまではっきりがんリスクが警告されているのはどういう理由からでしょうか?

たばこが「確実な発がん性あり(グループ1)」と判定された裏には、科学者たちの数十年にわたる追跡研究と実験の積み重ねがありました。

1950年代、イギリスの疫学者リチャード・ドールとブラッドフォード・ヒルは、喫煙と肺がんの関係に注目します。

しかし、こうした研究を行うには、基本的に非常に健康に気を使っており、健康を害するような生活習慣はなく、しかも定期的に詳細な自身の健康状態をレポートすることができる人たちを数万人規模で見つけ出す必要があります。

しかもその人たちの中には、たばこを吸う人と、吸わない人がいなければなりません。

そんな人間をこの世で見つけられるでしょうか?

リチャード・ドールらは、この条件を解決できるグループを思いつきました。それが医師です。

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医師は健康に関心が高く、基本的に体に悪いと証明されたことは避けます。そして喫煙の有無を含め、自身の健康状態について、長期にわたり正確にレポートしてくれます。

そして1951年、約3万人の英国人男性医師を対象とした長期調査が実施されたのです。

彼らは何十年にもわたって、喫煙習慣と健康状態、死亡原因を追跡しました。

その結果は衝撃的でした。

喫煙者は、非喫煙者に比べて圧倒的に肺がんの発症率が高かったのです。

さらに、タールをマウスの皮膚に塗る実験や、肺の組織変化の病理調査などでも、同様の結果が得られました。

こうして、「疫学」「動物実験」「病理」の3つのルートから証拠が揃い、「たばこはがんの原因である」と因果関係が証明されたのです。

産業界の猛烈な反発を押しのけて、ついにたばこには「発がん性あり」のラベルが公式に貼られることになりました。

ここから分かるのは、「発がん性あり」という判定には、長期的で緻密な科学プロセスが必要だということです。

単なる“怪しいかも”レベルでは認定されないのです。

じゃあ、私たちはどこまで気にすべき?

ここまで聞くと、「じゃあ発がん性ってかなり信頼できる情報なんだ!」と思うかもしれません。

それは事実です。

しかし同時に、“発がん性あり”=“ただちに影響がある”というわけではありません。

たとえば、紫外線も発がん性ありですが、太陽を完全に避けることはできません。

コーヒーも過去に発がん性の疑いがかけられましたが、のちにグループ3(証拠不十分)に戻されました。

コーヒー、スマホ、紫外線、恋愛…全部“発がん性があるかも”と言われても、どれも人生に必要なものです。

それらをすべて避けることも、常に気にして生きることもできません。

つまり、「何が危険か」ではなく「どんな条件でどれだけ摂取するか」を考えるべきなのです。

加工肉を毎日300g食べるのと、週に1〜2回少量食べるのではリスクは全く異なります。

スマホの電波についても同様。どれだけ長時間、どれくらい密着させて使用しているのかで影響は変わってきます。

私たちがやるべきことは、「全部避ける」ことではなく、“発がん性”というリスク評価を知ったうえで、優先順位をつけて上手に距離を取ること”なのです。

科学は、ゼロリスクを求めるものではなく、「リスクを見える化し、正しく判断するツール」です。

だから私たちも、「なんとなく怖いから避ける」とか「頭から信じない」のではなく、“知識をもって判断する”態度が求められているのです。

発がん性という言葉を、正しく恐れ、正しく付き合う。それが私たちの人生に必要な知的なサバイバル術なのです。

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