「あなたに高い知性がある」ことを示す意外な2つの習慣、心理学者が解説(Forbes JAPAN)

■習慣2:悪態をつく これに関する世間の思い込みは非常に根深く、一種の俗説にさえなっている。つまり、「頻繁に悪態をつく人は、他に表現する方法を知らないため、語彙力が欠如している」というものだ。この見方に基づけば、悪態をつくことは、適切な言葉を探す手間を惜しむ人々による言語的なショートカット、つまり「怠慢の証拠」だと見なされる。しかし、事実は正反対である。 この思い込みに対する最も有名な反証は、クリスティン・ジェイとティモシー・ジェイが2015年にLanguage Sciencesで発表した一連の研究だ。参加者はまず、特定の文字で始まる単語を1分間にできるだけ多く挙げる標準的な「言語流暢性課題」を行い、次に、同じ時間内にできるだけ多くの罵倒語を挙げる「タブー流暢性課題」を行った。 研究者たちはそこで、明確な正の相関関係を発見した。言語流暢性課題で高得点を取った参加者は、罵倒語も最も多く生成したのだ。逆に、一般的な語彙力が最も低い参加者は、罵倒語の生成数も最も少なかった。これは、豊かな一般的語彙にアクセスするのと同じ認知資源が、豊かなタブー語彙へのアクセスも可能にしていることを示唆している。つまり、単純に両方の語彙の引き出しが広いのだ。 より興味深い問いは、なぜこのような関係が存在するのかというものである。40年以上にわたって悪態を研究してきたティモシー・ジェイは、タブーとされる言葉は語彙の中で特定の、かつ他では代替できない機能を担っていると主張する。それらは、普通の言葉では確実には伝えられない「感情的な精密さ」を持っている。 なぜなら、罵倒語を適切に使うこと、すなわち精緻に構築された文章よりも、一言の適切な罵倒の方が強い力を発揮する瞬間を知ることは、社会的文脈を読み、状況に応じた言葉のトーンを理解し、ニュアンスに富んだ言語的判断を下すことを要求するからだ。これらは語彙が限られた人のスキルではない。むしろ洗練された語彙を持つ人のスキルなのだ。 ただし、研究自体も指摘している重要な注意点がある。2018年にJournal of Language and Social Psychologyに掲載された研究によると、卑俗な表現に不快感を抱かない人であっても、悪態をつく人を「知性が低く、信頼性に欠ける」と評価する傾向がある。 この認識のギャップは現実的なものであり、かつ根強く存在している。つまり、悪態に込められた認知的なシグナルは、しばしば社会的なノイズによってかき消されてしまうということだ。この研究が明らかにしているのは「もっと悪態をつくべきだ」ということではなく、その習慣自体、すなわちタブーな言語に対する流暢さやアクセスの容易さが、一般的な思い込みとは逆に、言語的知能と相関しているという事実だ。もちろん、いつ悪態をつくべきではないのかを知ることも、それ自体が1つの知性のかたちだと言えるだろう。

Forbes JAPAN
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