フィリピン人トランスジェンダー女性が「難民認定」求めて会見 母国には「迫害」存在する…当事者標的の“殺人事件”も多発
本訴訟の原告は、フィリピン人のトランスジェンダー女性であるアイコさん。4月11日、東京入管による難民不認定処分の取り消しを求めて国を提訴。 アイコさんは1978年にフィリピンで生まれ、トランスジェンダー女性であることを理由に差別されてきた。 父や兄など親族からの虐待を受けたほか、社会においても痴漢などの被害を受けてきた。タレント事務所に採用された際にも、マネージャーらからレイプされた。また警察に通報しても笑いものにされるだけで、訴えを取り合ってくれなかったという。 アイコさんが来日したのは1999年(当時20歳)。当初は東京・赤羽のショーパブで働いていたが、パスポートをプロモーターに取り上げられ、夜8時から翌朝5時まで週6日働かせられた。原告側は「これは人身売買だった」と訴えている。 後に難民申請が可能であることを知り、2022年に申請を行う。原告側は、アイコさんがフィリピンで受けた差別・迫害は難民条約における「『特定の社会的集団の構成員であること』を理由に迫害を受けるおそれがあるという恐怖を有すること」に該当する、と主張。 第一回期日後に会見を開いた原告代理人の笹本潤弁護士によると、過去には、同性愛者であることを理由にした迫害から逃れるためチュニジア(北アフリカ)から来日した男性や、同じ理由でウガンダ(東アフリカ)から来日した女性の訴訟で難民申請が認められた事例が存在する。 しかし、トランスジェンダーであることを理由にした迫害に関する難民認定訴訟の数は少なく、申請が認められたケースもないという。
難民認定訴訟では、申請者の社会で「政治的意見」や「特定の社会的集団の構成員であること」を理由にした迫害が存在するという一般的な状況、および、申請者本人がその迫害を受けているという個別的な状況の両方が争点となる。 28日に提出した答弁書では、国側は「フィリピンにはトランスジェンダー女性に対する迫害は存在しない」という主張を支持する根拠として「トランスジェンダー女性を殺人した犯人が逮捕された事例がある」「トランスジェンダー女性の国会議員がいる」「差別行為を罰する法案が何度も上程されている」「プライドパレード(※)が開催されている」などと主張。 (※)LGBTQ+(性的少数者)の権利や尊厳を求めて、世界の主要都市で開催されている行進・集会。 これらに対し、会見で笹本弁護士は「プライドパレードが開催されるのは、それだけの差別が社会に存在することの裏返しである」と指摘。 「フィリピンでは、LGBTQ+全般を保護する法律が制定されそうになると保守的な勢力に反故(ほご)にされる、という事態がこの20年間繰り返されてきた。いくつか条例はあるが、それも有名無実化している。 警察が被害に対応せず、立法もなされないことは『迫害』に該当する」(笹本弁護士) また、フィリピンは殺人事件の発生率が日本よりも高いが、トランスジェンダーを標的にした殺人も非常に多い。確認されている限りでは、2007年から2025年の間に、79人が殺されている。 2020年には、2014年にフィリピンでトランスジェンダー女性を殺害し禁錮10年の判決を言い渡され収監されていたアメリカ人兵士に、ドゥテルテ大統領(当時)が恩赦を与えた。 さらに、暴力的な方法で性自認を変えさせようとする「転向療法」も、フィリピンでは合法であるという。 笹本弁護士は「国側の主張にはいずれも反論可能である」として、今後はフィリピンにおけるトランスジェンダー差別の被害や警察・公的機関について調査を行い、証拠を提出していく予定であると述べた。
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アイコさんは「トランスジェンダーであるということは、生まれたときに医療機関や社会から割り当てられた性別と、自認する性別が違うこと」と語る。 「フィリピン人権委員会はトランスジェンダーに対する殺人が問題であるとは認めたが、トランス殺人を予防するための十分な制限を行う法的能力も制度も、人権委員会にはない。政府や大統領たちが、基本的な平等や機会均等を実現しようとすることもない。 フィリピンは、トランスジェンダーが人間として扱われる状況にはない。浅い寛容はあるとしても、反動的な迫害が存在する」(アイコさん) アイコさんはフィリピンでの迫害やレイプの経験、また日本の入管で受けた差別的な対応やヘイトスピーチなどが原因でPTSDと診断されているという。「フィリピンに戻ると、たとえ殺されないとしても、自殺してしまうおそれがある」(アイコさん) 現在、アイコさんの妹は日本国籍を持つ相手と結婚し、日本に在住しているという。アイコさんは「甥や姪は日本国籍を持っている。難民として認められ、日本で暮らしたい」と語る。 会見にはLGBTQ+支援団体の「Bahaghari Philippines(バハガリ・フィリピンズ)」の代表者も参加。「彼女の難民申請を拒む理由は、日本にはない。いまこそ、ジェンダーに基づく暴力の被害者に対して保護と安寧を与える、歴史的な判決を出してほしい」と訴えた。 次回期日は10月の予定。笹本弁護士によると、判決まで1~2年かかる可能性が高いという。
弁護士JPニュース編集部